言葉のつながり 執筆者:田中千鶴香(実務翻訳者)

 「英語のhistoryとstoryは語源が同じ」と聞いたら、あなたはびっくりするだろうか。フランス語やイタリア語をしっかり勉強した人なら、すぐに察しがつくだろう。多くのロマンス諸語には、「歴史」と「物語」の両方の意味を持つ語があるからだ。たとえばフランス語histoire、スペイン語historia、イタリア語storia、ポルトガル語históriaには、「歴史」と「物語」の両方の意味がある。
 上記のすべての語は、ラテン語historiaとギリシャ語ἱστορίαに由来するとされている。つまり、みな先祖が同じ親戚同士のようなものだ。ただし英語の場合は、語頭音(hi-)が消失したstoryと消失しないhistoryの2語が独立した単語として存在し、語義も同じではない(注1)。
 こうした言葉のルーツを知ったのちに、「へぇ~、英語だけはhistoryは『歴史』、storyは『物語』と使い分けるんですね」と思う人がいるとしたら、ちょっと立ち止まって考えてほしい。ふたつの言葉は単に「使い分けられて」いるのだろうか。

historyとstoryの語源
 historyとstoryの語源を、Oxford English Dictionaryと『英語語源小辞典』(研究社)で確認する。
Oxford English Dictionary

history
[ad. L. historia narrative of past events, account, tale, story, a. Gr. ἱστορία a learning or knowing by inquiry, an account of one’s inquiries, narrative, history, f. ἵστωρ, ἵστορ- knowing, learned, wise man, judge :—*ϝίδτωρ, f. ϝιδ-, ἰδ- to know. (The form histoire was from F.) Cf. story, an aphetic form of history.]
story
[a. AF. estorie (OF. estoire, later in semi-learned form histoire):—L. historia: see history. Cf. It. and med.L. storia.]

『英語語源小辞典』

history
a 1393 (Gower). ME hystorie, histoire, L historia, GK historia knowledge gained by inquiry, historical narrative, f. histōr knowing, wise, f. root of eidénai to know (oida I know): cf. IDEA. ME histoireはF histoire (OF estoire)の影響を示す. STORYとdoubletでMEでは両者の間に意味の区別はなかった。OE stœrはON stoirを経由した同じラテン語の借入語
story
?a1250 (Ancerene Riwel). ME storie, AF estoie (cf LL storia)=OF estoire (F historie; cog. It. storia/Sp. historia) < L. historia(m): ⇒HISTORY. 最初は聖書物語や聖徒伝説に関して多く用いられ、またMEではhistoryと区別なく用いられた. OEの用語は同語源のstœr (f. ON stoir, L historiaのほか、spell (cf. Go-spel).

 『英語語源小辞典』ではギリシャ語がアルファベットを用いて綴られているためわかりやすい。またOEDと同じ略号が使われている。略号については下記が参考になる。
http://www.indiana.edu/~letrs/help-services/QuickGuides/oed-abbr.html

 両辞典に書かれたhistoryの語源の解説を読むと、英語のhisotryが、「過去の出来事の語り、記述、寓話、物語」を意味するラテン語historiaと、さらにさかのぼって、「事実の探求により得られる知識、探求、物語、歴史の説明」を意味するギリシャ語ἱστορίαに由来することがわかる。storyも同じくラテン語historiaがルーツだが、借入の経路がhisotryとは異なる。historyがラテン語からダイレクトに取り入れられた語であるのに対し、storyは、いったんノルマンフランス語の影響を受けてから(estorieを経由)、語形を変えて英語に入ってきた語である。
『英語語源小辞典』の解説にdoubletとあるのは、hisotryとstoryのように、同根だが移入経路などが異なるために語形や意味が異なる単語のペアを指す。「二重語(姉妹語)」と呼ばれ、実は珍しくない。英語以外にも多数見られるが、借入語の多い英語には特に多い(注2)。

ヒストリーはストーリー
 ルーツを知れば、historyとstoryがもともとひとつの語であり、それが分化したものであることがよくわかる。『英語語源小辞典』には、中英語期までhistoryとstoryの間に意味の区別はなかったという解説がある。
 たしかに現代英語においても、historyには「時間の経過に伴って発生した過去の出来事」以外の意味がある。natural historyが「博物学」を意味するように、historyが「時間にとらわれない自然現象の体系的記述」という意味で用いられるのはその一例である。
 一橋大学附属図書館の福田名津子氏は「ヒストリーの語源と語義」と題したコラムで、「歴史と物語を明確に区別し、歴史をむしろ編年史として捉える感覚では、ヒストリーの核にある概念を正確に捉えることは難しい」と指摘している。OEDの語義を引用して、「出来事のつながり、物語(真実、寓話を問わず)」がヒストリーなのだと説明している(注3)。
 このように、historyが「物語」でもあることを知ると、「英語ではhistoryが『歴史』、storyが『物語』と使い分けられている」とは簡単に言えなくなるだろう。複数の言葉が持つ意味は、相互に深く関連している場合がある。そのようなときに言葉の意味を一対一対応でとらえようとすると、無理が生じる。

一対一対応の誘惑
 ではなぜ私たちは、言葉を一対一対応でとらえたがるのだろうか。もちろん、一対一対応だとわかりやすいし、記憶しやすいことを挙げられるが、英語学者の東信行氏は「語義の比較」(1981)で別の指摘をしている(注4)。
 東氏によれば、人間は言葉より先に実存の世界を認知し、そののちに「そこに何らかの名前(単語)が割りふられているはずだ」と感じるのだという。見たことのない花があれば「名前は何というのだろう」と思い、単語があればそれが指し示す物が存在するはずだと考える。つまり、語は言葉に先立つ事物やその在り方を示すレッテルにすぎない。
 そしてこの言語観を、母語だけでなく外国語に接するときにも持ち込み、外国語を学ぶということは、多くの既知の事物に新しい名前を付けることだと見なす。さらに、母語と外国語の言葉の相違点として、外形(音、文字、文法構造)には大いに目を向けるが、それによって伝えられる意味内容は同じはずだと勝手に想定する。たとえば「『犬』は『dog』である」というように、一対一に単純に対応させることができると思い込むのだという。
 それほどにも母語の世界認識に対する拘束力は強いというのが東氏の指摘だが、そうだとすれば、学習者が母語と外国語の間で単語の一対一対応を好む傾向があるのは当然だろう。私たちは「使い分け」という言葉に敏感に反応することがある。特に外国語に接する際にそうなることが多い気がして、学校英語の弊害だろうかと危惧していたが、そうとは言い切れないのかもしれない。

 名前といえば、『万葉集』の時代に、女性が名前を尋ねられて自分の名を言えば、求婚を承諾したことになったという(注5)。また映画『The Second Best Exotic Marigold Hotel』で、インド人の女性がアメリカからやってきた男性に名前を聞かれても、姓だけを名乗ってファーストネームをけっして教えない場面があった。名前を知るということはその名を持った人間を自分の支配下におけること、という考え方があるようだ。

 私たちは言語に接するとき、「名前」(単語、訳語)を知っただけでいい気分になって、安心することがある。「hisotryは歴史、storyは物語」と並べて記憶すれば、それぞれの言葉を自分のものにしたかのように錯覚する。だが表面に見えている皮を一枚めくると、言葉の下には時代を経て幾重にも重なる意味の層がある。その層に入り込むと、奥深さに途方に暮れることがある。言葉は一筋縄でいく相手ではない。女性と同じだろうか。

 

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注1:音声学用語では「語頭音消失」という。フランス語esprit→英語spirit、日本語の「いだく」→「だく」などの変化を指す。
注2:英語の二重語を解説したウェブページや論文は多い。下記はその一部。
http://www.edu.dhc.co.jp/fun_study/howto/pdf/essay005.pdf
http://libir.mukogawa-u.ac.jp/dspace/bitstream/10471/334/1/KJ00004532172.pdf
注3:一橋大学附属図書館企画展示「阿部謹也と歴史学の革新」展示パネル「ヒストリーの語源と語義」(執筆:福田名津子氏)
http://www.lib.hit-u.ac.jp/service/tenji/abe/historia.pdf
注4:東信行「語義の比較」、『日英語比較講座 3 意味と語彙』國廣哲彌編、國廣哲彌、東信行ほか著、大修館書店、1981年(本稿で述べたのは、東氏の論文導入部のごく一部である)
注5:山口仲美『日本語の歴史』岩波新書、2006年

 

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