2010年12月号(第15回)『誤訳の構造』を読む 第5回

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2010年12月号(第15回)
『誤訳の構造』を読む 第5回
 時間をかけて、英文読解指導書の白眉である『誤訳の構造』(中原道喜、聖文新社)を点検してゆく。
 実に難しい本で、私も最初自分の出来の悪さを棚に上げ「重箱の隅をほじくるような品のない本だ」と思い、途中で放り投げた。あるとき気になって再読し始めると、これが何ともすばらしい。自分が知らなかったこと、教わらなかったこと、がどんどん出てきて、完読したらそれまで曖昧な理解であったものも、目から鱗が落ちるようにくっきり見えるようになった。
 是非当コラムの読者にも読んでいただきたいが、奥が深く、一人で読み通すには相当な忍耐力がいる。そこで主に、著者が自明として端折っていそうなことで、英語中級者以上に裨益するであろうと思われる事柄を、補足する形で筆を執ってゆく。

 構成は、原文、既存訳(下線部が主な間違い)、中原の解説、柴田の補足、の順。本稿だけでも意味が通るようにするつもりだが、『誤訳の構造』を手元において、読みながら本補足を参照して下さると、学習の効果が一層上がるだろう。

(凡例)
下線:中原が訳に問題ありとした箇所 
:正しい訳(中原の訳に少し手を加えた部分もある)
「先行詞」:先行詞 
[カッコ] {カッコ} (カッコ):修飾語句、対立語句などの塊り(大、中、小の順)
斜体:連語
/ :区切り
××:主要語(SVOCなど、文の要素)



21
【例】
Directly he heard a lift door close and Daviss step in the passage he left his room. His lunchtime with the sausages had been cut by eleven minutes. Unlike Davis he always punctually returned. It was one of the virtues of age.

 エレベータの扉の閉まる音がして、廊下にデイヴィスの足音を聞くと、彼はすぐに部屋を出た。ソーセージが楽しみのランチタイムも、きょうは11分間切りあげねばならぬ。彼はデイヴィスとちがって、時間ぴったりに部屋に戻る習慣が身についていた。これも年輪のもたらす効用のひとつであろう。
ソーセージが楽しみのランチタイムも、今日は11分だけ短くなってしまった。

[柴田の補足]

I 単語
directly(接続詞) = as soon as
virtues:不可算名詞(美徳)が可算名詞化(美点)



22
【例】
At such parties I was awkward and uncomfortable, and something usually happened which increased my sense of inferiority to the other children, who were better at everything than I was and made no attempt to assist me out of my shyness.

 そのような集まりでは、私はぎこちなく落ちつかなかった。そして何事につけても私よりじょうずなのに、私が恥ずかしがるために助けてくれようとしないほかの子どもたちに対する私の劣等感を増すようなことが、たいていなにかしら起こるのであった。

私をはにかみから救ってくれようとしない

[柴田の補足]

I 単語
awkward:不器用な
uncomfortable:居心地悪い

II 文法

この out of は結果を含意し「assist して my shyness がない状態にする」。反対は into で「assist して my shyness がある状態にする」
◆解説中の(a) he helped her out of her difficulty.「彼女をその窮境から助け出した」 (b)He helped her out of pity.「同情心から助けてやった」 の違いは、(a)の difficulty her に限定され(b)の pity は総称用法であることから生じる。



23
【例】
“Its a matter of timing, too, said the lawyer. Ten years ago you wouldnt have got the death penalty. Ten years from now you wouldnt, either. But they had to have an object case, a whipping boy. The use of marionettes has grown so in the last years its fantastic. The public must be scared out of it, and scared badly. God knows where it would all wind up if it went on ...

 「また時期も悪かった」と弁護士は言った。「十年前なら、あなたは死刑にはならなかったでしょう。十年後でも、おなじことです。ところが現在となると、当局はたまたま犠牲者を探していた。あなたは大勢のマリオネット利用者の代表として鞭打たれるわけです。最近のマリネット利用たるやとどまるところを知りませんからね。一般大衆は非常におびえています。この状態が続いたらどうなるか分らない。…」

大衆をおどして、こんなことをしないようにさせねばなりません

[柴田の補足]

I 単語
a whipping boy:身代わりに鞭打たれる、王子の学友
where(接続詞) = at the place in which
wind up:行き着く、破目になる

II 文法
The use of marionettes has grown so in the last year its fantastic.
so that の構文でthatが省略されている。



24
【例】
Shut the door behind you.

 後ろドアを閉めなさい。

後ろ手に

[柴田の補足]

無し



25
【例】
She sat there holding the glass with both hands as though it were a sacrament. She took another gulp. There was not much of it left now. Over the rim of her glass she could see Conrad watching her with disapproval as she drank. She smiled at him radiantly.

 彼女は聖体拝領の儀式でもおこなっているかのように、グラスを両手で支え持っていた。それからもう一口がぶりと喉に流しこんだ。もうグラスは空っぽに近い。のところに、飲みっぷりをとがめるようなコンラッドの顔がうつっていた。彼女はにっこりほほえみかけた。

縁越しに飲みっぷりをとがめるようなコンラッドの顔が窺える

[柴田の補足]

I 単語
sacrament:秘跡
radiantly:嬉しそうに

II 文法

sit : ふつう「座る」だが、次に副詞・副詞句が来て、be に近くなることがある(ここもそう)
例:
sit at home all day(一日中家に居る)
can +感覚動詞:進行形の代用(…している)


26
【例】
The hawthorn was exploding white and pink and red along the hedge and the primroses were growing underneath in little clumps, and it was beautiful.

 山査子は生け垣にそって、白い花、桃色の花、赤い花、が咲き乱れ、桜草は小さな茂みの下で伸びてきて、それがまたなんともいえない。

下のほうで小さく固まって

[柴田の補足]

II 文法
中原の解説で — したがって[例]の英文は、さんざしが生け垣にそって色さまざまに咲き乱 ているのに対し、可憐なさくらそうは「下のほうで小さくかたまって」生えていた、ことを述べている — とあるが、これでは「さんざし」と「生け垣」が別のものに思えてしまう。
さんざしの生け垣に花が、としたい。
explode white and pink and red で、explode を自動詞ととれば white以下は現在分詞の省略された形容詞、他動詞ととれば white 以下は比喩的に名詞ととれそうだが、どうだろう。



27
【例】
Hes unselfish and very considerate for a man, but hes rather ineffectual, if you know what I mean.

 「身勝手なところがなくて — 人には思いやりがあって、でも、どちらかといえば — 役に立つことなんかできない方ですわ、おわかりになりますかしら」

男にしては思いやりがあって

[柴田の補足]

I 単語
ineffectual:無力な
rather:訳語が多岐にわたる。大まかには(1)究極の選択「むしろ」 (2)控えめに、①外見からみて「やや」 ② 内面からして「とても」。ここは(1)「どちらかというと」


28
【例】
My roommate, Ray Stratton, was playing poker with two football buddies as I entered the room.
Hello, animals.
They responded with appropriate grunts.
...........Oinks, grunts and guffaws. The animals were laughing.
Gentlemen, I announced as I took leave, up yours,
I closed my door on another wave of subhuman noises, took off my shoes, lay back on the bed and dialed Jenny
s number.

 部屋にもどると、ルームメートのレイ・ストラットンがフットボールの仲間ふたりとポーカーをやっていた。
「オース!アニマルズ」
彼らは気さくな調子で言い返した。
………どっと下卑た歓声。アニマルどもが笑っている。
「ジェントルメン」ぼくは言った。「そこまでにしとけ!」
ぼくも人前をはばかるひどい言葉をはいてドアを閉め、靴をぬいでベッドにあお向けになり、ジェニーの電話番号をまわした。

連中の下卑た声を断ち切るようにドアを閉め

[柴田の補足]

I 単語
buddy:仲間
animal:(大学の)運動選手
grunt:不平の声
oink:ブーブー
guffaw:馬鹿笑い
take leave:暇乞いする
up yours:こん畜生
subhuman:類人の

II 文法

中原による◆注意、の箇所。
She opened the door to a total stranger.
『「ドアを開けたら、全く見知らぬ人が立っていた」ぐらいの日本語に当たる英文である』とあるが、どうしてそういう訳がつくかの説明がほしいところ。
これは
to 不定詞の前後の「意外性」により、そう読めるのである。


29
【例】
Beth sets breakfast in front of Cal: eggs, bacon, toast, milk, juice.
Conrad looks up.
Morning.
Morning. You need a ride today?
No. Lazenbys picking me up at twenty after.
He treats this as a piece of good news.
Great! Said too heartily, he sees at once. Conrad looks away, frowning.

ベスはキャルの前に朝食をととのえる。卵、ベーコン、トースト、ミルク、ジュース。
コンラッドが顔をあげて声をかける。
「おはよう」「おはよう。今日は車に乗ってくか?」
「いや、レイゼンビィがあと20分したら迎えに来る
彼はいい兆候だと思う。「そいつはすごい!」調子にのって口走ってから、すぐにそのわざとらしさに気づく。コンラッドはむっとして目をそらす。

レイゼンビィが20分すぎに迎えにくる

[柴田の補足]

I 単語
great:凄い
heartily:心から
see:理解する(自動詞)
look away:眉をひそめる



30
【例】
I think I was ripped off this afternoon ... Place didn't look this bad when I left. Somebody was after drugs, I guess. What a neighborhood. Nothing but placebos here. Useem myself for quick energy sometimes.

 「この昼すぎ、物盗りにやられたらしい…出かける時にはこんなひどい状態じゃなかった。麻薬をやったあげくの仕業、だろう。まったくこの辺はなんという所だ。ここには気休め薬程度のものしか置いとらんのに。まあ時にはわたしも、手っ取り早く元気を回復するのに使うこともあるが」

誰かが麻薬を探してたんだろう

[柴田の補足]

I 単語
rip off:盗みをする
place:「いるべき場所」から、街、邸、アパートなど多義に。この場合、アパートの部屋
neighborhood:地区
placebo:偽薬

 

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