2014年4月号「受講生の実力」

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0 前説

 翻訳者を目指す人のレベルはどれくらいなのだろうか。随分むかし大手の翻訳学校で教えたことがあるが、すぐにでも使えそうな実力者がごくまれにいる反面、かなりの志望者は英語、日本語とも首をかしげる出来だった。それが嫌で自分の教室を開いた。それでも文法は徹底的に指導できても、訳文を添削するのは結構むずかしい。個人の文体がからんでくるからだ。最低「下訳」として使える程度には手を入れるが、それから先は本人の発奮次第ということになるだろう。
 具体例をお目に掛けよう。某大学の翻訳講座で提出された答案にコメントを付したもの。結構できる学生で明らかな誤訳は一か所だけ(といっても一冊に比例させれば何百か所になる)。だが日本語がいただけない。受験で「人工日本語」たる「英文和訳」に慣れているためだろう。英文和訳では英文が読めたことにならない。原文と等価の日本語を目指す翻訳教育が必要なのではないか。でも教えられる教員がいないか…

ロマンス小説 「サラの冒険」


‘Isn’t it time you went off to your meeting, Dad? I can manage here if you just turn the sign on the door to “Closed” as you go out.’
Duster in hand, Sarah pulled the stepladder into position in front of bookcase and began to climb up. It was cramped here in the storeroom but at least she could see through into the shop if need be. Now, though, she scanned the shelves carefully, reading the title on the spine of each book in turn and checking them against a list in her head.
‘Are you sure? You’ve already worked so hard today, keeping an eye on the customers as well as sorting through all the old stock. I don’t like leaving everything to you.’ William Bryant glanced around the shop with faintly troubled grey eyes before darting a frowning look at his watch.
‘I’ll be fine and, anyway, there really isn’t a lot more I can do here now. Philip will be along soon to pick me up.’
Sara smiled affectionately down at the top of her father’s head, wishing that she could ease some of his anxieties. But he was a reserved man, always keeping things bottled up and holding his worries to himself.
He was in his late fifties and she could see now that his once thick brown hair was beginning to thin at the crown and there were definite streaks of silver around his temples. It was distressing to see how much he’d aged these last few months since he’d battled with the decision to put the shop up for sale.
‘You go on,’ she said. ‘I know how anxious you are to talk things through with the accountant and it’s good of him to see you after work like this.’


1<集りに>出かける時間じゃない、お父さん? ドアに掛っている札を返して“閉店”にしてくれたら、2<私がここを管理できるわ>。
布巾を手に持ったサラは本棚の前まで梯子を引いてくると、それに3<登り>始めた。4<物置の中>は狭苦しいが、5<少なくとも、>必要となれば店内を見通すことが6<できた>。そして彼女は7<棚を慎重に見ている。それぞれの本の背の題名が、彼女の頭の中の順番通りに並んでいるかどうか確認していた>。
 8<>9<本気で言っているのかい>?10<お客さん>に目を配ったり、11<全ての古い在庫を>整理したり、今日はもうたくさん働いたじゃないか。全て君に任せるのは気が引けるよ。8<>ウィリアム・ブライアントは12<衰えた>灰色の目で13<お店>14<のあちこちをちらりと見たあと>、しかめ面で腕時計をにらんだ。
 15<私が今ここでできることはもうないから平気よ>。16<それに、>もうすぐフィリップが17<私を>迎えに18<ここへ来てくれるだろうし>。
 サラは父親の心配が19<和らぐよう願いながら>、頭のてっぺんに優しく微笑みかけた。20<しかし、彼は>控えめな人で、いつも物事を溜めこみ、心配ごとを抱え込んでしまう。
 21<彼は50代後半だ。サラは>かつて濃かった22<彼の>茶色い髪の毛が、頭頂部で薄くなり始めて23<いるのが分かった>。24<さらに、>こめかみのあたりにははっきりと銀色の筋が見られる。この数ヶ月間、25<彼は>26<お店>を売りに出す27<決意と戦っていたため>、老けこんだ28<彼>を29<見ることは>サラにとって辛いものだった。
 30<>31<もう行ったほうがいいわよ>。32<会計士と話し合うことがどれだけ不安なことかは分かるけど>33<、>こんな風に仕事の後に会ってくれるなんて34<彼は親切だわ>30<>35<。>と、彼女は言った。

1 目的語自体が重要なわけでない場合、日本語では省くのが普通。また大して意味はなくとも発話の言葉を入れるのが自然⇒もう
2 理屈っぽい⇒あとはやっておくわ
3 大げさ⇒上り
4 何の物置か?⇒書庫
5 「必要となれば」に「少なくとも」の気持ちは含まれている⇒トル
6 結果が重要なのではないので、現在形にして一般論なのを示す⇒できる
7 たどたどしい⇒棚にある本の背表紙を丹念に眺め、頭のなかのリストと順番に照らし合わせた。
8 原文通りの、直接話法のほうがいい⇒「」
9 sureの内容はmanage here⇒大丈夫かい
10 身内でいう場合、丁寧に言わないのが普通⇒お客に
11 文語的⇒古い在庫を全部
12 このfaintly troubledは、娘の好意にすがって良いものか気にしている様子⇒少し困ったように
13 叙述の文なので、丁寧さは不要⇒店内
14 くどい⇒をさっと見てから
15 会話らしく。また直接話法にする⇒「大丈夫、それに私ができることもそんなにないの。
16 接続詞を入れると、たどたどしくなる⇒トル
17 主語はなるべく入れない⇒トル
18 娘のウキウキした気持ちを出す。また直接話法の閉じカッコ⇒来るし」
19 翻訳調⇒薄れればいいと
20 接続詞が硬い、また「彼」「彼女」はなるべく使わない。「父」として、サラの心の声の感じをだす⇒だが、父は
21 叙述文にして変化を出した方がよい⇒父親は五十代後半で、
22 無くてわかる指示語は省く⇒トル
23 叙述文にする⇒いた
24 叙述文の続き⇒トル
25 無くてもわかる人称代名詞は省く」⇒トル
26 叙述文なので、丁寧さは不要⇒店
27 翻訳調⇒かどうかさんざん迷って
28 叙述文⇒父親
29 学術文の定義ではない⇒見るのは
30 直接話法にする⇒「」
31 迷っている父をけしかけているのだ⇒さあ行って
32 be anxious to doで「…を切望して」⇒会計士さんと話し合いたいと思っているんでしょ
33 文を切る⇒。
34 父親に同意を促しているところ⇒親切な人よね
35 閉じカッコで。は代用される⇒トル

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