環世界的文法観  執筆者:川月現大(編集者)



 ドイツの動物学者ユクスキュルが提唱した「環世界」は生物の世界を対象としたものだが、言語の文法観や人間の世界観の説明にも援用できる。環世界とはどのようなものなのか、簡単に説明すると次のようになる。
 雨が降ったあと、葉っぱの上に直径10数ミリほどの水滴が残っている。人間にとってこの水滴は葉っぱを指ではじけば八方に散ってしまうほどのものだ。だが、餌を求めて草の上のほうまで登ってきたアリには脅威だ。うっかり水滴の内部に取り込まれると、そこから脱出するには相当な労力を要する。ちょうど大波に足をさらわれた人間のようなものだ。
 このように、アリの目から見た世界(=環世界)は人間の目から見た世界(あるいは物理・科学的に見た世界)とはまったく異なる。環世界をひと言で言えば「生物が持つ主観的世界」のことである。詳細についてはユクスキュルの著著『生物から見た世界』(岩波文庫)をご覧頂きたいが、本稿で重要なのは見えている世界が違えば、行動や思考も異なるということだ。もちろん環境は客観的に存在しているにせよ、自分にとって意味のあるものしか見えていない。たとえば「ヒトにとってはさまざまな花が咲いている野原も、蜜が欲しいミツバチにとっては開いている花しか意味をもたない空間としてとらえられている」(「ウムヴェルト」『行動生物学辞典』)。

 ユクスキュルの環世界は動物や昆虫などの生物を対象にしたものとはいえ、「生物が持つ主観的世界」と捉えれば応用範囲が広がる。ここでは能動文と受動文の例を取り上げよう。野矢茂樹と西村義樹による『言語学の教室 哲学者と学ぶ認知言語学』(中公新書)では、能動文と受動文の違いについては次のように説明していた。

  •  西村 生成文法では(…)受動文と~(対応する)能動文を同じ意味と考える。つまり、能動文も受動文も同じ事態を表わしている、だから、同じ意味だ、と。(…)それに対して認知言語学では(…)、なるほど能動文と受動文は多くの場合同じ事態を表わせる、だけれども、同じ事態を表わすからといって同じ意味だとはかぎらない。
     野矢 言語学のことなどまったく知らない人たちに、「ダビデがゴリアテを殺した」と「ゴリアテがダビデに殺された」は同じ意味だと思うか、と尋ねたら、どう答えますかね。「太郎が花子に叱られた」と「花子が太郎を叱った」は同じ意味か、違うか。
     西村 「違う」と答えるんじゃないですか?
     野矢 西村さんはもうだめですよ。認知言語学に汚染されているから(笑)。「同じ」と答える人もけっこう多いんじゃないかな。(…)[認知言語学では、この2つは]どういう違いだと考えるんですか?
     西村 ひとことで言えば、同じ事実に対する「捉え方」が違う。「ダビデがゴリアテを殺した」は、ダビデが何をしたかという観点から事態を捉えています。つまり、ダビデの行為の一種としてその事態を捉えている。それに対して、「ゴリアテがダビデに殺された」の方は、ゴリアテがどうなったかということに主眼をおいて事態を捉えている。

 西村先生の説明では「事態の捉え方」という言い方になっているが、これは「(ヒトを含む)生物が持つ主観的世界」に通じるものだ。なんとなれば、事態の把握とは主観的なものであり、その総体(=積分値)が世界を構成するからだ。

 言語表現において、主体がどのように事態を捉えるかが定まった後に問題となるのが心理的距離だ。心理的距離は主観的世界における“物差し”の役割を果たす。
 主体と対象の距離が物理的に離れている場合、英語であれば指示代名詞の that を使うのが一般的だ。さらに that は心理的距離を表すのにも使える。わかりやすい例を『映画で学ぶ英語学』から引用しよう。

  • Harry Potter and the Prisoner of Azkaban『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』(2004)<00:19:21>のセリフを見てみましょう。ホグワーツ魔法学校へ向かう電車の中で、小汚い恰好で寝ていた Prof. Lupin を見た Ron が“Who do you think that is?”と尋ねる場面があります。ここでの2人の距離は、明らかに手の届きそうな距離にもかかわらず that が使用されています。これは、馴染みのない男を目の当たりにした、Ron の心理的な距離が表れているのです。しかし、日本語には心理的距離の that の用法はないので、「この人誰だと思う?」と訳しています。

 『映画で学ぶ英語学』での説明は言葉足らずだが、ここでは目の前にいる人をそこに存在しないものとして扱うという〈見たくないモノの遠ざけ現象〉が生じている。まるで写真にうつっている人に対して「この人、誰?」と尋ねているかのようだ。
 この日本語の「コ・ソ・ア」と英語の this、that、it の日英対照の問題は非常に興味深いのだが本稿では深追いしない。重要な参考文献として、滝浦真人(2008)『ポライトネス入門』(研究社)を挙げておく。
 このほかに、旧情報と新情報と環世界的文法観についても記述する予定だったが、筆者が使うことのできる時間は尽きた。次回乞うご期待なのである。



【参考文献】
ユクスキュル/クリサート(2005)『生物から見た世界』岩波文庫
上田恵介編(2013)『行動生物学辞典』東京化学同人
野矢茂樹/西村義樹(2013)『言語学の教室 哲学者と学ぶ認知言語学』中公新書
倉田 誠(2011)『映画で学ぶ英語学』くろしお出版

 

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