[アイディ英文教室連載コラム] 『どこが違っているのかな?!』 第8回『キス・キス』(開高健訳) 形容詞編 そのU

2015年10月号

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 10年かけてロアルド・ダールの短編集(The Collected Short Stories)を点検し終わった。一字一句精読し、市販訳(早川書房版)と比べてゆくのである。

 このシリーズは開高健、田村隆一などの名手が翻訳しているのだが、若い頃読んでいて読みづらいと思った。やはり誤訳・悪訳がボロボロ。

 でも興味を覚えた。一応の英語使いが間違える箇所なら、一般の英語学習者にとっても苦手な箇所のはずだ。ならばそれを列挙し説明をつけ学習者に裨益しようと、当欄の姉妹コラム「誤訳に学ぶ英文法」(アイディのホームページにあり)で連載してきた。

 このコラムでは、それを作品集別、品詞別に分類し、誰もがつまづきそうな箇所でそう複雑でないものを選んで解説してゆく。5作品集×12品詞として計60回。5年かかるだろうが、辛抱強く読んでゆけば、実力向上疑いなし。パズルを解くように楽しんでいただければ幸いです。

@『ビクスビー夫人と大佐のコート』より

@)原文と市販訳:

They know that the waiting period will not be unduly protracted, for overwork and hypertention are bound to get the poor devil before long, and he will die at his desk with a bottle of benzedrines in one hand and a packet of traquillizers in the other.
彼女たちは、待つ期間が途方もなくのびはしないことを承知しているのだ。過労と高血圧が遠からず、確実に、哀れな亭主を捕えるはずなので、彼は、片手にベンゼドリンの瓶を、もう一方に精神安定剤の包みを持って、デスクで昇天する運命にある。

背景:

浮気な女房にだまされる亭主が、逆襲に転ずる話。

ヒント:

転移修辞という奴。

解説:

高校で習いましたでしょ。poor Tom … 「哀れなトムは」でなく「可哀そうにトムは」とするって。心情をあらわす形容詞は副詞化する、という準則。

修正訳:

可哀そうに亭主を

A)原文と市販訳:

These are many of these stories going around, these wonderful wishful thinking dreamworld inventions of the unhappy male, but most of them are too fatuous to be worth repeating, and far too fruity to be put down on paper.
これらは、不幸な男性が生む希望的観測にあふれたすばらしい夢の世界であるが、その大部分があまりにも空虚すぎて、くり返して語るほどの値打ちもなく、また、あまりにも話がうますぎて、とても書きしるせるものではない。

背景:

浮気な女房にだまされる亭主が、逆襲に転ずる話。

ヒント:

英語は多義です。よく辞書を引くこと。それから文脈を読むこと。

解説:

このfruityは「正常でない」「やばい」「きわどい」「やらしい」の意。

修正訳:

あまりにきわどすぎて

B)原文と市販訳:

‘It’s purely personal.’
「ほんとうにわたしのものなんだから」

背景:

ミンクのコートを質入れする際、店主に住所・氏名を求められ、無記名にしてほしいと頼んだあと、ビクスビー夫人がいう台詞。

ヒント:

疑われているわけではない。干渉しないでほしいと言っている。

解説:

このpersonalは、「所有」でなく「かかわりごと」の意味。

修正訳:

全く個人的なことですから。

A『ウィリアムとメアリイ』より

原文と市販訳:

The whole thing was just too awful to think about. Beasty and awful. It gave her the shudders.
一切のことがただただ、あまりのおそろしさに、考えることもできなかった。獣じみている上に、おぞましいことだ。

背景:

夫の脳だけを生き永らせる実験の話を聞いた妻の反応。

ヒント:

英語の形容詞は意味が広すぎるし、逆に日本語の形容詞は意味が狭すぎる。

解説:

beastlyは(1)獣のような (2)野蛮な、下品な (3)嫌な など多義。ここでは(2)

修正訳:

下劣な

B『ジョージ・ポーギー』より

原文と市販訳:

My features were regular.
私の容貌は人並みである

背景:

教区の中年女性たちにからかわれるウブな青年牧師。

ヒント:

本当に英語の形容詞は多義ですね。思い込みで訳さぬこと。

解説:

regularは多義だが、ここは「均整のとれた」。例:regular feature整った目鼻立ち。「人並み」はaverage、ordinary、commonなど。

修正訳:

整ったほうだ

A)原文と市販訳:

But here I was now, the same old me, actually relishing the contact of those enormous bare arms against my body!
しかし、いまここにいる私は、昔ながらの私なのだが、自分の身体と巨大なむきだしの腕との接触を実際にたのしんでいるのだ!

背景:

女嫌いのはずの自分が女性との接触を楽しんでいることを、自分でも面食らっている青年牧師。

ヒント:

ここ、先ほどと今を比べているので、時間の経過はほとんどない。

解説:

「昔ながらの私」はないだろう。「いつもと変わらぬ」の意味。例:the same old excuse(いつもの口実)

修正訳:

前と同じ私なのだが

C『誕生と破局』より

原文と市販訳:

And she was very sad.
それにまた、非常に哀れでもあった。

背景:

ヒトラーの母が新妻のころの描写。

ヒント:

やさしい単語ほど多義。

解説:

「哀れ」はあいまい。ここ、本人が「悲しい状態」なのでなく、人から「悲しく見える」のだ。しつこく言えば「悲しみを誘う」こと。それを訳語に出す。

修正訳:

(全体)そして彼女はとても寂しげだった。

A)原文と市販訳:

Also there was a rumour that this was the husband’s third marriage, that one wife had died and that the other had divorced him for unsavoury reasons.

前の細君は、ひとりは死に、もうひとりはつまらないことから離婚してしまったというのである。
背景:

ヒトラーの父と母のなれそめ。

ヒント:

これでは細君が行為の主体に読めるが。

解説:

divorceは「…と離婚する」(彼を離婚したわけではない)。unsavoury reason(s)は「まともな感じのしない」(unpleasant or morally unacceptable)こと。「訳ありの」「よからぬ理由で」など

修正訳:

(全体)これが三度目の結婚で、前の一人とは死に別れ、もう一人とは訳ありの理由で別れた、との噂があった。

D『暴君エドワード』より

原文と市販訳:

‘It’ll get burnt!’ Louisa cried, and she dropped the dishcloth and darted swiftly in and grabbed it with both hands, whisking it away and putting it on the grass well clear of the flames.
「やけどするわ!」とルイザは叫んで、ふきんをおとすと、軽々と身を走らせ、両手でネコを抱きあげたかと思うと、さっと身をひき、もうすっかり焼きはらわれた草地の上にそれを置いてやった

背景:

自宅の裏庭で夫がたき火をしていると、どこかのネコが火の側にやって来た。それを思わず抱き上げる妻。

ヒント:

草地がすっかり焼き払われたら、火事になってしまうだろう。

解説:

whisk O away は「Oを(元のところから離して)さっさと移動させる」。itは、ネコ。訳はこのままでよいだろう。clearを「きれいになる」ととって「焼きはらわれた」としたのだろうか?

修正訳:

焔から十分離れた草地にそれを置いた。

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