翻訳家で成功する

書籍『翻訳家で成功する』の内容を一部ご紹介いたします。

あるベテラン翻訳者の話である。人文系の大作の翻訳を受注した彼は、その仕事が完了するまでの六ヵ月間、妻子を実家に帰したという。翻訳原稿の量は八〇〇枚、時代考証など調べものに相当の時間を使うにせよ、家族の存在が仕事の進行に差し障るはずもなかろう。怪訝に思いつつ、続きを聞いて納得した。

問題は稿料にある。定価二〇〇〇円で初版三五〇〇部。印税率が八%とすると、この翻訳者の六ヵ月間の収入は五六万円という計算になる。とても妻子を養えるような額ではない。ふだんは、書籍の翻訳と並行して雑誌記事の翻訳や産業翻訳をやって生計を立てていたが、この大作にとりかかってからは、それらの収入が断たれてしまったのだ。

翻訳とはかくも儲からない仕事なのか。あるいは、これは極端な話なのか。それとも、出版翻訳特有の現象なのか。

まずは、翻訳料の現場を覗いてみよう。


1−1 翻訳料の相場を知っておこう

翻訳業界は大きく分けて、出版、映像、舞台、産業(業務、実務ともいう)の四分野から成り立つ。それぞれの分野において翻訳に対する注文が微妙に異なるように、翻訳料の体系もさまざまだ。


◆夢の「印税」生活への道

 翻訳と聞いて真っ先に思い浮かべるのが出版翻訳。本を出せば「印税」が入る、ということくらいは誰もがご存じだろう。出版翻訳者にとって最大の収入源である。しかし、この「印税で食う」というのが、まことに難しい。

『広辞苑第五版』によれば、「印税」は次のように説明されている。


(「印紙税」の略称に由来する語という)著作権者が著作権使用料として出版者などから受ける金銭。定価・発行部数に基づく一定歩合による。また、作曲家や歌手などがレコードの発売数に基づいて受ける収入などにもいう。


印税の支払いは、出版業界の場合、出版社と著作権者の間で交わされる出版契約書によって、印税率、支払い時期、支払い対象(刷数か実売部数か)などが決定される。戦前の印税率の相場は、書き下ろし・翻訳にかかわらず一〇%だった。現在でも、書き下ろしの場合は、印税率一〇%でほぼ相場が決まっている。

しかし、翻訳の場合、戦後になって評価がかわり、クリエイティブ性(創作ではないとの認識)と経済性(原著作者への支払い。戦前はこれが曖昧だった)の問題から印税率全体が下がるという現象が起こった。現在では、おおよそ八〜六%に落ち着いている。また、新書なら一二%、という高い印税率を維持する出版社がある一方で、四%というきわめて低い印税率しか払えないところもあり、出版社によって大きな開きがあるのも特徴だ。とくに、人文・社会系の零細出版社ほど印税率が低いという傾向がある。

零細出版社が利益を出すには、取次の仕切り率(卸値を低くさせられる)の問題から原稿料を本体価格の一〇%に抑えなければならない。原著者に支払う印税を考えると、翻訳者の取り分が四%というのもやむを得ないだろう。ふつう出版社にとって望ましい翻訳書の原稿料率は最大一二%(たとえば原著者六%、翻訳者六%)といわれており、大手出版社といえども、原稿料は最大一六%(たとえば原著者八%、翻訳者八%)で抑えなければ、いくら売れても利益は出にくい。加えて、バブル期、日本は版権を獲得するためにカネにものをいわせて原著者へのアドバンス(確定支払い分)を押し上げてしまった。このため、この不況期にあってもその支払いは高水準のまま重くのしかかってきているのである。もともと薄利多売の構造だったのが、いっそう深刻な状況になっている。

話を翻訳料に戻そう。翻訳者の側から見ると、現行の印税率では生活を成り立たせてゆくのはかなり厳しい。大手出版社の文庫の初刷は三万部から。定価六〇〇円の八%印税として一四四万円の収入。年に四冊こなしようやく六〇〇万円弱。何本かに一本増刷りがでて、年収一〇〇〇万円を超えることもある――これは一番恵まれた翻訳者の姿である。中小出版社であれば初刷はこれほど出ないし、そもそもコンスタントに年四本受注することもこなすことも大変なのである。「印税で食う」ことは並大抵のことではない。このため従来、翻訳といえば語学力に覚えのある大学教員が趣味と実益を兼ね引き受けるのが常だった。近年では、収入自体にあまり頓着しない高学歴主婦が市場に参入してきている。男性の専業出版翻訳者は少なくなっているのが現状だ。


◆印税額一五万円から二億三千万円まで

ここで印税収入の例を挙げよう。まず、高額の印税収入の例として、先年大ヒットした哲学入門書の試算をしてみる。定価二〇〇〇円で、売上げ一九〇万部(普及版含む)。これには監修者がついており、監修者が印税の二%を取り、翻訳者への印税率は六%。すると、訳者が受け取った印税額は二億三〇〇〇円にのぼることになる。

次に私が知りうる限りで最も厳しいケースを紹介しよう。外資系のS社の日本法人から、きわめて真面目な経済入門書を、著名な評論家の監修、新人翻訳者Mの翻訳で出したことがある。監修者の印税が二%で、翻訳印税は四%。エージェントとして翻訳会社が翻訳印税のうち一〇%をとったため、翻訳者が得た印税率は結局、本の販売価格に対し三・六%となった。ところが、この場合は刷数ではなく実売部数で翻訳料が支払われたため(外国では実売部数契約が主流)、初刷三五〇〇部だったにもかかわらず実売は一九〇〇部で、翻訳者が得た収入はわずか一五万円だった(定価二二〇〇円)。

ちなみに、出版社によって印税率が異なるだけでなく、著作権者の力量によっても印税率は変わる。ベテラン翻訳者と初心者の印税率にはやはり差がある。初心者を使う際には出版社もそれなりにリスクを負っているからだ。

また、海外に目を転じれば、欧米では一括払いを基に、オプションを加える形が主流である。たとえばフランスでは、契約イニシアル(保証)とごくわずかのロイヤリティ(著作権使用料)を組み合わせた方式をとっている。いうなれば、プロ野球で、年俸+出来高払いにしているようなものだろうか。


◆売れても売れなくても一定額が保証される「買切」

出版業界には、「買切」という原稿量の支払方法もある。刷数、販売部数にかかわらず、翻訳が納品された時点(または少しあと)で一定額を支払うものだ。あまり売れない本の場合は著作権者の保護になるが、予想外のヒットを飛ばしたりすると著作権者がずいぶんと損をすることになる。

買切の代表例がロマンスもので知られるH社である。一五年前の翻訳料は一冊四〇万円で、現在が新人で二八万円から三五万円(下訳は二〇万円)。翻訳料が下がったのは、おそらく高学歴化によって翻訳希望者が増加し、需要と供給のバランスが変化したためだろう。

買切の形態がとられることが比較的多い分野は、コンピュータ関連のマニュアル書翻訳である。予算が立てやすいという意味で、新興出版社が好んで使う方法でもある。また、CD-ROMなど電子出版分野でもよく採用される。翻訳料はほぼ一定していて四〇〇字詰原稿用紙一枚あたり二五〇〇円だが、内容が難しかったり手間がかかるものだと三〇〇〇円見当、逆にレギュラーで量が多いと相場以下になることもある(これは翻訳エージェントに出す料金。翻訳者にわたるギャラはその六〇〜七〇%となる)。コンピュータのマニュアルやCD-ROMの翻訳でエージェントを通すことが多いのは、短期間に大量の翻訳を一定レベル以上で仕上げなければならないからだ。

一般の出版で買切がとられる場合はふたつある。ひとつめは、その作品がけっこう売れそうなときである。たとえば、出版界で損益分岐点といわれる五〇〇〇部を予定初刷数とすると、将来売れることを見越して八〇〇〇部相当の印税額を買切で訳者に支払うというものだ。ふたつめは、刷数、販売数に関係なく一定部数相当(たとえば五〇〇〇部)の印税を翻訳者に支払うものである。これは、売上げが見込めないが出版物として意義のある作品の場合に翻訳者への支払い額を確保するため、あるいは、部数が出なくても他のコストがかからないなど何らかの要因で、トータルで利益が出るときに用いられる。


◆買切の相場はどのくらい?

私が代表を務める翻訳会社で請け負った例を挙げてみると……。G社の『イラスト付き偉人伝シリーズ』は一冊三〇万円。N社の『世界名作ダイジェストシリーズ』は一冊二八万円。B社の『自然写真集シリーズ』は六〇〜一〇〇万円(分量ではなく、出来により査定)。コンピュータ関連書籍では、V社『インターネット入門』、I社『ヴィジュアル・ベイシック』、A社『二一世紀のメディア』などいずれも一枚二五〇〇円(翻訳エージェントへの料金)。雑誌などでは同じ社でも編集部によりまちまちで一五〇〇円〜五〇〇〇円といった幅がある。


◆タダから数千万円まで、「下訳」料は千差万別

翻訳料の中で基準の最も曖昧なのが「下訳」である。

下訳というのは、他人の名前で出る翻訳書の下請け作業を指す。当人の名前は表にクレジットされない。著作権者となる翻訳者によって跡形もなく手を入れられる場合もあれば、そっくりそのまま使われる場合もある。この報酬が、まったくバラバラで基準がない。

最悪は無報酬だ。有名な翻訳者は何人か弟子をもっていて下訳をまかせているようだが、往々にして「これお願い」「はい」の一言で師弟間の発注・受注は成り立ってしまう。「修行なんだから金など要求するな」というわけである。一方、翻訳会社などのエージェントを通して出版社が依頼する場合、あるいは、出版社が直接外注する場合には、さすがに一定の基準がある。

エージェントを通した場合に最もリーズナブルだと考えられるのは、印税総額の二〇%をエージェントが営業として抜いて、残りを上訳者四〇%、下訳者四〇%で折半する方法である。もちろん、この数字は下訳のチェックに手がかからないことが前提だ。私が代表を務める翻訳会社でB社のビジネス・サクセス・ストーリー本の翻訳を受注したときはこのやり方を採った。この本はそのあと版を重ね、下訳者も増刷分の印税を受け取っている。ただし、一般的に下訳者がもらえるのは初刷分の印税だけなので、この点では稀な例といえよう。個人の翻訳者の下でやる場合、本来なら営業費分が上乗せされてもいいようなものだが、かえって安い下訳料しか払われていないことがあるようだ(カレーライス一杯という実話もある)。

出版社が下訳を直接外注する場合は、けっこう条件のいいものがある。M社では訳文の質に応じて一枚八〇〇〜一〇〇〇円の下訳料を支払っている。S社では完全稿(直しがいらない)であることを条件に、一冊一〇〇〜一二〇万円支払う。これだとノンフィクションものの標準的(上訳)翻訳料(一八〇〇円×八パーセント×八〇〇〇部)と少なくとも収入の面では差がない。

高額の下訳料が払われた例としては、五木寛之訳『かもめのジョナサン』が挙げられる。下訳者は当時の某大学教授である。このケースでは、五木氏と下訳者で印税は折半という取り決めがなされた。その代り、編集者がほとんど手を入れる必要がなく、上訳者も安心して自分の文体にリライトできるだけの質の高い下訳が要求されたという。それを見事クリアした結果、下訳者は数千万円の印税を手にしている。

やはり下訳料はケースによって千差万別のようである。ただ、平均的な下訳料というものがないにしても、額を決定する際の基準は必要だ。その基準となるべきが訳文の質なのである。下訳といえども商品なので、質が高ければ編集者、校正者、上訳者による二次加工の手間が省ける分、高い報酬が払われてしかるべきである。反対に訳しなおしたほうが早いような劣悪な訳文に下訳料を払う義務はなかろう。


◆無報酬でも下訳をやる意義とは?

下訳料の話からいささか外れるが、下訳者は(最悪タダもありうる)この仕事に何を期待できるのか、少々考えてみよう。

下訳をするのはほとんどの場合、プロを目指して修行中の翻訳者の卵だ。そういう者にとって下訳をする意義は四つある。第一に下訳をした本は上訳者がチェックする(ことになっている)ので、最終的に出版されたものと自分の訳文を突き合せれば自分の間違いや欠点は一目瞭然である。つまり、無料でプロの添削を受けられる、技術を盗めるということだ。翻訳学校に高い受講料を払うより、はるかに勉強になる。下訳がほとんど修正されずにそのまま出版されて憤る下訳者もいるが、そういう場合は訳文の質の高さが認められたと喜べばいいのである。第二は下訳の経験を通じてプロへの道が開ける可能性があるということ。うまい下訳をプロに提供していれば、何かの機会に出版社や編集者に優秀な人材として紹介してもらえることもある。一種の営業活動だと考えればよい。ただ、これは自分がついている翻訳者(師匠)次第なので下訳をしていれば必ずプロになれるという意味ではない。プロとてライバルを増やして翻訳市場での競争を激化させたいとは決して思わないのだから。上記ふたつが不可能な場合、第三の意義としていくばくかの収入を得られるということが挙げられよう。第四の意義は、訳者あとがきなどで「今回××さんに大変お世話になった」などと感謝の言葉でも書いてもらえれば、ささやかながら実績を残せるということだ。

以上四つのうちひとつも利得として手に入らないのであれば、下訳をやる意味はないし、また、やりたいという人もいないだろう。

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