2012年4月号『誤訳の構造』を読む 第17回 No.141〜150

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 時間をかけて、英文読解指導書の白眉である『誤訳の構造』(中原道喜、聖文新社)を点検してゆく。
 実に難しい本で、私も最初自分の出来の悪さを棚に上げ「重箱の隅をほじくるような品のない本だ」と思い、途中で放り投げた。あるとき気になって再読し始めると、これが何ともすばらしい。自分が知らなかったこと、教わらなかったこと、がどんどん出てきて、完読したらそれまで曖昧な理解であったものも、目から鱗が落ちるようにくっきり見えるようになった。
 是非当コラムの読者にも読んでいただきたいが、奥が深く、一人で読み通すには相当な忍耐力がいる。そこで主に、著者が自明として端折っていそうなことで、英語中級者以上に裨益するであろうと思われる事柄を、補足する形で筆を執ってゆく。

 構成は、原文、既存訳(下線部が主な間違い)、柴田の補足、の順。『誤訳の構造』を手元において、読みながら本補足を参照して下さると、学習の効果が一層上がるだろう。

141

We live in a time of such rapid change and growth of knowledge that only he who is in a fundamental sense a scholar―that is, a person who continues to learn and inquire―can hope to keep pace, let alone play the role of guide. We have created for ourselves a manner of living in America in which a little learning can no longer serve our needs.

われわれは知識が非常に急速に変化・発達する時代に生きているので、本質的な意味において学者である人―すなわち、絶えず学び探求してゆく人―のみが、指導者の役割を演ずることはもとより、時代の流れに遅れずについてゆく希望を持つことができる。われわれはアメリカに、生半可な学問はもはや必要に役立たないような生活様式を、みずから作り出してしまったのである。

[柴田の補足]
I 単語
keep pace :従いてゆく

II 文法
such 〜 that ― :〜なので―
that is:=that is to say「すなわち、もっと正確にいうと」の意。thatは he …scholarを指す。
let alone :ここでは前の否定辞(only)と結び、=not to mentionの意。

142

‘Paula, must you read at the table?’ said Mary.
Paula Biranne, the twin’s mother, was still absorbed in her book. She left the disciplining of her children, with whom she seemed at such moments to be coeval, entirely to Mary. Paula had been divorced from Richard Biranne for over two years. Mary herself was a widow of many years’ standing.

「ポーラ、あなた食卓でしか読書できないの?」とメアリーが言った。
ポーラ・ビランは双子の母親で、そう言われても夢中になって本を読んでいた。彼女は子供たちのしつけを放棄していた。そんな時、彼女は子供たちと同じ世代のように見えた。殊にメアリーにはそう思われた。ポーラは二年余り前にリチャード・ビランから離婚された女であった。メアリー自身も、もう久しい間未亡人であった。

[柴田の補足]
I 単語
must:どうしても…する
at the table:食事中に
leave A to B:AをBに任せる
coeval:同年代の
standing:継続、存続

II 文法
divorced:(1)他動詞で「離婚させる」(2)自動詞で受身形で「離婚する」(形容詞化)、のうち(2)

143

Drowning is not so pitiful
As the attempt to rise.
Three times, ’tis said, a sinking man
Comes up to face the skies,
And then declines forever
To that abhorred abode,
Where hope and he part company―
For he is grasped of God.

溺れるということはそれほど憐れではない、
浮かぼうとする試みに較べれば。
三度だった、溺れる男が言った
空に向かって浮かび上がったのは、と。
それから永遠にあのいやしい
人間の棲家をおさらばしたのだ、
そこで希望と彼とは別れる、
というのは彼は神のものとなる。

[柴田の補足]
I 単語
face:…に顔を向ける
abhor:ぞっとさせる
abode:住居
part company:分かれる
grasp:つかむ

II 文法
For he is grasped of God:このofは、古用法でbyの意味

144

“Won’t you really come, then?” said Dick.
‘No, I really won’t. I’ve got some work to do this evening.’
‘Seen Mike lately?’ said Dick quickly, who was always afraid, quite without precedent or reason, that I was about to lecture him on the Elizabethan sonnet sequences.
‘Not for weeks,’ I said.

「じゃあ、ほんとうに行かないのかい?」とディックが言った。
「ええ、ほんとうに行かないわ。今夜はすこしやることがあるの」
「さいきんマイクに会ったかい?」急にディックが言った。彼ときたらいつでもおどおどしていて、何のつながりもなければ理由も言わずにこんな風に切り出すものだから、エリザベス朝のソネットの起承転結について講演でもしてやりたい気がした。
「何週間も会ってないわ」わたしは言った。

[柴田の補足]
I 単語
quickly:せっかちに
precedent:先例
sonnet:十四行詩
sonnet sequence:(一貫したテーマを持つ)一連のソネット、ソネット集

II 文法
I’ve got:=I haveの意味だが、リズム・動きを感じさせる。
was afraid that 〜:…ではないかと(懸念して)

145

People have read poetry or listened to it or recited it because they liked it, because it gave them enjoyment. But this is not the whole answer. Poetry has been regarded as important, not simply as one of alternative forms of amusement, as one man might choose skating, another chess, and another poetry. Rather, it has been regarded as something central to each man’s existence, something which he is better off for having and which he is spiritually poor without.

人々は詩が気に入ったから、喜びを与えてくれるから、詩を読み、耳を傾け、吟唱したのだ。しかしこれが答のすべてではない。詩は、ただ単に二つある娯楽のうちの一つとしてとか、スケートをしようとか、チェスをもう一勝負するとか、詩をもう一つ読もうとかいったぐあいではなく、大切なものなのだと考えられて来ている。むしろ詩は、一人一人の人間の生活の中心をなすもの、それがあるゆえに自分の生活がより豊かになるもの、それなかりせば精神的貧困となるもの、と考えられて来ているのである。

[柴田の補足]
I 単語
rather:文頭で「それどころか」
better off:いっそう幸せである

II 文法
without:(目的語の代名詞を省略して)「(それ)なしに」

146

‘Was she all right?’ asked my wife when I carried my whisky into our bedroom. She popped one of her red sleeping-pills into her mouth and gulped water.
Asleep, anyway. Have you seen the Belreposes?’
‘Here. Three sounds rather a lot, doesn’t it? With you drinking as well, I mean. I suppose Jack knows all about it.’
‘They’re not barbiturates.’
I chased the white tablets down with whisky.

「彼女は大丈夫でした?」わたしがウィスキーを持って寝室に入ると、妻はそう言って訊いた。妻は赤い睡眠薬を1錠口に放りこむと、水で飲んだ。
とにかく眠ることだわあなたのは?」
「ここにあるよ。だけど3錠なんてちょっと大げさじゃないか?お前だって同じように飲むんだものな。ジャックだってわかっていそうなもんだよ」
「バルビツル酸塩じゃないからでしょう」
わたしは白い錠剤をウィスキーで飲みこんだ。

[柴田の補足]
I 単語
pop:飲みこむ
gulp:ごくと飲む
asleep:形容詞で「眠って」
Belrepose:架空の薬の名前「ヨクネムール」といったところ(フランス語で、belは良い、reposeは休むの意)
sound:思われる
I mean:つまり…といっているのだ
barbiturate:バルビツール剤(鎮静・睡眠剤)
chase:強い酒のあとに、(水・炭酸などを:with)飲む

II 文法
With you drinking as well:withは関連、drinkingはyou are drinkingの省略形。as wellは、おまけに。「あなたに関して言えば、あなたはお酒を飲んでもいるでしょ」

147

We’d literally starve. Dognose we’ve little enough to eat as it is. We’ve managed to achieve a sort of stasis, thanks to my department and similar government departments all over the world, but that can’t last much longer, not the way things are going.

われわれは文字通り餓死するにきまっている。今だって食べるのに事欠く有様なんだ。それでも、われわれは苦心したあげく、どうやら静止の状態を維持してはいる。これも、ぼくの勤めている省や全世界の同じような機能を果たしている各国の省のおかげなんだ。だが、この状態もそう長くは持ちこたえられまい。とすれば、現行のやり方ですらもう駄目だということさ。

[柴田の補足]
I 単語
literally:文字通り
starve:餓死する
dognose:= God knows
stasis:停滞

II 文法
little:このlittleは名詞で「少量」
the way:=as

148

And anyhow you ran out of the room to cry or throw up or something.

それにあなたはすぐに部屋をとび出して泣くかものを放り投げるかしてたでしょう。

[柴田の補足]
I 単語
anyhow:ともかく

II 文法
なし

149

I phoned Madeleine but she hung up on me; Gersbach, but he was out of his office.

マドリンへ電話してみたが、受話器がはずしてあった。ガーズバッハ家では、局に出勤しているとの返事。

[柴田の補足]
I 単語
なし

II 文法
なし

150

When he stood up he seemed heavy with a weight of flesh that was somehow foreign to him, as though he had picked it up by mistake, like the wrong coat after a party.

この男が立ち上がったとき、肉づきがたいそうよくて、重そうに見えた。そのようすはどうもこの男にそぐわしくなく、いわば、パーティのあとでまちがって他人のコートを着て帰ったときのように、何かのまちがいで大きなずうたいを持ち上げるといった感じであった。

[柴田の補足]
I 単語
weight of:…の目方に相当する量
foreign to:合わない

II 文法
なし

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