[アイディ英文教室連載コラム] 『どこが違っているのかな?!』 第19回『キス・キス』(開高健訳) 代名詞 そのⅡ

2016年9月号

PDFでダウンロード

 10年かけてロアルド・ダールの短編集(The Collected Short Stories)を点検し終わった。一字一句精読し、市販訳(早川書房)と比べてゆくのである。
 このシリーズは開高健、田村隆一などの名手が翻訳しているのだが、若い頃読んでいて読みづらいと思った。やはり誤訳・悪訳がボロボロ。
 でも興味を覚えた。一応の英語使いが間違える箇所なら、一般の英語学習者にとっても苦手な箇所のはずだ。ならばそれを列挙し説明をつけて学習者に裨益しようと、当欄の姉妹コラム「誤訳に学ぶ英文法」(アイディのホームページにあり)で連載してきた。
 このコラムでは、それを作品集別、品詞別に分類し、誰もがつまづきそうな箇所でそう複雑でないものを選んで解説してゆく。辛抱強く読んでゆけば、実力向上疑いなし。パズルを解くように楽しんでいただければ幸いです。

①『ビクスビー夫人と大佐のコート』Mrs Bixby and the Colonel’s Coat

原文と市販訳:

‘I think it’s terribly exciting, especially when we don’t even know what it is. It could be anything, isn’t that right, Cyril? Absolutely anything!’
‘It could indeed, although it’s most likely to be either a ring or a watch.’
「ほんとうに、品物はあるんでしょうね、シリル?いいえ、ぜったいにあるんだわ!」
「そりゃあるとも。もっとも指輪か時計らしいけどね」

背景:

偶然に得た(じつは妻の作為なのだが)質草が何なのか、想像をめぐらす夫婦。

ヒント:

anythingを「何か」ととっているようだが…

解説:

このanything、肯定文では「何でも」。かつ文脈で、自分が期待できるものの気持ちが入るので、「大したもの」の意味。couldは、論理的可能性を示す。

修正訳:

直訳「何でも考えられ得るわね、シリル?全くどんなものでも!」
「実際、考えられ得るさ、でもたいていは指輪か時計のことが多い」
意訳「きっとすごいものよ、そうじゃないシリル?ぜったいにすごいもの!」
「確かにすごいものかもね。まあ指輪か時計のことが多いけど」

②『ジョージ・ポーギー』Georgy Porgy

原文と市販訳:

I first isolated the sexes, putting them into two separate cages, and I left them like that for three whole weeks. Now a rat is a very lascivious animal, and any zoologist will tell you that for them this is an inordinately long period of separation.
私はまず雄と雌を隔離して、別々の檻に雄と雌を入れ、まるまる三週間そのままにしておいた。ところでネズミは非常に色好みの動物であるが、動物学者ならば、これを甚だしく長い期間にわたる隔離のせいだ、というだろう。

背景:

全ては色仕掛けで迫るメスの側が悪いのだ。そう信じた青年牧師は、それをネズミで実験する。

ヒント:

代名詞の取り違え。

解説:

thisは、直前のことを指す。ここでは「三週間、ネズミのオスとメスを隔離しておいたこと」。

修正訳:

さてネズミは非常に色好みの動物であるから、動物学者なら、この隔離期間はいささか長すぎるというはずだ。

③『暴君エドワード』Edward the Conqueror

原文と市販訳:

Wait a minute! I do believe they’re in the same places!
ちょっと待って!イボのあり場所も同じだと思うわ!

背景:

大音楽家の肖像と迷いネコを比べ、似た点を探す妻。

ヒント:

前後がなく分かりにくいが、このtheyは「イボ」のこと。

解説:

他の何かに加えイボの「あり場所も同じ」なのでなく、イボの「ある場所自体が同じ」なのだ。

修正訳:

同じ場所にイボがある

④『暴君エドワード』Edward the Conqueror

原文と市販訳:

As soon as she began to play, the cat again stiffened and sat up straighter; then, as it became slowly and blissfully saturated with the sound, it relapsed into the queer melting mood of ecstasy that seemed to have something to do with drowning and with dreaming.
彼女が奏きはじめるやいなや、ネコはまたも身体をかたくしてすっと立った。それから、曲がゆるやかな、至福にみちたところまでくると、ネコは例の奇妙な、うっとりした恍惚の表情になった。まるで曲に溺れこみ夢みているような表情だった。

背景:

迷いネコに音楽を聞かせると、あろうことか愛好者並みの反応を示す。

ヒント:

代名詞は何を指すか。

解説:

訳文では前のitは曲、後のitはネコととれるが、同じ文にある同じ代名詞が違うものを指すのはよろしくない。itはいずれもネコを指す、ととるべき。

修正訳:

直訳:ネコはゆっくりとこの上なく幸せに音響に浸されるようになるにつれ、耽溺と夢想に関わる何物かがあるようにみえる恍惚の奇妙なとろっとした気分に再び陥った。
意訳:音楽が進むにつれ徐々に陶酔に満たされたかのように、

⑤『豚』Pig

原文と市販訳:

In fact, the whole business affected him profoundly, almost as profoundly, one might say, as the birth of Christ affected the shopkeeper.
実際すべてのビジネスは彼に深い感動を、あたかも、ある人がいったように、クリスト誕生が小売商人に与えるような、深い感動を与えるのであった。

背景:

人の生き死にを商売としている悪徳医師を皮肉ったくだり。

ヒント:

oneは「誰かある人」ですか。また、affectに二義あり。

解説:

one might sayのoneは一般人称(人間全般を指す)であって、特定の誰かを指すものではない。
affectは(1)[SVOの形で]…に影響する。例:A damp, cold day affects his health.(じめじめした寒い日は彼の健康に悪い) (2)[通例 be ~ed で]…で感動する。例:I was much affected by her excellent performance.(私は彼女のすばらしい演奏に深く感動した)。ここは(1)。
「クリスト誕生が小売商人に与える」ものは「感動」でなく「影響」。キリストが生まれ、クリスマス・プレゼントで小売商人が潤い嬉しい悲鳴をあげる、のと同じ効果を、生命ビジネスは彼ザッカーマン氏(医師で葬儀場経営者)にもたらしている(人が死ねば葬儀で儲かる)、ということ。

修正訳:(全文)

それどころか、ザッカーマン氏の関わる葬儀ビジネス全体は、氏に深い影響を及ぼした。キリストの生誕記念日で小売商が大いに潤いうれしい悲鳴をあげるのとほとんど同じ深い影響を氏にもたらした、と言えるかも知れない。

⑥『ほしぶどう作戦』The Champion of the World

原文と市販訳:

Both birds turned their heads sharply at the drop of the raisin. Then one of them hopped over and made a quick peak at the ground and that must have been it.
と、一羽が跳んできて、急いで地面をついばんだが、ほしぶどうにちがいなかった

背景:

密猟を企てる若者ふたり。

ヒント:

いい加減な読み方をしないこと。

解説:

thatは直前のことを、itは文中で問題になっていることを指す。ここではthatは「一羽が跳んできて、急に地面をついばんだ」こと。itは、今文中で問題になっていること。上掲部分だけでは分からないだろうが「鳥の密猟に役立つ方法」。直訳すれば、「鳥が一羽跳んできて急いで地面をついばんだが、このことこそ自分達(二人の密猟者)が模索している一番効果的な密猟法であったにちがいなかった」

修正訳:

これこそまさに求めていた密猟法だった。

前に戻るコラムトップに戻る
ページトップへ