[アイディ英文教室連載コラム] 『どこが違っているのかな?!』 第3回『キス・キス』(開高健訳) 動詞編 そのT

2015年5月号

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10年かけてロアルド・ダールの短編集(The Collected Short Stories)を点検し終わった。一字一句精読し、市販訳(早川書房版)と比べてゆくのである。

このシリーズは開高健、田村隆一などの名手が翻訳しているのだが、若い頃読んでいて読みづらいと思った。やはり誤訳・悪訳がボロボロ。

でも興味を覚えた。一応の英語使いが間違える箇所なら、一般の英語学習者にとっても苦手な箇所のはずだ。ならばそれを列挙し説明をつけ学習者に裨益しようと、当欄の姉妹コラム「誤訳に学ぶ英文法」(アイディのホームページにあり)で連載してきた。

このコラムでは、それを作品集別、品詞別に分類し、誰もがつまづきそうな箇所でそう複雑でないものを選んで解説してゆく。5作品集×12品詞として計60回。5年かかるだろうが、辛抱強く読んでゆけば、実力向上疑いなし。パズルを解くように楽しんでいただければ幸いです。

@『女主人』より

原文と市販訳:

I’ve put a water-bottle between the sheets to air them out, Mr Weaver.

わたし、空気を暖めるために、湯たんぽをシーツの間に入れときましたわ。

背景:

若者ビリーは感じのよい中年女性の営む下宿屋に泊まることにした

ヒント:

まさか湯たんぽで部屋を暖めるわけではあるまい

解説:

air outは、「乾かす」。themは、sheets。

修正訳:

「(シーツを)暖めようとして」

A『女主人』より

原文と市販訳:

‘I’m so glad you appeared,’ she said, looking earnestly into his face. ‘I was beginning to get worried.’
‘That’s all right,’ Billy answered brightly. ‘You mustn’t worry about me.

「あなたが入ってくださって、うれしいわ」じいっと彼の顔をのぞきこみながら、彼女がいった。「そろそろ心配になっていた所だったんですの」
「大丈夫ですよ」ビリーはほがらかに答えた。「ぼくのことなら、心配はいりません

背景:

若者ビリーは感じのよい中年女性の営む下宿屋に泊まることにした

ヒント:

「大丈夫ですよ」の訳からおかしくなっている

解説:

前のworriedは、形容詞「心配な」。後のworry aboutは、自動詞+前置詞「…を気にする」 ここ、おかみが「自分の家にふさわしい人がやってこないのではと、不安になりだしたところへ、この家にぴったりのあなたが来た」とめぐりあわせを喜んだのに対し、ビリーが謙遜し、「そんなことないですよ」(That’s all right.は、感謝・謝罪に答えていう言葉:どういたしまして、気にしないで、といったニュアンス)、さらに「あなたは僕のことを気にしてはいけない」→「僕は(来てくれるものかどうか)あなたが気をもむに値するほどの人間ではない」と答えたところ。この論理が通るように訳さねばならない。

修正訳:

「そんな」ビリーは明るく答えた。「僕でよかったんでしょうか」

B『ウィリアムとメアリー』より

原文と市販訳:

‘Well,’ he said, and I could see him watching me carefully, ‘personally, I don’t believe that after you’re dead you’ll ever hear of yourself again―unless…’

「まあ」と彼はいったが、注意深く私を見ているのが私にはよくわかった。「わし個人の考えをいえば、死後のきみが自分の噂を聞くというような話は信じないね―もっとも・・・」

背景:

死後まで脳だけを生かし続ける実験への参加を病人に説得する医師のことば

ヒント:

believeは意味範囲が広い

解説:

believe (1)信じる (2)信用する (3)思う、のうち、文脈と、次にthat節がくることから(3)。例:I believe that Mary will arrive.(マリーは来ると思う)

修正訳:

「ことになるとは思わない」⇒「ことができるとは思わないがね」

C『天国への登り道』より

原文と市販訳:

Other lights, some white and some yellow, kept coming out of the fog toward them, and there was an especially bright one that followed close behind them all the time.

ほかの車の白や黄色のヘッドライトが、霧の中からこちらへと向かってくる。そして、そのずっとうしろには、ひときわ目立つ大きなライトが見えていた。

背景:

遅刻恐怖症のフォスター夫人は夫とともに空港に向かうが、間に合いそうもない。

ヒント:

themは何を指すのだろうか

解説:

市販訳では、「ひときわ目立つ大きなライト」は何なのだろうかと気になるが、この後に説明はない。themはother lightsでなく車の中のフォスター夫妻のこと。対向車線から次々にヘッドライトの光が流れてくる一方、後ろから(渋滞のため)ぴったり後続車がついてくる、その灯りがまぶしいのだ。all the time(四六時中)、close behind(ぴったりうしろに)。bright oneのoneは、light。

修正訳:

後ろにはずっとぴったり

D『ビクスビー夫人と大佐のコート』

原文と市販訳:

Divorce has become a lucrative process, simple to arrange and easy to forget;

離婚は儲かる事業になって、かんたんに成立し、あっさり忘れ去ることができる商売になった。

背景:

物語の前振り。男を尻目に女性の活躍ぶりを列挙してゆく箇所。

ヒント:

arrangeは成立でいいですか

解説:

lucrativeは「儲けを生む」processは「ある特定の結果にたどりつくためになされる一連の事柄」。arrangeは「何かの段取りをつける」simpleは、to arrangeに掛かる副詞。simple to arrange以下全体は、前の本文に対する修飾語。カンマがあるのでいったん意識が切れ、情報を補足する感じ(文法的には、前のprocessに掛かる不定詞の形容詞的用法)。

修正訳:

離婚は儲けを生むための手段となり、簡単に仕掛けられ、さっさと忘れられる。⇒離婚は金儲けの手段と化し、仕組むのもた易く、後腐れもない。

E『ビクスビー夫人と大佐のコート』

原文と市販訳:

; and ambitious females can repeat it as often as they please and partlay their winnings to astronomical figures.

そして、野心的な女性たちは、好きなだけ離婚をくり返し、天文学的な数字の賞金を獲得できる

背景:

これもその続き。

ヒント:

間違いではないが、言葉足らず

解説:

parlay A to Bは「Aを元金として、Bへとまた賭けに出る」Bを到達点として訳し→「Aを元手にBに至る」。their winningsは、離婚による慰謝料の例え。canは、論理的可能性(…しうる)。

修正訳:

慰謝料を元手に、莫大な財産を築く

F『ビクスビー夫人と大佐のコート』

原文と市販訳:

I’d almost forgotten how ravishing you looked. Let’s go on earth.

わたしはきみのうっとりするような姿を忘れかけていた。さあ、夢からさめよう

背景:

大佐と呼ばれる地元名士が愛人を駅まで迎えにくる

ヒント:

誰が誰をうっとりさせるのか

解説:

このままだと、「君自身がうっとりする」ようにとられかねない。他動詞の現在分詞形の形容詞は「ひとを…させる」の意味だから、「ひと(相手、この場合発話者である大佐)をうっとりさせる」のだ。

修正訳:

魅力あふれる姿

G『ローヤル・ジェリイ』

原文と市販訳:

He doubted very much whether there would be anything in this that he didn’t know already:

彼がまだ未知のこの分野に何か意義があるのか、彼は大いに疑問だった。

背景:

若き養蜂家アルバートは自分の技術に絶対の自信を抱いている

ヒント:

thisは、ここだけでは分からないが、いま読もうとしている雑誌記事を指す

解説:

doubt whetherは「半信半疑」だがvery muchで修飾され「whether以下のことはない」に可能性が移動する。that以下はanythingに掛かる。anythingは「(程度の差はともかく)何であれ」alreadyは、yetの強調形(まさか、そもそも、といった感じ)

修正訳:

この記事のなかに、自分がまだ知らないことなんて出ているわけがあるまい、と彼は思った。

H『ローヤル・ジェリイ』

原文と市販訳:

‘Will you come in and watch the next one and see if she does it again, Albert.’
He told her he wouldn’t miss it for anything, and she hugged him again, then turned and ran back to the house, skipping over the grass and singing all the way.

「ねえ、家へお入りになって、次に飲ませるのを見てやってちょうだい、あの子が、も一度ちゃんと飲むかどうか、アルバート?」
ぼくのやることに間違いなんかあるものかと、彼はいってきかし、彼女はもう一度彼を抱きしめると、身をひるがえしてスキップをふみ、ずっと歌を唄いながら家の方へ走っていった。

背景:

何も食べなかった赤ちゃんが食欲を出しはじめたのに喜ぶ若い父と母

ヒント:

the next oneは「赤ん坊の次回の食事」、このitは食事をちゃんと食べること。

解説:

直訳すると「何に代えても絶対にそれを逃しはしない」。itは「二人の愛児がちゃんと食事をとること」。for anythingは否定形と結んだ強意「少しも…ない」。missは「…しそこなう」→この場合「見損なう」。

修正訳:

ぜったい見逃すものか、 または意訳して⇒ 何があっても家に戻るさ

I『ロイヤル・ジェリイ』

原文と市販訳:

‘and quite apart from that, we had a shocking honey corp last year, and if you go fooling around with those hives now, there’s no telling what might not happen.’

それに、その話はともかくとして、去年の蜜の収穫量はぜんぜんひどかったわ。だから、あなたがあの巣箱をいいかげんにしておくつもりなら、どうなったって知らないわよ。

背景:

やせ細る赤ん坊をどうするかで若い夫婦は喧嘩する。

ヒント:

thatは、アルバートが提案した、赤ん坊にローヤル・ジェリイを大量に飲ませること

解説:

fool aroundは「バカな真似をする」。巣箱を放っておくのでなく、何か処置をするのだ。

修正訳:

あの巣箱に変なことをするなら

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