2012年3月号『誤訳の構造』を読む 第16回 No.131〜140

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 時間をかけて、英文読解指導書の白眉である『誤訳の構造』(中原道喜、聖文新社)を点検してゆく。
 実に難しい本で、私も最初自分の出来の悪さを棚に上げ「重箱の隅をほじくるような品のない本だ」と思い、途中で放り投げた。あるとき気になって再読し始めると、これが何ともすばらしい。自分が知らなかったこと、教わらなかったこと、がどんどん出てきて、完読したらそれまで曖昧な理解であったものも、目から鱗が落ちるようにくっきり見えるようになった。
 是非当コラムの読者にも読んでいただきたいが、奥が深く、一人で読み通すには相当な忍耐力がいる。そこで主に、著者が自明として端折っていそうなことで、英語中級者以上に裨益するであろうと思われる事柄を、補足する形で筆を執ってゆく。

 構成は、原文、既存訳(下線部が主な間違い)、柴田の補足、の順。『誤訳の構造』を手元において、読みながら本補足を参照して下さると、学習の効果が一層上がるだろう。

131

The most unnatural thing that Piccadilly could do today would be to look as it used to look. Even if it were transformed into the Piccadilly of twenty years ago, we should be scarcely less astonished than if we woke up and found ourselves in Tokio or Novgorod.

 ピカデリーが今日最も不自然なものを与えることが出来るとしたら、それは従来見なれているように見えることであろう。たとえそれが20年以前のピカデリーに変えられるとしても、私達は、目が覚めて、東京かまたはニジイ・ノブゴロドにいると感ずる位の驚きしか殆んどいだかないであろう。

[柴田の補足]
I 単語
do:一般動詞のdoは多義。ここでは「振る舞う」といった感じ。
look:ここは自動詞で「見える」。
into:変化をあらわす前置詞「…に」。

II 文法
no less 〜 than ←→ no more 〜 than
このunnaturalはnatural「自然な」に対する「不自然な」だが、接頭辞により微妙な違いが生ずることがある。例:unhuman「人間でない」inhuman「非人間的な」。一般的にはin-「無、不…」un-「…でない、がない、と反対」(unscientific非科学的な)non-「欠如」(nonscientific科学と無関係の)not「否定」

132

One of the pleasantest things in the world is going on a journey; but I like to go by myself. Out of doors, nature is company enough for me. I am then never less alone than when alone.

 世の中で一番楽しいことの一つは、旅行に行くことである。しかし私は一人で行くのが好きだ。戸外では自然が十分私の友になってくれる。そういうとき、私は、一人でいるときほどにはさびしくはない

[柴田の補足]
I 単語
なし

II 文法
 この文、大正時代に旧制高等学校(現在の大学教養課程に相当)の入試問題に出された。当時、正解が一つにならないのではと、新聞紙上をにぎわせ、文部省の見解まで示されたいわくつきのもの。私も二時間考え続け、頭が変になりそうになった。古谷専三(故人、旧制一高中退、小学校訓導から始め、のち日大に学び卒業と同時に教授になった)の「英文の分析的考え方18講」には、中原と違った解釈が示されている。

古谷の意訳:
 世にも一番たのしいことの一つは旅に出ることである。だが私は一人で旅することが好きだ。その私とても、家にいる時は人を相手にしてもたのしむ気になれる。が、いったん戸外に出れば、自然だけで道連れは十分だ。しかもその場合には、元来一人だけでいる時とまったく同様に何の遠慮もいらない。(だからすばらしいのだ。)

中原の解説:
「戸外では、私は一人でいるときよりも孤独を少ししか感じないことはない→戸外では、一人でいるときに最も孤独を感じない」 という意味を表すことになる。「群衆の中の孤独」という言葉もある。自然を伴侶とするとき、心は孤独を感じない―そういうことを述べた文である。

 なぜ解釈が割れるかというと、thenの指すもの、aloneの意味、neverの否定の範囲がからまって文意が曖昧になっているからだ。私は中原の解釈でよいと思う(thenは「戸外にいる時」、前のaloneは「さびしい」後のaloneは「一人」、never = not ever at any timeでnot less 形容詞 than 副詞句はnot more 形容詞 than 副詞句の逆と考える)が…皆さんも頭をひねってみてください。

133

A dictum attributed to no less notable an egotist than Lord Byron impresses me with its mellifluous wisdom and resolves in only six words what was beginning to seem a dilemma of insuperable moral proportions … “Studious by day,” I inform them, “dissolute by night.”

 バイロン卿に劣らぬエゴイストのものとされている格言、その甘美な知恵がぼくの胸をうち、ぼくには超克不能と思われかかっていた倫理上の調和というジレンマをわずか10字で解決してくれる。…「昼は勤勉に」と吹きこむぼく、「夜は放埓に」

[柴田の補足]
I 単語
dictum:格言
attribute:「帰せられる」→「…のものであるとされる」
egotist:自己中心主義者
impress A with B:AにBを痛感させる
mellifluous:甘美な
wisdom:分別、知恵
resolve:…を解決する
dilemma:難問題
insuperable:克服できない
proportion:調和、均整
studious:篤実の
inform:心に吹き込む
dissolute:自堕落な

II 文法
なし

134

Modern man has made the nation the most important instrument for effecting his purposes. Yet there is another institution of scarcely less moment. The university may not be a power structure, yet power springs from it. In an age in which change, already swift, continues to increase in speed, the university deals with nothing less than the dynamics of civilization. The future hangs on what it does and what it continues to be.

 現代人は国家を自分の目的を遂行するための最も重要な道具にした。けれどもそれとほぼ同じくらい重要なもう一つの機関がある。大学は権力機関ではないかも知れないが、権力はそれから生まれてくる。変化がその速度を増しつづけている時代に大学はまったく文明の原動力以外の何も扱っていない未来は大学の業績と本質にかかっている。

[柴田の補足]
I 単語
instrument:器具、道具、手段
effect:果たす
moment:(u)重要性
dynamics:原動力

ここのscarcelyは(1)ほとんど…ない (2)かろうじて、のうち(1)。
(2)ではscarcelyもbarelyも「かろうじて」と訳せるが、前者は否定的、後者は肯定的。例:He is barely of age.(二十歳になったばかり) She is scarcely ten.(彼女はやっと10歳になった)

135

… Nor could he truly hate his wife. She maddened him to insanity, but even in the wildest fits of jealousy he could not hate her any more than he could hate a cat, or a horse, or a tiger cub.

 そして自分の妻のことも心から憎むことができなかった。彼女は彼を怒らせて気も狂わんばかりにさせる。だが、めちゃくちゃな嫉妬で身を裂かれんばかりの時でさえ、彼は猫や虎の子などを憎む以上に彼女を憎むことはできなかった

[柴田の補足]
I 単語
なし

II 文法
なし

136

It is not every one that wears a human form, that can claim to be a man, in the full sense of that term. Many live and move among us, who are destitute of the chief elements of a manly character.

人間という言葉の完全な意味に於いて、人間だと主張できるものは、必ずしも人間の外形をしているものとは限らないわれわれの間には、人間らしい人格の主要素に欠けている人がおおぜい生活し、動いている。

[柴田の補足]
I 単語
destitute:…を欠いている

II 文法
なし

137

‘It was really a stroke of extraordinary luck that we discovered it at this stage.’
‘Luck, you call it, luck,’ I said, unable not to speak.
‘Luck, is it?’ It has never ceased to amaze me that they showed, at this stage, so little professional sympathy; I see now, and suspected then that his only emotion was professional curiosity. She was an odd case, my baby, a freak.

「この段階で発見できたのは、ほんとうに珍しい幸運だったのです」
「幸運ですって、幸運だとおっしゃるのですか」わたしは口がきけなかった「幸運、なのですか」こんなことになっても、医師というものがこれほど冷淡でいられるということに、わたしはいまだに驚かずにはいられない。その時にも、うすうす感じたのだが、今の私には、彼が職業的好奇心しか感じていなかったのがよくわかる。娘は、わが子は珍しい症例だったのだ、奇病だったのだ。

[柴田の補足]
I 単語
a stroke of luck:思いがけない幸運
case:症例

II 文法
suspect that 〜 (1)疑う (2)(悪いことを)思う
suspect O (1)疑う (2)うすうす感じる

138

No matter what I was really, no matter what I really meant, uncritical love was what I needed―and my Helga was the angel who gave it to me.
Copiously.
No young person on earth is so excellent in all respects as to need no uncritical love.

 私の正体が何だろうと、わたしの本心がどこにあろうと、わたしに必要なのは無批判の愛だった―そしてわたしのヘルガはそれを与えてくれる天使だった。
たっぷりとだ。
 無批判の愛をそれ以上必要としないという点において、わたしはこの世のありとあらゆる若い人々をしのいでいた。

[柴田の補足]
I 単語
copiously:豊富に

II 文法
なし

139

The Negro principal has arrived at the summit of his career; rarely indeed can he go any higher. He has his pension to look forward to, and he consoles himself, meanwhile, with his status among the “better class of Negroes.” This class includes few, if any, of his students and by no means all of his teachers. The teachers, as long as they remain in his school systems, and they certainly do not have much choice, can only aspire to become the principal one day.

 黒人の校長は、その職業における頂点に達したのである、事実上、めったにそれ以上にはなれない。彼は年金がつくのを待ち望み、それまでは自分の「黒人の上流階級」における地位で自らを慰めている。この階級にはわずかばかりの生徒が含まれることがあるが、教師たちが含まれることはまったくない。教師たちは、このような学校制度の中にあって、明らかに選ぶべき道があまりなければ、いつか校長になりたいと願うだけである。

[柴田の補足]
I 単語
career:職業、経歴
meanwhile:その間
status:高い地位・身分

II 文法
このamongはone of themの意。His status is one of the “better class of Negroes.”
by no means all = not by any means all「どうあっても全てというわけではない」

140

When James arrived, he was carrying the baby’s cradle tucked under one arm, and a bottle of champagne. He stood in the doorway and put the cradle down, and looked at Jane lying there, and said, embarrassed, incapable of the moment and the gesture he had selected, and yet looking at her nevertheless, making the effort to look at her, and not, as usual, averting his eyes as he spoke
“I brought you a present. To drink your health, if you like.”

 ジェイムズが部屋に入って来た時、彼は片腕にゆりかごを抱え、もう一方の手にはシャンペンの瓶を持っていた。彼は入り口のところで、ゆりかごをおろし、なかに寝ているジェインを見た。彼がタイミングを失って自分のしようとしていた身振りがうまくできなくてどぎまぎしていたが、それでも彼女を見つめ、彼女から目をそらさないようにし、例によってじっと彼女の顔を見つめながらしゃべった。
「贈り物を持ってきたんだ。よかったらお祝いに飲もう」

[柴田の補足]
I 単語
tuck:(寝具などに)心地よくくるむ
embarrassed:照れくさい、バツが悪い
incapable of:…ができなくて
select:最適なものとして選び出す
avert:そらす
drink:…のために乾杯する

II 文法
なし

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