2009年4月号(第1回)『itの指すもの』

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クエスチョン

That did it! に、「そういうことだ」「それで決まりだ」との訳が辞書にのっていますが、なんでそうなるのかがわかりません。


アンサー

「冬の夜道をひとりの男が歩いてゆく。 激しい仕事をする人だ。 その疲れきった足取りがそっくりそれをあらわしている。」


小学校高学年で習った詩の一節です。設問がついていて、「『それ』とは何ですか、30字以内で述べなさい」とありました。

答えは「夜道を歩くひとりの男が激しい仕事をする人であるということ」(28字)となるでしょうが、10字以内で述べなさい、だったら、「激しい仕事」とするところです。 つまり『そ』『それ』とは、その文中で問題になっていることがらのことで、特定の固有名詞を指すとはかぎらないということです。上記の捉え方の範囲であれば、別の記述のしかたもあってよいのです。


質問の That did it! であれば、that は直前に言ったり、したり、見たり、認識したこと。itはそこで懸案になっていることを指します。例えば、こんな場面。


大学4年の青年が就職試験に落ちて、故郷からは帰ってこいといわれ、悩んでいる。そこへ恋人が来て、自分は第一志望へ就職が決まった、これを限りにあんたのような不甲斐ない男とはお別れよ、と言った。彼がここで、That did it! と発すれば、that は「彼女にお別れと言われたこと」、it は「故郷に帰ろうかどうかの迷い」を指し、「彼女に言われたことが、自分の迷いに決着をつけた」ことになります。それで、訳としては「それで決まりだ」となるわけです。


それでは一つ、短編小説から応用問題を。下線部に注意して、考えてみてください。 ピアノ自慢の夫人が、拾ったネコに音楽を聞かせてやったところ、ネコが異常な反応を示すという箇所。


The animal, who a few seconds before had been sleeping peacefully, was sitting bolt upright on the sofa, very tense, the whole body aquiver, ears up and eyes wide open, staring at the piano. ‘Did I frighten you?’ She asked gently. ‘Perhaps you’ve never heard music before.’ No, she told herself. I don’t think that’s what it is. On second thoughts, it seemed to her that the cat’s attitude was not one of fear.


市販書の訳:ほんのすこし前までのどかに眠っていたネコはいま非常に緊張して、全身をふるわせ、耳をたてて、大きく見開いた眼でじっとピアノを見ながら、ソファに立っている。

「びっくりしたの?」と彼女はやさしく訊いた。「きっと前に音楽を聞いたことがないのね」 きっとそうなんだわ、と彼女はひとりごちた。そんなところだと思った。だが、ネコの様子から察するに、どうもこわがっているのではないらしい。


解説


No は、直前の自分の発言に対する否定。tell oneself は「自分に言い聞かせる」。that は、直前に述べられたこと。it は、文中で問題になっていること。ここでは that は、ネコが今はじめて音楽を聞いたこと。it は、ネコがブルブル震えている現状況。on second thoughts は、「考え直して」。 I don’t think 以下は中間話法。


直訳

いや、ちがうわ。と、彼女は自分に言い聞かせた。はじめて音楽を聴いたから、このネコが興奮してブルブル震えているのだ、とは思わない。考え直せば、ネコの態度は恐れの態度ではないように見受けられる。


修正訳

いやちがう、と彼女は思った。そのせいじゃない。第一、このネコ、恐がっているように見えないもの。


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