2011年12月号『誤訳の構造』を読む 第13回 No.101〜110

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 時間をかけて、英文読解指導書の白眉である『誤訳の構造』(中原道喜、聖文新社)を点検してゆく。
 実に難しい本で、私も最初自分の出来の悪さを棚に上げ「重箱の隅をほじくるような品のない本だ」と思い、途中で放り投げた。あるとき気になって再読し始めると、これが何ともすばらしい。自分が知らなかったこと、教わらなかったこと、がどんどん出てきて、完読したらそれまで曖昧な理解であったものも、目から鱗が落ちるようにくっきり見えるようになった。
 是非当コラムの読者にも読んでいただきたいが、奥が深く、一人で読み通すには相当な忍耐力がいる。そこで主に、著者が自明として端折っていそうなことで、英語中級者以上に裨益するであろうと思われる事柄を、補足する形で筆を執ってゆく。

 構成は、原文、既存訳(下線部が主な間違い)、柴田の補足、の順。『誤訳の構造』を手元において、読みながら本補足を参照して下さると、学習の効果が一層上がるだろう。

101

“I wouldn’t listen to stuff like that.”
“You think I do? I’d have to be crazy too. How could anybody? Could you?”

「ぼくだったら、そんな話、おとなしく聞いてはいないぞ」
「ぼくだってそうだ。聞いているだけで、頭が狂いそうになった。誰だってそうだろう。きみだって例外ではないはずだ」

[柴田の補足]
I 単語
listen to :聞き入れる、耳を貸す
stuff:たわごと
do:listenの代動詞

II 文法
have toは外的必然(そうしなければならない状況だから)、mustは内的必然(そうしたいから)だが、未来形、仮定形の場合mustは使えないのでこの区別があいまいになる。

102

“Do you ever play in a band?”
“My dear Peter, can you imagine me” (surely it must hurt him to talk like that) “playing in a band?”
“I’m sorry, sir, I spoke without thinking.”

「そのうちにバンドで弾くんですか?」
「おいおいピーター、わしがそんなことをすると思うのか?……バンドで演奏するなんて」その口ぶりからすると、きっと感情を害したにちがいない。
「すみません、大佐、うっかりしちゃって」

[柴田の補足]
I 単語
ever:肯定文で「そもそも」(強意)
band:(吹奏)楽団
hurt:人の感情を害する
sir:閣下
thinking:思慮

II 文法
everは基本的には強調を示す=at any time。
imagine me playingは、(S) V O doingの形「OがSすることを想像する」

103

People often write obscurely because they have never taken the trouble to learn to write clearly. This sort of obscurity you find too often in modern philosophers, in men of science, and even in literary critics. Here it is indeed strange. You would have thought that men who passed their lives in the study of the great masters of literature would be sufficiently sensitive to the beauty of language to write if not beautifully at least with clearness.

 人々は明りょうに書くことをほねおって学んだことがないため意味のわかりにくい書き方をすることがよくある。この種の難解さは近代の哲学者、科学者、さらに文学批評家の中にさえきわめてしばしば見いだされる。批評家の場合などはまったく変な話だ。一生を偉大な文豪たちの研究に過ごした人々は、美しくとは言わぬまでも少なくとも明りょうに書かれることばの美しさというものに対してじゅうぶん敏感になっていると考えるだろうから。

[柴田の補足]
I 単語
take the trouble to:労を惜しまず…する
here:この点

II 文法
masterは多義だが、ここは「巨匠の作品」ととるのがよいだろう

104

Should he try for Nurse Penfield or not? … She was intelligent, friendly; good figure too. … He calculated. He would probably have to take her out a couple of times before she came through. Then that settled it; it couldn’t be this month―money was too short. Save it for me, la Penfield.

 ペンフィールド看護婦に今切りだしたものかどうか?……彼女は聡明で、気さくで、スタイルもよかった。……彼は計算した。おそらく二度も誘いだせばものになるだろう。だが別の要素が答えを決定した。今月は無理だ——懐ろが淋しすぎる。ぼくのためにとっといてくれよ、ペンフィールド。

[柴田の補足]
I 単語
try for:…を得ようと努力する
take her out:彼女を連れだす
come through:期待に応える
settle:決着をつける
la:フランス語の女性名詞につける単数定冠詞。ここはふざけて使っている

II 文法
thatは直前のこと、thisは直前または直後のこと、itは文中において問題になっていること、を指す

105

Every man of science whose outlook is truly scientific is ready to admit that what passes for scientific knowledge at the moment is sure to require correction with the progress of discovery; nevertheless, it is near enough to the truth to serve for most practical purposes, though not for all.

 真に科学的な見方をするすべての科学者は、現時点で科学的知識として通っているものは発見の進歩とともに必ずや修正を要することになるだろうということを、すすんで認めようとする。しかしながら、ほとんどの用途に対してではないにしても、非常に実用的な用途に対して役に立つということは十分真理に近いのである。

[柴田の補足]
I 単語
outlook:見解、態度(「外観」との意味はない)
ready to:(1)…の用意ができて (2)喜んで…する

II 文法
scientificに見られる接尾辞 -ficは(1)…化する (2)…を引き起こす

106

Beside him is a champagne bottle in an ice bucket from which he has obviously been drinking.

 彼の横には、彼が今まで飲んでいたとおぼしき氷のバケツがあり、シャンペンのビンがはいっている。

[柴田の補足]
I 単語
なし
II 文法
なし

107

Suddenly the ocean burst upon us in all of its awfulness. Quickly bringing the car to a halt, we sat as if stuperfied by what spread before us. … Great angry waves rushed shoreward as if they were trying to reach us. … Inspired with fear we did not stop to analyze, we turned homeward. Never again have I desired to see the ocean.

 突然、海はそのきわめて恐ろしい姿を、私たちの目の前に現した。すばやく車を止めると、私たちは目の前に広がる光景に感覚が麻痺したかのように、じっとすわっていた。……怒った大きな波は、まるで私たちのところまで来ようとするかのように、岸に押し寄せていた。……恐怖にかられ、私たちは海をじっくり見ようと車を止めていられず、家路についた。二度と私は海を見たいと思ったことはない。

[柴田の補足]
I 単語
burst upon:突然に現れる
stupefy:感覚が麻痺する
shoreward:岸の方へ
inspire:感情を吹き込む
homeward:家路を目指して

II 文法
Bring O to a halt で 〜を止めるの意味

108

At the age of thirty he had decided that his distaste for the society in which he lived was so complete that he could no longer reconcile himself to being a member of it. …… Although unmarried he was by the standards of the world he despised a successful and resourceful man.

 30歳にして彼は、自分の生きている社会に対する嫌悪はどうしようもないもので、もはやその一員であることに甘んじることはできないことを思い知った。……世間並みの結婚もまだしていないのに、彼はもう成功して財を貯える男というものを軽べつするようになっていた。

[柴田の補足]
I 単語
decide that:(1)…ということを決定する (2)…しようと決心する
reconcile oneself to:…に甘んじる
resourceful:(1)資格のある (2)工夫に富む

II 文法
なし

109

How can we keep the government we create from becoming a monster that will destroy the very freedom we establish it to protect?

 われわれのつくる政府が、自由を守るためにわれわれがつくる自由そのものを逆に破壊してしまうような怪物にならないようにするには、どうすればよいか。

[柴田の補足]
I 単語
なし

II 文法
the governmentは政府組織 cf. the Government 政府


110

Since the future is hidden from us till it arrives, we have to look to the past for light on it. Our experience in the past gives us the only light on the future that is accessible to us. Experience is another name for history.

 未来はそれが到着するまではわれわれには予知することもできないのだから、それを照らしてくれる光明を過去に求めなければならない。過去の経験こそわれわれにほど近い未来を照らす唯一の光明である。経験とは歴史の別名である。

[柴田の補足]
I 単語
look to:…に気を付ける、…を見守る
accessible to:(1)入手可能な (2)利用できる

II 文法
なし

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