2010年11月号(第14回)『誤訳の構造』を読む 第4回

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2010年11月号(第14回)
『誤訳の構造』を読む 第4回
 時間をかけて、英文読解指導書の白眉である『誤訳の構造』(中原道喜、聖文新社)を点検してゆく。
 実に難しい本で、私も最初自分の出来の悪さを棚に上げ「重箱の隅をほじくるような品のない本だ」と思い、途中で放り投げた。あるとき気になって再読し始めると、これが何ともすばらしい。自分が知らなかったこと、教わらなかったこと、がどんどん出てきて、完読したらそれまで曖昧な理解であったものも、目から鱗が落ちるようにくっきり見えるようになった。
 是非当コラムの読者にも読んでいただきたいが、奥が深く、一人で読み通すには相当な忍耐力がいる。そこで主に、著者が自明として端折っていそうなことで、英語中級者以上に裨益するであろうと思われる事柄を、補足する形で筆を執ってゆく。

 構成は、原文、既存訳(下線部が主な間違い)、中原の解説、柴田の補足、の順。本稿だけでも意味が通るようにするつもりだが、『誤訳の構造』を手元において、読みながら本補足を参照して下さると、学習の効果が一層上がるだろう。

(凡例)
下線:中原が訳に問題ありとした箇所 
:正しい訳(中原の訳に少し手を加えた部分もある)
「先行詞」:先行詞 
[カッコ] {カッコ} (カッコ):修飾語句、対立語句などの塊り(大、中、小の順)
斜体:連語
/ :区切り
××:主要語(SVOCなど、文の要素)



11
【例】
Suppose that Hitlers programme could be put into effect. What he envisages, a hundred years hence, is a continuous state of 250 million Germans with plenty of living room (i.e. stretching to Afghanistan or thereabout), a horrible brainless empire in which, essentially, nothing ever happens except the training of young men for war and the endless breeding of fresh cannon-fodder.

 ヒットラーの計画が実現したとしてみよう。彼が百年後に画策しているのは、広い「居間」を持った2億5千万のドイツ人が住む、ひとつづきの国である(その「居間」はアフガニスタン周辺あたりまでひろがる)。それは戦争のための青年の訓練と、砲弾の餌食となる人間を無際限に産ませる以外本質的には何もしない、恐るべき、愚かしい帝国である。

広い生活空間

[柴田の補足]

I 単語
suppose that: = if
programme:計画
put into effect:実行する
i.eid est:即ち
thereabout:そこら辺
brainless:愚かな
breed :繁殖する
cannon-fodder:大砲の餌食;兵士たち
for a change:気分転換に



12
【例】
The study of war has become a discipline with a large literature from the point of social science, of law, and of history. War has also figured largely in literature, poetry and rhetoric.

 戦争の研究は、社会科学や法律や歴史の観点からみると、大きな文学の一分野になっている。戦争はまた、文学や詩や雄弁術に、大きくクローズアップされている。

多くの文献のある研究分野
文学、詩歌、修辞


[柴田の補足]

I 単語
discipline:(c)学問 (u)訓練、しつけ
figure:(vt)描く、あらわす (vi)あらわれる、の内ここでは(vi)
social science:社会(科)学
political science:政治学

II 文法

science の意味は「体系化された知識の総体」で、(1)科学(狭義) (2)学問(広義)、となる。
lawは(1)法律 (2)法学、 history は(1)歴史 (2)歴史学、の二つの意味があり訳語に注意が必要。ここではいずれも(2)の意味。「社会学、法学、歴史学の観点から」。



13
【例】
Sucking a lemon he took stock of his surroundings. The mescal, while it assuaged, slowed his mind; each object demanded some moments to impinge upon him ...
Save me, thought the Consul vaguely, as the boy suddenly went out for a change, help.

 レモンの汁をすいながら彼はじろじろあたりを見回した。メスカル酒がきいてくるにつれて、気持は和み、鈍ってきた。目に見えるものが一つ一つ彼の心に侵入してくるのに多少時間がかかった。  領事は、少年が急に釣り銭を取りに行ったとき、助けてくれ、とぼんやりそう思った。助けてくれ。

メスカル酒は、彼の心を和ませはしたが(、その働きを鈍らせた)
少年がちょっと気晴らしに外へ出て行ったとき


[柴田の補足]

I 単語
suck:吸う
take stock of :…を評価する、吟味する
mescal:メスカル(さぼてん)酒
assage:心を鎮める
mind:思考力
slow:緩める
moment:瞬間
impinge on(upon):侵害する



14
【例】
He told me how you grew an avocado pear from a stone.

 だらけの所で、アボカドを栽培したそうだね。

種(から)

[柴田の補足]

I 単語
how:(1)方法・様態を示す副詞「どうやって」 (2)先行詞を含む関係副詞=the way in which 「…の事の次第」、のうちここはどちらでも可
grow :(vi)育つ (vt)育てる、のうち「育てる」



15
【例】
He seriously considered marrying her, notwithstanding that he seemed, just now, to be buying a ticket to escape from her. But this was in her best interests, too, if he was so confused.

 彼女の愛情から逃れようと、乗車券の購入に汗をながしているくせに、彼は彼女との結婚を真剣に考えていた。しかしこの矛盾、この混乱した気持ちが、彼女の最大の関心事でもあった

(このことは、)彼女のためにはかえってよかった

[柴田の補足]

I 単語
notwithstanding that:…であるにもかかわらず
just:(1)(現在形とともに)ちょうど今 (2)(過去形とともに)少し前に。ここは(2)のように見えるが、時制の一致であって、意味は(1)。

II 文法
to escape は(1)buying (2)a ticket、のうち(1)に掛かる。「逃れるために(チケットを)買う」であって、「逃れるためのチケット」ではないからだ。
law は(1)法律 (2)法学、 history は(1)歴史 (2)歴史学、の二つの意味があり訳語に注意が必要。ここではいずれも(2)の意味。「社会学、法学、歴史学の観点から」。



16
【例】
How he doted on his memories! What a funny sensual bird he was! Queer for recollection, perhaps? But why use harsh words? He was what he was.

 なんと記憶に溺れることか!官能の鳥!記憶の耽溺者?だが、非難されることもあるまい。おれはしょせん、あるがままのおれなのだ。

自分はなんというおかしな官能に溺れやすい人間なのだろう

[柴田の補足]

I 単語
dote on:溺愛する
queer:酒に酔った;気が狂った
sensual:好色な



17
【例】
That impressed me as a child.

 私、その話を聞いてどういうわけか子供みたいに感動してしまいましたの。

子供だった私は

[柴田の補足]

II 文法
as は前置詞では『〜として』の意であって、『〜のように』という意味では用いない」と中原は記すが、「〜のように」と訳したくなる時がある。これは「たとえば〜のように(な)=such」の意味があるからだ。
例:
He treats me as a child. ×「彼は私を子供のように扱う」○「彼は私を子供扱いする」His lips were as a pomegranate. ○「彼の唇はザクロのようになっていた」。「『〜のように』 (「…に似た」=like)の意味ではない」と但し書きを入れるとよいだろう。



18
【例】
Im afraid she'll get fat, Ive watched her eat. In no time at all shell be slopping around in bedroom slippers.

 あの女きっと太るわ。あの食べ方じゃ。すぐに寝室のスリッパの上に吐くようになるわ。

寝室用スリッパをはいて(ぶらぶらだらしなく過ごすようになる)

[柴田の補足]

I 単語
slop around:ふらふら歩く
slipper:かかとのついたスリッパ(いわゆるスリッパは mule)



19
【例】
If you are of good manners and passable appearance, the cat will stick her back up and rub her nose against you. Matters having reached this stage, you may venture to chuck her under the chin, and tickle the side of her head, and the intelligent creature will then stick her claws into your legs...

もし君が行儀作法がよくて、まず普通の風采だとするなら、ねこは背を突き出して鼻を君にこすりつけてくるものだ。ことがこの段階に達したなら、君は思い切ってねこのあごの下を戯れになで、頭の片側をくすぐってよかろう。そうすればこの利口ものは、君の脚の間へ両手をさしはさむということになって

この利口な動物は君の脚につめを立てるだろう

[柴田の補足]

I 単語
of good mannersof +名詞=形容詞化
stick up:体の一部を突き刺す
rub:こする
matters:事態
chuck:顎の下を軽くたたく
tickle:くすぐる



20
【例】
At the table next to me are two people, a man and a girl. They are very happy, so it seems, very much in love. They talk with confidence of the future. It is not that I listen to what is not meant for me; they are quite oblivious of who hears them and who does not.

 私の隣のテーブルに若い男女が座っていました。二人ともとても幸福な様子で、お互いを強く愛し合っていると一目瞭然でした。二人はひそひそと将来のことなど語り合っていました。私は別に人の話を盗み聞く気持ちなどなかったのですが、二人とも、誰かの耳に入るとは夢にも思わないで、声高に話しておりました。

恋人たちは確信に満ちて将来を語り合っている

[柴田の補足]

I 単語
mean: 充てる、目論む
oblivious:気に留めない

II 文法
It is not that は「だからといって…というわけではない」とイディオム的に丸暗記されるが、詳しく言うとI would not say that (私は…というつもりはない)の簡略形。かつ would は前文を受け、「その場合であっても」と仮定の気持ちが入る。

  

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