2012年5月号『誤訳の構造』を読む 第18回 No.151〜160

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 時間をかけて、英文読解指導書の白眉である『誤訳の構造』(中原道喜、聖文新社)を点検してゆく。
 実に難しい本で、私も最初自分の出来の悪さを棚に上げ「重箱の隅をほじくるような品のない本だ」と思い、途中で放り投げた。あるとき気になって再読し始めると、これが何ともすばらしい。自分が知らなかったこと、教わらなかったこと、がどんどん出てきて、完読したらそれまで曖昧な理解であったものも、目から鱗が落ちるようにくっきり見えるようになった。
 是非当コラムの読者にも読んでいただきたいが、奥が深く、一人で読み通すには相当な忍耐力がいる。そこで主に、著者が自明として端折っていそうなことで、英語中級者以上に裨益するであろうと思われる事柄を、補足する形で筆を執ってゆく。

 構成は、原文、既存訳(下線部が主な間違い)、柴田の補足、の順。『誤訳の構造』を手元において、読みながら本補足を参照して下さると、学習の効果が一層上がるだろう。

151

For once, the students filed out silently, making a point, with youthful good manners, of not looking at Crane, bent over at his chair, pulling books together.

ふたたび、生徒たちは静かに並んで外へ出て行った。若者らしい礼儀を守って、よくその場の核心をとらえ、クレインのほうは見ずじまいだった。クレインは椅子の上にかがんで、教科書をまとめていた。

[柴田の補足]
I 単語
file out:列を作って行進する
bent over:頭部を下に向ける
pull together:まとめる

II 文法
なし

152

“You are going to ruin your client, Francis. And yourself. Good Lord, man, I don’t understand your hesitation. I swear I don’t. When I walked into this room, you didn’t have a future. I’m offering you one. You should be on your knees.

「あなたはご自身の依頼人を破滅させようとしているのです、フランシス。そして、あなたご自身をね。あなたがなぜためらうのか、理解できません。どうしても理解できませんね。わたしがこの部屋へ入ってきたとき、あなたに未来はありませんでした。わたしはあなたにその未来を差し出しているのですよ。あなたは四つん這いになってもいいぐらいです

[柴田の補足]
I 単語
Good Lord:間投詞扱い「ああ!」
man:間投詞扱い「おい君」

II 文法
なし

153

“I am her. I can act only as she acts. No part of me is alien to her. For all intents and purposes we are one.”
     ・・・・・・

「わたしはまちがいなくあのひとです。あのひとのようにしか行動できないわ。わたしのどの部分をとっても、あのひととつながっているのよ。意志の点でも、欲望の点でも、わたしとあのひとはおなじ一人の女なのよ

[柴田の補足]
I 単語
なし

II 文法
なし

154

Mr. Aziz gave him his instructions. He then spoke to both men about guarding the Lagonda. He was brief and incisive. Omar and Saleh stood bowing and scraping.

アジズ氏が彼に二言三言注意した。それから二人に向かってわたしの車をしっかり見張るように言いつけた。簡にして要を得た指示だった。オマルとサレフは頭をさげ、体をぼりぼり掻きながら聞いていた。

[柴田の補足]
I 単語
instructions:指示
incisive:鋭い

II 文法
instructions:不可算名詞instruction(総称的に「教授」「教育」)が-sと可算名詞化され、具体的な「指示」にかわる
stood bowing and scraping:bow and scrapeは「ぺこぺこする」の意のイディオムだが、stood(原形stand)は、次に形容詞が来て「立つ」の意味が薄れ「…の状態である」ととったほうがよい場合が多い。ここもそう。

155

He turned around. She was lying back on the bed now, watching fascinated as he walked toward her. “You feel that way about me?” she said in an undertone. “More than ever.” He was on the bed. “Move over.

彼は身体をめぐらせた。彼女はもうベッドに横たわって、近づいてくる彼をうっとりと見つめた。「そんなにわたしを思っていてくれているの?」とひめやかな調子で言った。
「いままでよりもさらに」彼はベッドに上がった。「もっとはるかに

[柴田の補足]
I 単語
undertone:①小声 ②低音、状況によりどちらかを判断。

II 文法
lying back on the bed:自動詞+副詞+前置詞句の形。副詞で大まかな位置、前置詞句で具体的な場所を示す。場面が狭まり、クローズアップされる。「横たわる」→「後ろに」→「ベットの上に」
feel that way:that wayは副詞的にfeelに掛かる(副詞的目的格)。前置詞inを置いてもよいが、このように脱落することが多い。時間、仕方、空間に関する場合が主。例:Do it (in) that way.それはこのようにやってみなさい。

156

They were all keyed up for the moment when he should collapse and die or start screaming and tearing off his clothes. But he disappointed them.

教室全員が、彼のくずおれて死ぬ瞬間ないしは絶叫して服を掻きむしり始める瞬間を固唾を呑んで待っていた。だが彼は彼らを失望させた。

[柴田の補足]
I 単語
key up:緊張させる
collapse:つぶれる
die:死ぬ思いをする
tear off:脱ぐ、剥ぎ取る cf. tear up 引きちぎる

II 文法
when he should collapse:このshouldは推量・可能性、もしくは期待、俗に「当たり前だ」のshouldというべきもの「…するはず、して当然」。義務のshouldと混同しないように。

157

Sometimes Andrew, forever making light of his fright, decided that it was simply Christopher's appearance that unnerved him. His future father in law was very tall and looked anything but English. He might have looked southern French or even Basque. He had extremely black hair and large dark eyes and a long thin very red mouth.

彼を恐れる気持をいつも軽視しようとしたアンドルーは、ときどき、こわい感じがするのは、たんにクリストファーの外見にすぎないのだと思いきめた。未来の岳父は非常に背が高くて、まさにイングランド人以外のなにものでもなかったのである。南仏の人間かバスク人とさえ見えた。まっ黒な髪、大きな黒い目、そして横に長くうすい、まっ赤な口をしている。

[柴田の補足]
I 単語
make light of:…を軽んじる
fright:恐怖
decide:「判断する」「思う」
appearance:風采
unnerve:いらいらさせる
dark eyes:「黒い瞳」black eyesは人間に関しては使わない
red mouth:このredは「ピンクの」(皮膚、舌、唇について使う)

II 文法
it was simply Christopher’s appearance that:強調構文。it 、was 、thatを消して文が成立する。thatの前が、強調される要素。

158

If you amphibians had your way,” said the prosecutor, “everybody would run out on his responsibilities, and let life and progress as we know them disappear completely.”

きみたち両棲人にはまた、きみたちなりのやりかたがあるにせよ」と、検事は言った。「一人一人が自分の責任をまっとうすべく全身全霊をささげつくしていれば、われわれの持つ生命だの進歩だのという概念は完全に消えてしまうものだ」

[柴田の補足]
I 単語
amphibians:両棲動物
prosecutor:検事

II 文法
let:使役の意味の動詞でも使い方が少しずつ異なる。 let(放任:勝手にさせる) make(強制) get(説得を含意)have(利益、場合により被害)

159

For an answer he went over and learned down and kissed the top of her hair.
She grinned, looking suddenly boyish.
“Someday,” she said, “you’re going to make some girl a good father.

答えるかわりに彼は彼女の傍に行き、身をかがめてその長い髪の上にキスした。
彼女はにっこりした。ふいに、少年のように見えた。
「いつか、きっと、あなたはどこかの女の子をいいお父さんにしちゃうわよ

[柴田の補足]
I 単語
なし

II 文法
She grinned, looking suddenly boyish.:このlookingは、自動詞の分詞構文=She look boyish.(S V C)で、…に見える。「彼女は微笑んだが、突然少年ぽく見えた」

160

The doctor took an hour’s siesta after lunch and then returned to the office on his way to some bedridden patients in the barrio popular――if you could call what they lay on beds.

ドクターは昼食後一時間の午睡をとってから、貧民地区――人々がベッドに寝る場所をそう呼べるものなら――の寝たきりの患者を訪ねる途中、もう一度事務所に寄ってみた。

[柴田の補足]
I 単語
siesta:午睡
on one’s way to:…への途中
bedridden:寝たきりの

II 文法
「V(=call)+O(=what they lay on)+ C(=beds)なのである」との解説の補足を。
whatをthe things whichに置き換え、if節の中を二文に分解するとよく分かる。
You could call the things beds. They lay on the things.

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