[アイディ英文教室連載コラム] 『どこが違っているのかな?!』 第1回 『キス・キス』(開高健訳) 名詞編

2015年3月号

PDFでダウンロード

10年かけてロアルド・ダールの短編集(The Collected Short Stories)を点検し終わった。一字一句精読し、市販訳(早川書房版)と比べてゆくのである。

このシリーズは開高健、田村隆一などの名手が翻訳しているのだが、若い頃読んでいて読みづらいと思った。やはり誤訳・悪訳がボロボロ。

でも興味を覚えた。一応の英語使いが間違える箇所なら、一般の英語学習者にとっても苦手な箇所のはずだ。ならばそれを列挙し説明をつけ学習者に裨益しようと、当欄の姉妹コラム「誤訳に学ぶ英文法」(アイディのホームページにあり)で連載してきた。

今回からこのコラムでは、それを作品集別、品詞別に分類し、誰もがつまずきそうな箇所でそれほど複雑でないものを選んで解説してゆく。5作品集×12品詞として計60回。5年かかるだろうが、辛抱強く読んでゆけば、実力向上疑いなし。パズルを解くように楽しんでいただければ幸いです。

@

背景:

下宿屋かパブハウスか、どちらに泊まろうかと若者は悩む。

ヒント:

下宿屋に泊まる人間は体臭がきついのだろうか?

The name itself conjured up images of watery cabbage, rapacious landladies, and a powerful smell of kippers in the living-room.

下宿屋という名前自体が、水っぽいキャベツや、強欲なおかみ、さては下宿人たちのものすごい臭いを彷彿とさせる。

解説:

確かにkipperには「若僧、ガキ」という意味もあるが、並列の具合からして「ニシンの燻製の臭さ」(英国ではよく朝食に出される)ととるのが筋。

A

背景:

脳だけ生かし続ける実験に参加するよう乞われた瀕死の病人の心の葛藤。

ヒント:

誤訳というほどではないが、ちょっとずれる。

Another thing that bothered me was the feeling of helplessness that I was bound to experience once Landy had got me into the basin.

もうひとつのことは、ランディが私を容器に入れたときに、かならず味わうはずの絶望感だった。

解説:

helplessは「自分の力ではどうしようもないこと」。「絶望感」でも間違いとはいえまいが「無力感」としたほうが場面が生きる。

B

背景:

画期的という手術を受けるかどうか迷う病人。

ヒント:

誤訳とはいえないが日本語の色の感覚とはズレる。

There were some blue grapes on a plate beside my bed.

ベッドの横の皿に、青い葡萄がのっている。

解説:

greenとblue、青と緑は、日英語で範囲が微妙に異なる。葡萄の色は、我々日本人にすれば「暗紫色」(blue)または「淡緑色」(green)。青い葡萄とはあまり言わないのではないか。
ここ「紺色の葡萄」のほうがよいだろう。

C

背景:

浮気している人妻は相手(the Colonel)といるといつもワクワクする。

ヒント:

ここの日本語訳で初登場の「大佐の仲間」「その男」が、この後まったく出てこないのだが。

But then the Colonel’s company always did that to her these days. The man had a way of making her feel that she was altogether a rather remarkable woman, a person of subtle and exotic talents, fascinating beyond measure:

しかし、最近は、大佐の仲間がいつも彼女をそんな気持にしてくれるのだ。その男は、彼女に、自分は人目を惹く女で、繊細な、異国風の魅力に恵まれた、はかり知れないほど魅惑的な女性だという気持にさせてくれる。

解説:

companyは、集合名詞的に使われ無冠詞。「だれだれさん」といった具体的な人を指しはしないで、「仲間づきあい(またはその相手)」といった意味合い。didは本動詞で「もたらす」。thatは直前に述べられた「今回の密会が楽しかったのでウキウキしていること」。the Colonel=The man。

直訳「とはいえ、大佐との仲間づきあいは、このごろ彼女にとっていつも気分のよさをもたらした。この大佐という男は…」
意訳「とはいえ、大佐といるとこのごろはいつもそうなのだ。この男は…」

D

背景:

浮気相手からのプレゼント。平たい箱に品物が入っている。

ヒント:

何でティッシュ・ペーパーが上に乗らなきゃならないのだ?

There was some tissue paper on top.

上にティッシュ・ペーパーがのっている。

解説:

この場合のtissue paperは「薄葉紙」(高級薄物衣料品を傷つけぬよう覆う紙)。いわゆるティッシュ・ペーパーはtissue (paper)、facial tissue。

E

背景:

彼はベテランの養蜂家。

ヒント:

彼がヘビースモーカーだとの説明は前後にない。

He never had to use smoke when there was work to do inside a hive and he never wore gloves on his hands or a net over his head.

彼は巣箱の中での仕事があるときには、決して煙草を吸おうとはしなかったし、手袋もはめず、頭にネットをかぶるようなことも、決してなかった。

解説:

何で、藪からに「煙草を吸う」ことに焦点が当てられるのか?刺されないよう用心して、煙をたいて燻すことを意味している。「煙を焚こうとはしなかった」のだ。

F

背景:

栄養失調で死にそうだった赤ん坊が、急にミルクをがぶがぶ飲みだす。

ヒント:

定量を三回なら驚くことはないと思うが…

‘Three times the normal amount! Isn’t that amazing!’

「三回も定量だけ飲んだんだ!こいつはおどろきじゃないか!」

解説:

このtimesは「…回、倍」。「定量の三倍飲んだ」ということ。

G

背景:

他の子たちは皆、生後間もなくして死んでしまった。

ヒント:

誤訳とまで言わないが、意味があいまいになっている。

’You must forget about the others, Herr Hitler. Give this one a chance.

「ほかのお子さんのことはみんな忘れなさい、ヒットラーさん。このお子さんにだって希望はあるんですよ」

解説:

このchanceは可算名詞で「機会、好機」の意。例:Give this one a chance!(私にやらせてください) cf. (u)偶然、(u) (c)可能性。肯定的に「この子の可能性を見てやってください」ぐらいがよいか。

H

背景:

輪廻思想の解説書に書いてある階層別の輪廻サイクル。

ヒント:

訳語が一般的でないようだ。

Unskilled labourers

不熟練労働者

The bourgeoisie

中産階級

Those in the Path of Initiation

創造者

解説:

普通に言われている呼び方にするのがよいだろう。

「未熟練労働者」

「有産階級」

「解脱者」

I

背景:

密猟したキジを近所の若妻に因果を含め、乳母車の中にひそませて運ばせている。

ヒント:

将軍と財産家はどう関係があるのだろう。

He spoke the name proudly and with a slight proprietary air, as though he were a general referring to his bravest officer.

まるで、勇猛果敢な部下の将校のことを口にした将軍のように、誇らしげに、ちょっと財産家らしい様子をみせて、名前をいった。

解説:

proprietaryを「所有者の」の原義から「物持ち」ととり、「財産家」の訳を充てたのだろう。だが将軍が所有するものは「将校」。そう例えているのだから、「有能な部下」を持っていることを誇りに思っているのだ。
「有能な手下を抱えている余裕を見せ」ぐらいでどうか。

前に戻るコラムトップに戻る
ページトップへ