2014年12月号

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「仁義なき戦い」でスターの座を勝ち得た菅原文太だが、本人が述懐するように「売れるのは遅かった」。その前は新東宝にいてハンサムトリオで売り出したがぱっとしなかった。もっと前は、当時アヌイ、ジロドウなどオシャレな芝居をやっていた劇団四季にいたはずだ。新劇、二枚目と場を替えていったことが芸に深みを与えたのだろうか。

高倉健もニューフェースとなったはよいがなかなか脚光を浴びなかった。朝出かけようとしたら、まっ白なスーツに身を包んだ長身の男がいて、車が走り出すと同時に「よろしくお願いします!」と大きく頭を下げられ驚いた、とは某実力脚本家(故人)の言。

どんな職業でも特に自由業は、努力と運と配慮が大切だ。伊藤和夫が横浜の中堅予備校から駿台に移ったのも、同学の先輩、奥井潔の引きだった。『英文解釈教室』の初版を出すとき、当時の駿台英語科主任の鈴木長十に気兼ねし、出版社に鈴木も交え、神楽坂の料亭で接待してもらったという。初版の先頭ページに鈴木の推薦文が乗っているのも、そのためだ。改訂版を出すときには「長十さんはもういいだろう」と推薦文をはずした、と周辺の人物が明かしている。

今回も『英文解釈教室』の話題です。

2.1 例題

The civilization of the Egyptians is one of the oldest civilizations on the earth. The people lived on the banks of the Nile and the small strip of fertile country on either side. This fertile land they cultivated, and grew there a great many crops of much the same kind that we grow nowadays. Besides foodcrops they also grew flax, and, from the thread spun from this, they wove themselves linen garments and dyed them many beautiful colours from dyes which they learned to make.

(伊藤訳)

エジプト人の文明は、地上最古の文明の1つである。 人々はナイル川の川沿いの地と、両岸に狭く細長く続く肥沃な地方に住んだ。 この肥沃な土地を彼らは耕して、そこに現在も栽培されているのとほとんど変わらぬ多くの作物を栽培した。食用の作物のほかにエジプト人は亜麻を作り、亜麻から紡いだ糸でリンネルの衣服を自分で着るために織り、彼らが作れるようになった染料で、それを多くの美しい色に染めた。

これに付した私の解説はこうだ(ホームページの「自習の頁」参照)


伊藤の「川沿いの地と、両岸に狭く細長く続く肥沃な地方に」がよく分からない。もともとの原文が語義と並列があいまいな悪文のせいか。

直訳は「人々は[(甲)ナイル川のthe banks] and[(乙)両岸のthe small stripである肥沃なcountry]に住んでいた」だが、

(1)andは(@)甲と乙(甲と乙は別々) (A)甲かつ乙(甲と乙が重なる部分)
(2)the banksがきわめて多義 (@)土手 (A)川岸 (B)両岸 (C)川と土手の間の土地 (D)段丘 (E)川沿いの地
(3)countryにも二義ある (@)土地 (A)地方

これらを組み合わせると2×6×2=24通りの訳が出来得るが、文脈と事実をあわせ論理的に解釈してゆく。
平凡社百科事典にあたると、『ナイル川の浸食作用により形成された河谷および河口に、川が上流より運んできた肥沃な沖積土が堆積してつくりあげた土地(ナイル河谷2万2000平方キロ、デルタ約1万3000平方キロ)だけが、人間の生存と農耕に不可欠な水を得て、人間生活の舞台となった』とある。

the banks of the Nileは「ナイル河谷」、the small strip of 〜 は「デルタ」(川筋がいくつにも分かれ、その間に細長い土地がある)、と読んでよいだろう。

修正訳:

「エジプトの文明は、地上最古の文明の1つである。人々はナイルの岸辺、そして肥沃なデルタ地帯に住んでいた」

*だがさて、実際は…
出講している大学の講師と放課後居酒屋で飲んだ。その人がエジプト学の専門家であることを急に思い出し、この案件を尋ねた。

the bankといえば当然「河谷地帯」、small stripは「デルタ地帯の細長い土地」でよい。だが「川筋がいくつにも分かれ、その間にある狭い土地」ではなく、「大河ナイルは氾濫する。そこで川沿いから横に細長く(つまり河と直角に伸びる形の短冊形で)切った土地のこと」。「こうした区分所有の形で人々は農耕に従事する。そうすれば、年によって川の氾濫の程度により損失を蒙るにせよ、川に近い土地所有者ほど損失が大きい不平等が避けられるからである」とのこと。
なるほど。幾ら調べても、専門家の一言にはかなわないという如実な例。

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