2012年1月号『誤訳の構造』を読む 第14回 No.111〜120

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 時間をかけて、英文読解指導書の白眉である『誤訳の構造』(中原道喜、聖文新社)を点検してゆく。
 実に難しい本で、私も最初自分の出来の悪さを棚に上げ「重箱の隅をほじくるような品のない本だ」と思い、途中で放り投げた。あるとき気になって再読し始めると、これが何ともすばらしい。自分が知らなかったこと、教わらなかったこと、がどんどん出てきて、完読したらそれまで曖昧な理解であったものも、目から鱗が落ちるようにくっきり見えるようになった。
 是非当コラムの読者にも読んでいただきたいが、奥が深く、一人で読み通すには相当な忍耐力がいる。そこで主に、著者が自明として端折っていそうなことで、英語中級者以上に裨益するであろうと思われる事柄を、補足する形で筆を執ってゆく。

 構成は、原文、既存訳(下線部が主な間違い)、柴田の補足、の順。『誤訳の構造』を手元において、読みながら本補足を参照して下さると、学習の効果が一層上がるだろう。

111

Clearly I contradict what, at the university of Chicago, I was taught was the first and only law of economics: “There is no such thing as a free lunch.”

 明らかに私は、シカゴ大学で私が教えられていた最初の、そして唯一の経済学の法則である「ただの昼飯などというものはない」ということを否定している。

[柴田の補足]
I 単語
contradict:否定する

II 文法
what (=the thing which) をsomethingで置き換え、以下を一文にしてみるとわかり易い。
I was taught that something was the first and only law of economics.

112

She had called him late that afternoon…and said cool as you please, he hardly knew her voice, “I’m sorry for whatever pain this is causing you, truly sorry, but…I want us both to come to a decision we can live with. It’s the year nineteen sixty-nine and there’s no reason for two mature people to smother each other to death simply out of inertia.”

 その日の午後…彼女から電話をかけてきて、落ち着いてちょうだい、と言った。彼女の声だとはほとんどわからなかった。「すっかり迷惑をかけちゃってごめんなさい。本当に済まないと思っているわ。でも…あたしは、あたしたち二人が一緒に暮せるという決心がつけばいいと思うわ。いまは1969年なのよ。二人とも立派な大人のくせに、ただ惰性のために互いに首をしめあっているなんておかしいじゃない

[柴田の補足]
I 単語
call:電話する。cf. call on 訪問する
as you please:=very とても、すごく
cause:引き起こす
come to a decision:…に帰着する
live with:…を甘受する
smother:窒息死させる

II 文法
to deathのtoは、限界・程度を表わす「死ぬほど、死ぬまで」

113

There are some things that I would not have done, and some things that I have failed to do that I would do.

 私はしなければよかったと思うものもあるし、したいと思っても仕損じたこともある。

[柴田の補足]
I 単語
なし

II 文法
二重制限は機械的に前から訳す。前の制限領域の方が広く、後の制限領域の方が狭く、前から後ろに限定が絞られてゆくからである。

114

There was apparently nothing that a man shouldn’t say to a woman ― even to one he hates, and the fact was that Whitey loved her, adored her, worshipped her ― that he didn’t say to Myra.

 どうやら男には、女に向かって―憎んでいる女にたいしてさえ、言ってはならないことは一つとしてないらしい。ところが実のところ、ホワイティはマイラを愛し、崇め拝み奉っていながら、そこのところを妻に向かって口に出して言えなかったのだ。

[柴田の補足]
I 単語
apparently:(1) 一見(じつはそうではない) (2) 明らかに、のうち (2)

II 文法
the fact was (that) 〜 は、「事実は…」といった強い意味でなく「実は…」ぐらい。=actually

115

The most beautiful and most profound emotion we can experience is the sensation of the mystical. It is the sower of all true science. He to whom this emotion is a stranger, who can no longer wonder and stand rapt in awe, is as good as dead.

 我々が経験しうる最も美しく最も深い感情は神秘感である。それはすべての真の科学を生み出すもとである。この感情を知らない人で、もはや感嘆したり畏怖の念に心を奪われたりすることができない人は、死んだも同然である。

[柴田の補足]
I 単語
emotion:ここでは(u)強い感情
sower:種まく人
stranger:無縁の人、経験したことのない人
stand rapt in awe (of):畏敬の念をもつ

II 文法
the mysticalは、the+形容詞で具体的な「神秘主義」「霊力」に転化。
as good as 〜は、〜同然。段階形容詞で比較する場合、程度の高い方を目印に持ってくる。このgoodは「良さの程度が同じ」を示すもので、「良さ」自体を示すのではない。日本語では「背の高さ」というように、これが名詞で行われる。

116

“I wish now that you’d let her die.”

「彼女を殺してほしいわ」

[柴田の補足]
I 単語
let:勝手に…させる

II 文法
この部分だけではyou’dがyou wouldかyou hadかは分からない。
“I wish now that you would let her die.”であれば、「このまま死なせておやりなさいな」
例:I wish (that) I had bought it.「買っておけばよかったなあ」
I wish you would do so.「そうして下さるようお願いします」

117

Not in a hundred years could a committee of women of principle meeting at Geneva bring peace to Europe. And a committee of men of principle would take nearly as long as they.

 過去百年間にジュネヴァに会合した高潔な女性達の委員会はヨーロッパに平和をもたらすことは出来なかったそして高潔な男性達の委員会も女性達のそれとほとんど同じ位長くかかるであろう。

[柴田の補足]
I 単語
women of principle:節度のある婦人

II 文法
なし

118

The teacher was a so-called radical economist named Donald Vogel. He had already earned a place in Harvard history by interweaving all his data with obscenities. Furthermore, his course was famed because it was a total gut.
It would be an understatement to report the hall was packed. It overflowed with lazy jocks and zealous pre-med students, all in quest of lack of work.

 担当教授はドナルド・ボゲルという、いわゆる急進派の経済学者だった。彼は通俗的な用語を織りまぜながらの講義によってすでにハーバードの歴史科に確固たる地位を築いていた。のみならず、彼の授業は、努力しないで単位がもらえることでも有名だった。
 これは教室がすし詰めだという評判の控え目な表現だったのだろう。怠け者の運動部の生徒や向学心の強い医学部進学課程の生徒といった、いずれにしろ単位の穴埋めに必死の生徒たちであふれかえっていた。

[柴田の補足]
I 単語
history:(1)歴史 (2)歴史学、のうち(2)
interweave:織り交ぜる
obscenity:猥雑さ
course:科目
total gut:(俗)簡単に単位のとれる科目
understatement:控え目にいうこと
jock:大学の運動部員
in quest of:…を求めて
lack of work:仕事量がほとんどない事

II 文法
なし

119

All my friends and acquaintances seemed to think of him as long-suffering, patient, and terribly secure―for a man. Was my success some sort of allergy that had to be tolerated? In my position, a man would be crowing; I was forever apologizing. Thanking my husband for “putting up with” my fame. Apologizing to less successful friends by telling them how awful it really was to have what I had. And I felt apologetic. And obligated.

 わたしの友人や知人みんなが考えているらしい彼は、辛抱強く、忍耐強く、おっそろしく安全だった―男としては。わたしの成功は、がまんしなければならないアレルギーみたいなものなのか?わたしの場合、男が勝ち誇った声をあげ、わたしはずっと謝りっぱなしだった。わたしの名声に「がまんしてくれる」ことに対して夫に感謝する。わたしが手に入れたものを所有するということが本当はどんなに恐ろしいか話すことによって、あまりぱっとしない友人たちに謝る。そして実際わたしは謝りたい気持ちになった。しかも負い目があるという気持ち。

[柴田の補足]
I 単語
long-suffering:とても辛抱強い
secure:安全な
some sort of:ある種の
crowing:大得意になる
put up with:じっと我慢する
apologetic:人に対し遺憾な気持ちで
obligated:人に対しありがたく思う

II 文法
なし


120

A poor gasping, blushing creature, with trembling knees and twitching hands, is a painful sight to every one, and if it cannot cure itself, the sooner it goes and hangs itself the better.

ひざをふるわせ、手をぴくりと動かせて、哀れにも、息をはずませ、赤面している男の姿は、だれの目にも見苦しい光景としてうつる。そして、その状態は、もしなおさなければ、それだけ早く進行し、それだけますますよくめだつようになるのである。

[柴田の補足]
I 単語
blushing:赤面した
twitch:引きつらせる
painful:(自分にとって)嫌な、辛い、うんざりする

II 文法
go and hang:=go to hang「首をつって死ぬ」

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