2011年5月号『誤訳の構造』を読む 第9回 No.61〜70

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2011年5月号
『誤訳の構造』を読む 第9回 No.61 〜 70
 時間をかけて、英文読解指導書の白眉である『誤訳の構造』(中原道喜、聖文新社)を点検してゆく。
 実に難しい本で、私も最初自分の出来の悪さを棚に上げ「重箱の隅をほじくるような品のない本だ」と思い、途中で放り投げた。あるとき気になって再読し始めると、これが何ともすばらしい。自分が知らなかったこと、教わらなかったこと、がどんどん出てきて、完読したらそれまで曖昧な理解であったものも、目から鱗が落ちるようにくっきり見えるようになった。
 是非当コラムの読者にも読んでいただきたいが、奥が深く、一人で読み通すには相当な忍耐力がいる。そこで主に、著者が自明として端折っていそうなことで、英語中級者以上に裨益するであろうと思われる事柄を、補足する形で筆を執ってゆく。

 構成は、原文、既存訳(下線部が主な間違い)、中原の解説、柴田の補足、の順。本稿だけでも意味が通るようにするつもりだが、『誤訳の構造』を手元において、読みながら本補足を参照して下さると、学習の効果が一層上がるだろう。

(凡例)
下線:中原が訳に問題ありとした箇所 
:正しい訳(中原の訳に少し手を加えた部分もある)
「先行詞」:先行詞 
[カッコ] {カッコ} (カッコ):修飾語句、対立語句などの塊り(大、中、小の順)
斜体:連語
/ :区切り
××:主要語(SVOCなど、文の要素)



61
【例】

“Description of the man?”
I can’t tell you much, I’m afraid. It all happened so suddenly, and the light wasn’t good.”


「その男の人相は?」
おそろしかったので、あまりよくわかりません。それこそアッという間のことだったし、明りもあまり明るくなかったので」


[柴田の補足]

I 単語
description: (1)(u)(c)記述 (2)(c)説明 (3)(u、c)人相、人相書き (4)(c)種類、のうち(3)
good: (量・質・程度が)よい
II 文法
I can’t tell you much はSVO1O2。much は名詞で「多量」。



62
【例】
Morning is not a good time for him. Too many details crowd his mind. Brush his teeth first? Wash his face? What pants should he wear? What shirt? The small seed of despair cracks open and sends experimental tendrils upward to the fragile skin of calm holding him together. Are You on the Right Road?
朝は苦手だ。つまらない事がわっと頭に押し寄せてくるから。まず歯を磨こうか?それとも顔を洗うのが先かな?どのズボンを穿こうか?シャツはどれを?絶望のちっぽけな種子がはじけて割れて、おずおずと巻きひげを伸ばし、かろうじて平静を装っている傷つき易い皮膚をまさぐる。側通行ヲ守ッテイマスカ?

[柴田の補足]

I 単語
good:「望ましい」
details:「ささいなこと」
crowd:「群がる」
pants:(1)ズボン (2)(女・子供の)パンツ、のうち(1)
shirt:(1)ワイシャツ (2)肌着、のうち(1)
crack open:「パンと音をたてて開く」
send:「送り出す」
experimental:「実績の」「試みの」
tendril:「巻きひげ」
upward: 副詞「上へ」
hold together:「ばらばらにしない」

II 文法
the fragile skin of calm of calm (冷静さの性質をもつ)は、形容詞的に前の skin に掛かる。
例:an area of calm (無風地帯)
「知恵者の心は右にあり」(聖書)から
right「正しい」→「右」との語義が生まれたといわれる。
on the right road はイディオム的に「正しい道」。「右側通行(する)」は (drive) on the right または on the right sidein the right はイディオム的に「正しい」で、「間違った」は in the wrongHe went right to the end of the road. (彼はずっと道路の端まで行った)は何故、「右に曲がって」ではないのだろうか。副詞の right は位置を表す前置詞句の前で「まさに」「ちょうど」の意味での強調に働くからだ。




63
【例】
The trouble with them is they’ve taught the people to despise the wrong things and it’s boomeranged right back at them.
この人たちが困っている問題はですね、民衆に不正をさげすむよう教えておきながら、それがブーメランのように自分にはね返ってきていることなんです。

[柴田の補足]

I 単語
boomerang:「投げた人の所へ戻る」「やぶへびになる」く

II 文法
boomerang は自動詞なので、普通受身形をとらない。だから it’sit is でなく it has の省略ととる。
解説にある
a wrong deed (不正な行為)、the wrong number (間違い電話)で、なぜ冠詞 a the によって wrong の意味が違ってくるのかと思う向きもいよう。この場合、aは種類(そういった類のいつもあるうちの一つ)を言い、unjustdishonestimmoral の意味でつかわれている。the は区別(合っているものと間違っているもの)を言っている。
例:
the south 東西南北と区分したうえでの「南方」。
Which direction is South? は「正確な南の方角」を聞いている。



64
【例】
Each individual before doing anything must decide for himself and at his own risk what he is going to do. But this decision is impossible unless one possesses certain convictions concerning the nature of things around one, the nature of other men, of oneself.
人はみな何か事をなす前に、どんなことをするつもりなのかを、まず自分だけの力で自分の責任において、決めなくてはならない。しかしこの決定を下すことは、人が自分の周囲の物事の性質と、他の人の性質と、自分自身の性質に関して確固たる確信がもてなくては、できないことである。

[柴田の補足]

I 単語
for himself: (自分自身のために)独力で

II 文法
decide は自動詞で、and for himself at his own risk を並列。 unless は、以下に例外事項(…なことでもなければ)を導く。 certain が限定用法でも「確かな」の意味を表すことがあるのは、no、所有格に加え、数詞が前に来る場合。



65
【例】
...when one and all asked with their ravenous eyes and, occasionally, in so many words: “How do you feel?” and “Are you scared?” it made Jane want to laugh, but in fact she couldn’t even manage a smile.
一人残らず、むさぼるような目で、そしてときには百万言を費やして、「いまどんなお気持ちですか?」「こわくないですか?」と問いかけたとき、ジェーンは笑い出したい気持ちになった、しかし実際は微笑に頬を弛めることすらできなかった。


[柴田の補足]

I 単語
one and all:みんな
ravenous: 飢えている
manage: (言葉・笑顔などを)かろうじて表す

II 文法
in so many words が「あからさまに」とのイディオムになるのは、当然状況からわかる as 以下(ここでは、好奇の目を向けること)が省略されていて、「そういった態度を同じ数の言葉にする」→「あからさまに」との意識過程があるからだろう。



66
【例】
She would tell anecdotes and act them out, recounting, for instance, an episode in the life of the Emperor Napoleon: tiptoeing in his library to reach for a book and intercepted by Marshal Ney (Mother playing both characters, but always with humour): ‘Sire, allow me to get it for you. I am higher.’ And Napoleon with an indignant scowl saying: ‘Higher? Taller!’
母はよく歴史のこぼれ話を聞かせてくれた、それを身振りでやってのけるのである。たとえば、ナポレオン皇帝の生涯の一つのエピソードを語るわけであるが、ナポレオンが自分の書斎で、本を取ろうとして爪立ちをしていると、それをとめるかのように、ネイ元帥がこう言う(母はいつでもユーモアたっぷりに、この二人の人物を演じて見せながら話す)、「陛下、私に取らせてください、私のほうが高いですから。」するとナポレオンが眉をよせ、憤然として言う、「高いって?おれより背が高いだって!


[柴田の補足]

I 単語
anecdote: 挿話、秘話
act out: 実演する
recount: 順を追って詳しく話す
tiptoe: つま先で立つ
reach for: 手を伸ばす
intercept: 妨げる
sire: 陛下
indignant: 憤慨した
scowl: しかめっ面

II 文法
‘Higher? Taller!’ は「地位が高いだと?背が高いといえ!」だが、原語のフランス語ではどう言ったのだろうか。たぶん ‘Haut? Grand!’ だろう。



67
【例】
Practically all the major technological changes since the beginning of industrialization have resulted in unforeseen consequences. Our very power over nature threatens to become itself a source of power that is out of control.
実際、工業化が始まって以来のすべてのおもな技術面の変化は、予測しがたい結果を生じてきている。我々の自然への支配力そのものが、制御できない力の源に、いまにもなりそである。


[柴田の補足]

I 単語
unforeseen: 予測できない
threaten to: …する恐れがある

II 文法
practically は、中原の解説とは別の分け方もできる。(1)「実際的に」(語修飾) (2)「…も同然」(語修飾) (3)「実際には」(文修飾) (4)「事実上」(文修飾)



68
【例】
No one is happy unless he is reasonably well satisfied with himself, so that the quest for tranquility must of necessity begin with self-examination.
たしかな判断の上に立って自分に満足しているのでなければ、誰しも幸福にはなれないのだから、心の平安を求めるには、まず自分自身の検討から出発しなければならない。


[柴田の補足]

I 単語
reasonably: (1)合理的に (2)適度に (3)もっともで、のうち(2)
quest: 探求
of necessity: 必然的に
self-examination: 反省

II 文法
begin at(on)withの違いは、前者は「場所、時点」が意識され、後者は「面」とその後の移動を意識させること。
out of necessity: 必要にかられ
by necessity: 止むを得ず、必要があって (場合により「必然的に」の意味にもなる)



69
【例】
“I’ve got a lot of office homework too.”
“Oh, yeah, of course. We gotta do our homework.”
Phil was less than sympathetic to my serious involvement with a lot of business issues (e.g. draft cards). So I had to hint at their significance.
“I’m down in Washington a lot. I’m arguing a First Amendment case before the Court next month. This high school teacher...”

「自宅に持ち帰る事務所の仕事もたくさんありますからね」
「そりゃそうだ。自宅でしなければならぬ仕事もむろんある」
フィルは多くの緊急を要する訴訟問題(たとえば、徴兵カード破棄事件)にぼくが深くかかわっていることについてあまり同情を示さなかった。だから、その意義をほのめかさざるをえなかった。
ぼくはワシントンで、悪戦苦闘してましてね。来月の公判の前に連邦憲法修正第一条訴訟について弁護することになっている。この高校教師訴訟問題…」

[柴田の補足]

I 単語
homework: (u)自宅でする仕事
yeah: 間投詞「えー」
gotta: =have got to = have to (do)
less than: 決して…でない
serious: まじめな
involvement:かかわりあい、困りごと
issue: 問題点
e.g. :exempli gratia(例えば)
draft card: 徴兵書類
argue: …を論じる
case: 訴訟
before: …の面前に

II 文法
I've got I have got office homework office は形容詞的(事務所の)に work に掛かる。
Phil は、Philip の略称。
米国憲法は改正せず、条項を修正することで時宜に合わせている。
First Amendment (第一条修正条項)は、言論の自由を扱う。
ここ、中原の指摘以外に気になる誤りがある。「公判の前に」
「法廷で」。「連邦憲法修正第一条訴訟について弁護する」「…訴訟の弁論をする」



70
【例】
We do not trust educated people and rarely, alas, produce them, for we do not trust the independence of mind which alone makes a genuine education possible.
我々は教育のある人を信用しないし、悲しいことには、教育のある人をめったに作ることもしない。というのは、それだけで真の教育を可能にするような精神の独立性というものを、我々が信用していないからである。


[柴田の補足]

I 単語
gnuine: 本物の

II 文法
alone は副詞、形容詞があり、訳語もさまざまにつけられるのでやっかい。本文 the independence of mind which alone makes a genuine education possible. では、which が主格の関係代名詞で先行詞が the independence of mind。それで一文にすると、The independence of mind alone makes a genuine education possible. この alone は形容詞。名詞・代名詞の直後でそれを修飾して、「ただ…のみ」「…だけ」の意味となる。

 

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