[アイディ英文教室連載コラム] 『どこが違っているのかな?!』 第6回『キス・キス』(開高健訳) 冠詞編

2015年8月号

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 10年かけてロアルド・ダールの短編集(The Collected Short Stories)を点検し終わった。一字一句精読し、市販訳(早川書房版)と比べてゆくのである。

このシリーズは開高健、田村隆一などの名手が翻訳しているのだが、若い頃読んでいて読みづらいと思った。やはり誤訳・悪訳がボロボロ。

でも興味を覚えた。一応の英語使いが間違える箇所なら、一般の英語学習者にとっても苦手な箇所のはずだ。ならばそれを列挙し説明をつけ学習者に裨益しようと、当欄の姉妹コラム「誤訳に学ぶ英文法」(アイディのホームページにあり)で連載してきた。

このコラムでは、それを作品集別、品詞別に分類し、誰もがつまづきそうな箇所でそう複雑でないものを選んで解説してゆく。5作品集×12品詞として計60回。5年かかるだろうが、辛抱強く読んでゆけば、実力向上疑いなし。パズルを解くように楽しんでいただければ幸いです。

@『女主人』より

原文と市販訳:

Briskness, he had decided, was the one common characteristic of all successful businessmen.

てきぱきした態度こそは、成功した実業家すべてに共通した、ひとつの性格なのだと心に決めていた。

背景:

任地に赴く青年社員。幹部を見習って自分もすべてきびきびとやろうと心に誓っている。

ヒント:

わざわざtheに斜体がかかっている。

解説:

one+名詞は「ひとつの…」。the one +名詞は「唯一の…」。これ混同されがちだが、大きな違い。

修正訳:

「唯一の性格」

A『ジョージ・ポーギー』より

原文と市販訳:

And even then I always tried to ensure that I touched only the shoulder or the waist or some other place where the skin was covered, because the one thing I never could stand was actual contact between my skin and theirs.
しかも、手を貸してやるときですら、私は皮膚がかくされている肩とか胴とかほかの部分にしかさわらないことにいつも気を使った。私に到底耐えられないことのひとつは、自分の皮膚と他人の皮膚がじかに触れ合うことだったのである。

背景:

女性との接触が苦手な青年牧師。

ヒント:

@と同じ。

解説:

the+one(形容詞)+名詞、の場合のoneは「唯一の」の意。

修正訳:

私が唯一耐えられないのは⇒こればかりはどうしても我慢できないのは

原文と市販訳(2):

It always ends at precisely the same place, no more and no less, and it always begins in the same peculiarly sudden way, with the screen in darkness, and my mother’s voice somewhere above me, calling my name;
それはつねに正確に同じところで終り、多くなることも少なくなることもなく、また始まるときはいつも、闇のなかのスクリーンのように妙に唐突で、どこか私の頭上あたりから母の声が私の名前を呼んでいるのだ。

背景:

青年牧師が女性嫌いになった訳を語る。

ヒント:

darknessにtheが付いていない。

解説:

「闇のなかのスクリーン」では、何も見えまい。
inは状態を示す前置詞、darknessは総称用法で暗闇(であること)。「闇のなかのスクリーンなら闇は特定化されるので、the screen in the darkness。the screen in darknessは、暗闇状態にあるスクリーン。

修正訳:

「真っ暗なスクリーン」

原文と市販訳(3):

A Miss Montgomery-Smith came next, a small determined woman who had once tried to make me believe that she had been engaged to a bishop.
次はモントゴメリイ・スミスとかいう雌だった。これは自分が僧正と婚約していることをかつて私に信じこませようとした小柄な頑固女である。

背景:

中年女性の攻撃にさらされた青年牧師。ネズミにそれら女性の名をつけ、女性の好色性を確かめる実験をする。

ヒント:

「モントゴメリイ・スミス」は中年女性の名を付けたネズミ。

解説:

一見よさそうだが、どこが悪いのだろうか。自分みずから、旧知の女性の名前をネズミに名づけたのだ。a+人名=「…とかいう」受験英語式ではおかしいだろう。

修正訳:

次はモントゴメリイ・スミスと名づけた雌だった。

B『豚』

原文と市販訳:

He knew from experience that women like very much to be kissed in this position, with their bodies held tight and their legs dangling in the air, so he went on doing it for quite a long time, and she wiggled her feet, and made loud gulping noises down in her throat.
こんなふうに、お互いが固く抱きあい、両脚をだらんとしてキスするのが、この女性は大好きなのだということを、経験上ようく知っていたから、彼のキスは入念をきわめ、長かった。

背景:

若い夫婦が酔っぱらって自宅前でじゃれ合う。

ヒント:

thatは特定の女性を指す指示代名詞だとすると、womanになるはずだが。

解説:

このwomenは可算名詞の総称用法で「女なるもの」(女性とというもの)。前のthatはknewの目的語となる名詞節を導く接続詞。

修正訳:

「女性は」

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