ロックシンガー 間違いだらけの発声法

訳書『ロックシンガー 間違いだらけの発声法』の内容の一部をご紹介します。


1.シンガーは体が楽器だ

この本を読んだら早速歌ってみてほしい。何かが変わっているはずだ。確かめるのに「ah(あ〜)」で音階を歌ってみよう。リラックスして、気持ちを楽に。歌えば自分の体の動きが伝わってくる。音階が苦手な人は、好きなメロディを口ずさんでもいい。体の中で起きることを感じてほしい。歌うために自分がしていることを意識する。体の力を抜き、唇を開き、緊張を解き放つ。声を高くしていくとどうなるだろうか。体が順応したところでその感覚を心にきざみ込む。


「シンガーは楽器である」

これが本書のメインテーマだ。あなたはトランペット、チェロ、ギター、はたまたキーボードである。体が、肉体すべてが楽器と言える。シンガーは心と体に二重の責任をおっているのだ。楽器奏者なら楽器に対して精神的な“準備”つまり心構えをもつ。奏者と楽器の関係でただひとつ変化する要因は、“プレイヤー”としての能力である。楽器自体はいつでも準備が整っている。どの楽器も演奏する前にさまざまな準備が必要だとは思うが、一度行えば手順は変わらないだろう。ピアノやギターの音色が気に入らなければ、ミュージシャンは他の楽器にかえればよい。ベテラン・プレイヤーになればなるほど、楽器のクオリティにうるさくなる。

ヴォーカリストは生まれながらに“楽器”が与えられている。好みであろうとなかろうと、払い戻しはきかないし、返品もできない。歌声が気に入らなくても、ほかの喉に取り替えるわけにはいかない。与えられたものでやっていくしかないのだ。シンガーは楽器であると同時にプレイヤーである。毎日いかなるときも、楽器と共にある。


ギター(または他の楽器)をいつでも携えていなければならないと仮定してみよう。そのギターで演奏し、そのギターを片手にバスに乗り、そのギターを横にビーチで寝そべる…。どんなときでも、多少はギターのことが気になるだろう。

「このギターをどうやって仕事先に持って行こうか」
雨の日には真っ先にこう思う。水滴が木に与える影響を考え、ギターが濡れないように、おそらくいつもとは違った行動パターンを取るだろう。とは言え、たとえどんなに大切にしても、くだんのギターは2年もすればガタがくる。音は狂い、ネックはたわみ、弦は錆つく。同じテクニックにはこたえてくれない。どんなに才能豊かなミュージシャンでも、楽器がおしゃかではプレーは精彩を欠く。

ギタリストは、シンガーが体をいたわる以上に、ギターを大切にしている。ギターのネックがたわめば、すぐに修理にだす。ところがシンガーは、首が多少曲がっていても、気にはしないだろう。気になってから整体師に6回も通えば、ギターの修理費と同じくらい治療費がかかるというのに。

シンガーは、歌いはじめるまで自分の“楽器”に無頓着なものだ。そして昨日や、去年と歌声が違うのはなぜかと不思議に思う。コンディションを予測できないために、ヴォーカリストには余分なストレスが大きくのしかかる。2週間後にレコーディングを控えているとしよう。どんなことを考えるだろう。


「当日に疲れてないだろうか…」
「ベスト・コンディションで歌えるだろうか…」
「風邪を引いたらどうしよう…」

もちろんこうした事柄は、スタジオにいるすべてのミュージシャンに当てはまる。しかし、楽器にかかわる問題ではない。

いざ歌おうと口を開くたびに、過去数週間のあらゆる出来事がツケになって回ってくる。笑ったか、泣いたか、しゃべりまくったか、小声で話したか。暖房で空気が乾燥した室内から、凍えるような冬の戸外へ、また、うだるような暑さの炎天下から、エアコンで冷え冷えの部屋へと気温の変化を受けなかったか。打ち傷や切傷を作らなかったか、骨折しなかったか。フルーツや野菜をふんだんに食べたか、ピザを食べたか。水やジュースを飲んだか、ビールを飲んだか。こうした事柄すべてが、楽器としての体の健康とコンディションにかかわってくる。もちろんこれだけではないのだ。

寝てもさめても体のケアを心がけるようになると、声にドラマチックな変化が起きるはずだ。歌うたびに、完璧な声が出たらどんなにいいだろうか。ひとたび歌いはじめたら、ダメージを直そうとしても後の祭り。ダメージを作ったのはあなただ。2、3日はその声でしのがなければいけない。1日に2時間歌うシンガーなら、残りの22時間の過ごし方で、声のクオリティや正確さが変ってくる。


抜群に声がよくて、声を磨く努力をしていない友達がいる。それどころかダメージを与えるようなことばかりしている。煙草と酒をやり、ウォーミングアップは決してしない。要するに、誰よりもルール違反をし、そのくせ声はいい。なぜあれほど無頓着でいいのか、それなのにうまく歌えるのはなぜか。こんな疑問に例をあげて答えよう。

身長150センチそこそこの男と2メートルを超す男がいるとしよう。どちらをあなたたのバスケ・チームにスカウトするだろうか。プレー能力を度外視すれば、2メートルのプレイヤーはまるで金の卵だ。たとえ体の動きはギクシャクしていても、バスケをやるなら、2メートルという身長はメリットだ。だらといって、150センチの人間はスポーツをあきらめろというわけではない。他の方法で背の低さをカバーすればよいのだ。


歌声をよくする肉体的な要素がいくつかある。声帯の大きさと厚さ、これに口、鼻腔、咽頭腔(咽頭は咽頭の真上にある喉のチューブ状の部分。95頁『声の不思議』を参照)の大きさと形から、歌声の青写真ができる。これらの要因が申し分なく備わった人がシンガーを志せば、“才能ある”シンガーになるだろう。しかし、すばらしいボーカル楽器を持って生まれても、歌いたいと思わなければ宝の持ち腐れだ。生れつき与えられた楽器がそれなりでも、シンガーを目指すなら、よりよい楽器に改良していくしか手はない。あなたに必要なのは夢だ。

歌声は、楽器としての体の構造だけではなく、その操作によっても形成される。努力次第で報いれるというわけだ。声の操作は、他の楽器の操作に似ている。音は、筋肉と軟骨の連携プレーから生まれ、これは調整がきく要因だ。筋肉の動きを強化・発達させれば、母なる自然から与えられたものを変えることができる。完璧な声を持って生まれたわけではない人にとって、これはただひとつの救いだ。自己流でもいい、誰かについて学んでもいい。喉頭が作り出す音をよくするには、発生に必要な筋肉のトレーニングが欠かせない。咽頭は歌うのに適した大きさをしているわけではないからだ。

才能あるシンガーといえども、咽頭を大切にすればそれなりの見返りはある。2メートルの身長と、スポーツに対するひたむきな態度。このふたつが結びつけば、勝利の女神はほほえむ。

本書では、咽頭の機能についても説明する。その部分を先に読み、肉体的な要因がいかに重要かを認識するのもよいだろう。健康と日常の生活習慣の関係を理解するには、肉体に関する簡単で実用的な知識こそが必要なのだ。あなたは“楽器”なのだということを肝に銘じてほしい。体にとってよいことは、声にとってもよい。

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