2012年11月号「butとor」

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秋の夜長、ハシゴ酒の挙句たどり着いた場末の居酒屋で、若いカップルが何やら深刻な様子。聞くとはなしに聞いていると、男の煮え切らない態度に女がいささか業を煮やしたように一言発しました。
「私はね、お金じゃなくてあなたの愛がほしいの」
ああ、なんと麗しい台詞。これドラマならどの女優に言わせようか。この言葉に男は決然として甦るのだ、「よし、このけなげな女のためにひとかどの男になってやろう」、と…。
でも、よく考えればこれ「お金はいらない」とは言っていませんよね。「お金はさておき」「お金のことはともかく」といったニュアンスでしょ。英語のnot 〜 but ― にもこれと同じ使われ方があります。
往年の名漫才コンビ、やすし・きよし。決まってやすしが「しかしやな、しかし…」といって登場します。でもこれ、何に対して「しかし」なのか不明、というより反対の対象がない「しかし」です。英語のbutにもこれと似た「発話のbut」があります。
orは中学1年で「または」と習うので、パブロフの犬みたいについ選択のorに訳してしまうのですが、日本語でいう「…とか」(そういった類もの)の意味になることが実に多いのです。

今回はbutとorのいろいろ、をとりあげます。
I but

(1)等位節のbut
①対立:「しかし」「だが」
I am old, but you are young.
(私は年だが、君は若い)
He likes music, but his wife doesn’t.
(彼は音楽が好きだが、細君は違う)
②譲歩:「けれども」
He is poor, but happy.
(彼は貧しいが幸せだ)
She’s been learning Italian for five years but she doesn’t speak it very well.
(彼女は5年間イタリア語を習っているが、上手く話せない)
③繋ぎ:
To be shot so young; but it is frightful, John!
(あんな若いのに打ち殺されるなんて、恐いことね、ジョン)
④not 〜 but ― :
i)「〜ではなく―」It is not red, but black.
(赤でなく黒) 
*赤× 黒○ 赤は否定され黒は肯定される。前後の強い対比
ii)「〜ではなくて―」I did not go, but stayed at home.
(行かないで家にいた) 
*goは否定されるが、肯定のstayを導き出す前座のようなもの。力点はstayにある
iii)「〜というよりも―」This is not green but blue.
(緑というより青)
*緑も青も同系色。日本語では青が緑の上位概念(例:青りんご、青信号)だが、欧米では緑が青の上位概念。ここでは、色の範囲を狭めている(緑>青)

検討:
How scornful we are when we catch someone out telling a lie; but who can say that he has never told not one, but a hundred?

not one, but a hundredをどう訳すか。これ作家サマセット・モームのサミング・アップのなかの有名なエッセイなので、諸家が訳文を提供しているが、「一つでなく百の」との訳が多い。だが、これは前を否定し後を肯定しているのではない。上記 iii)に近いbutで「一つどころか百にしたところで」と読むべき箇所。

(2)等位接続以外のbut
①but=only: Life is but a dream.
(人生は夢にすぎぬ) *ロングフェローの言葉
②but=except: I’ve told no one but you about this.
(これを話したのは君にだけだ)
③but that=unless: But that I saw it, I could not have believed it.
(あれを見なければ、信じられなかったろう)
④but=that: I don’t doubt but she will recover.
(きっと彼女は回復する)
⑤but=that 〜 not: It never rains but it pours.
(降れば必ず土砂降り) *ことわざ
いずれも古い言い方で、現代語ではあまり使わない

II or

(1)選択:選択、交換、択一、否定、曖昧
①選択:「または」
I spend my holiday in reading, or else in swimming.
(私は休日を読書か、さもなければ水泳をして過ごす)
Which do you like better, apples or oranges?
(リンゴとオレンジのどちらがいいですか)
*会話ではappleの語尾が上がり、orangeの語尾が下がると選択の意味になる。だが、両方の語尾が上がる場合は、またはほかの物がいいかを含意し、「リンゴとかオレンジとかそれとも何かほかの物」のニュアンスになる。
②交換:「さもないと」
Go at once, or you will miss the train.
(すぐ行け、さもないと列車に乗り遅れる)
③択一:「どちらか」
Either Tom or Susie is at fault.
(トムかスージのどちらかが悪い)
④否定:「…もない」
She doesn’t smoke or drink.
(煙草も酒もやらない)
*「煙草とか酒とか」は厳密にいえば誤訳。
「あの人って専務とか常務じゃないよね」などとよく日本語ではいう(でも平取締役か上級部長ではある、が何となく含意される)が、こうした言い方は英語にはない(専務でも常務でもない、となってしまう)。
She neither wrote nor telephoned me all summer long.
(夏の間ずっと手紙も電話も寄越さなかった)
⑤曖昧:「…かそこら」
for some reason or another
(何らかの理由で)

(2)換言:詳細、修正、変更
①詳細:「すなわち」
the culinary art or the art of cookery
(割烹術すなわち料理法)
*やさしく言い換える
②修正:「むしろ」
He’s rich, or he appears to be.
(彼は金持ちだ、いやそのように見える)
*言い換えだが①ほど強くない
③変更:「あるいは」
I cannot take credit for my competency or otherwise in English.
(私は上手いかどうかわかりませんが自分の英語力を自慢するわけにゆきません)
*or otherwiseのotherwiseが副詞だが名詞的にcompetencyに対立するものを示し、遠慮・控え目な言い方になっている。

(3)列挙:列挙、譲歩
①列挙:「…とか」
any Tom, Dick, or Harry
(トムであれ、ディックであれ、ハリーであれ)
*いずれもありきたりの名前を列挙することで、「誰であれ」のニュアンスになっている。
Music or painting or reading will give you some peace of mind.
(音楽にしろ絵画にしろ読書にしろ、心を落ち着かせてくれる)
*三つの名詞をそれぞれ強調。ほかの物は含意されない。
②譲歩:「…でも」
Rain or shine, we’ll go.
(降っても晴れても出かけます)
*晴れと雨しかない気候の地方であれば「どちらの場合でも」になるが、ふつう曇りとか雪とかほかの天気があるものなので、この二つを一例とする「その類のもの」が含意される。
All men, rich or poor, have equal right under the law
(人はみな、富者も貧者も、法の下で平等である)
*富者、貧者のあいだに普通の者もいるはずだが、ここは定義に類する箇所であり、二つに分類した場合が含意されるので「どちらでも」の意味になる。

検討:
I have no wish to have been alive a hundred years ago, or in the reign of Queen Anne:

「百年前」=「アン女王の治世」であればorは「すなわち」となるが、同治世は1700年初頭なので常識的にはそうとれない。「あるいは」と読む。

Yet many days or months will go by without my using them.

daysとmonthsは同義語反復。どちらかを選べといっているのでなく、そういった類のもの(一定の量の時間のこと)、と読めるので、「日であれ月であれ」→「日も月も」→「歳月は」→「日々は

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