意味がいっぱい(その4) 執筆者:田中千鶴香(実務翻訳者)

 「いっそ一年間書き続けたら」「ありがとう、励ましてくれてるの?」「……」
 「結論を考えたうえで書いているんだよね」「はあ、たぶん」「……」
 passionについてしつこく書き続けているので、そんな風に声をかけていただくようになった。ご心配をかけて面目ない。
 前回はヨーロッパ各国を旅行しながら、「あの偉大なチョーサー先生だって、passionの翻訳に苦労したのかもしれない」というところで話を終えた。今回はギリシャへ行こう。

英語、ラテン語、ギリシャ語の歴史的関係

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 英単語の語源の解説を読むと、ラテン語の単語のほかに、ギリシャ語の単語が書かれていることがある。英語は、ドイツ語や北欧語と同系のインドヨーロッパ語族のゲルマン語派に属す。だから、ゲルマン系の単語を起源とする語が大半を占めていてもよさそうだが、実際はそうではない。
 英語彙の50%はラテン系の語であると言われている。これに対して本来の英語は約25%、ギリシャ系の語が10%、北欧系の語が約5%となっている(注1)。
 ラテン系の語の比率が高いのは、前回触れたように、1066年のノルマン人による英国征服以降、フランス語を話す貴族階級が英国に移り住み、多くの借入語が英語に流れ込んだためである。フランス語はラテン語から発達した言語であり、さらに、ラテン語から直接取り入れた語もあったため、英語にはラテン語を起源とする言葉が非常に多い。

 さらにラテン語からの借入語のうち、相当数がギリシャ語にさかのぼる。紀元前1世紀から400年以上に及ぶローマ帝国大繁栄の時代に、ローマ人の知性と教養を支えたのはギリシャ人だった。古代ローマ人はラテン語を母国語とする。塩野七生氏は『ローマ人の物語』で、少年カエサルを含む良家の子どもたちが当時の国際語だったギリシャ語をマスターし、裕福な家ではギリシャ人教師を雇って子どもの教育にあたらせ、子どもが青年期になるとアテネやロードス島に留学させていたと書いている(注2)。
 よって相当数のギリシャ語が、ラテン語(あるいはフランス語)を介して間接的あるいは直接的に、英語に入り込んだ。特に学術語はギリシャ語起源のものが多い。

Passionのルーツはギリシャ語?

 さてpassionに話を戻そう。以下の辞書におけるpassionの語源解説のうち、ギリシャ語に言及している箇所を並べる。※赤色下線は筆者

1. Oxford English Dictionary(最上位分類)
I The suffering of pain.
II The fact of being acted upon, the being passive. [Late L. passio, used to render Gr. πθος.]
III An affection of the mind. [L. passio = Gr. πθος.]
2. George William Lemon. English etymology; or, A derivative dictionary of the English language(注3)
PASSION;πάσχω, patior, pssus, pasio; whatever suffers or endures.
3. Skeat, Walter William. An etymological dictionary of the English language(注4)
PASSION, suffering, strong agitation of mind, rage. (F.,- L/) In early use, M.F,. passion; spelt passiun, O. Eng. Homilies, ed. Morris, i.119, 1.6 from bottom, -F. passion, ‘passion, perturbation;’ Cot. – Lat. passionem, acc. of passio, suffering, &c.-Lat. passus, pp. of pati, to suffer. Root uncertain; but clearly related to Gk. πθος, to suffer; see Patient, Pathos.
4. 『新英和大辞典 第6版』研究社
≪c11175≫ (O)F~LL passiō(n-) suffering, affection (≪なぞり≫ ← Gk páthos)←passus (p.p.) ← patī to suffer: ⇒patient, -tion
5. 『英語語源辞典』研究社
ME passioun ← (O)F passion ←LL passiō(n-) suffering, affection (≪なぞり≫ ← Gk páthos: ⇒PATHOS) ← L passus (p.p.) ← patī to suffer: (⇒patient): -SION
6.『スタンダード英語語源辞典』大修館書店
[古フランス語passion ← 教会ラテン語passiō, -ōnis「苦悩、キリストの受難、激情」、ラテン語passus(patī「苦しむ、耐える」の過去分詞)← 印欧語pei-「傷つける」(FPASSIVE, PATIENCE). ギリシャ語páthos「情感」とは別語根(FPATHETIC)]
7.『英語語義語源辞典』三省堂
ラテン語patī(=to suffer)の過去分詞passusから派生した後期ラテン語passio(=suffering; 特にキリストの苦しみ)が古フランス語を経て中英語に入った。当初はキリストの受難を意味していたが、14世紀にはギリシャ語pathos(=feeling, emotion)の意味の影響を受けて情熱の意味が入ってきた

上記からわかることを以下にまとめる。

  • OED、Skeat, Walter William、研究社2冊が、ギリシャ語πάθοςを起源に挙げている。
  • George William Lemonは、別のギリシャ語πάσχωとの関係性を示唆している。
  • 『英語語義語源辞典』はギリシャ語との直接的な関係を否定し、『スタンダード英語語源辞典』は「別語根」と言い切っている。
  • Wedgwood, Hensleigh. A dictionary of English etymology(注5)を含む他の英語語源辞典には、ギリシャ語起源への言及がない。

 見事に意見が割れている。そもそも語源なんていうものには諸説紛紛あっても不思議ではない。しかしpassionがラテン語起源であることは間違いなく世界共通の認識であるのに、そこからもう一歩、ギリシャ語へとさかのぼろうとすると道が分かれてしまう。こんなときはどうしたらよいだろうか。

ラテン語patīのルーツ

 ラテン語の動詞patī(patior)は、多くの辞典で英語passionのルーツと見なされている。この語の本源をさぐってみよう。そこにギリシャ語とのつながりが見つかれば、ローマからアテネへ道が見えるはずだ。
 Internet Archive(注6)でラテン語の語源辞典を引く。英語、フランス語、ドイツ語で書かれたラテン語語源辞典がそろっている(注7)。以下にギリシャ語起源に言及した箇所の一部を引用する。

An Etymological Dictionary of the Latin Language(英語)※括弧内は筆者
Pătior, I suffer, endure, put up with. Fr. (=From) παθέω, as puteo from πυθέω. Perhaps immediately from a verb παθίζω, παθίζομαι, Æol. (=Æolic dialect), fut. (=future) παθίοũμαι.
Dictionnaire étymologique du latin(フランス語)
patior, pateris, passsus sum, pati, souffrir. Rad. pat et pass var. de πάσχ dans πάσχω <<souffrir>>. et de παθ dans παθον.(中略)Il est possible que patior soit de même origine que πάσχω, παθον. Mais les lettres formatives ne se correpondent point
Lateinisches-etymologisches-woerterbuch(ドイツ語)
patior, (中略)Verknupfung von patior mit gr. πημ "Leid, Verderben", ăπημων "unbeschadigt, unschadlich"(後略)

 どの辞典にも、古典ギリシャ語の単語が挙げられており、ドイツ語とフランス語の辞典では、ラテン語とギリシャ語の間の語形および意味上の関連性が説明されている。
 ルーツに複数の候補があるとしても、passionの祖先であるラテン語patī(patior)はギリシャ語起源だ結論付けてよさそうだ。
 やはりローマとアテネはつながっていた。本記事の冒頭にも書いたように、古代ローマと古代ギリシャの関係は密接であったし、ラテン語にはギリシャ語からの借用語が多い。当然の結論である。

πάθοςとπάσχω

 ただし、passionのギリシャ語祖先がどの語であるのかはわかっていないようだ。だから語源辞典によって意見が割れたり、言及がなかったりするのだろう。

 だからといって、せっかくギリシャまで来たのに手土産なしで帰るわけにはいかない。
 passionのルーツと思われる語の本質的な意味を調べてみたい。中性名詞πάθοςと動詞πάσχωの2語を調べることにする。この2語を選んだ理由を以下に並べる。

  • どちらのギリシャ語の基本語で、複数の辞書で意味を確認できる。
  • 多くの辞典が、英語passsionのルーツとしてπάθος(英語風に綴るとpathos)を挙げている。passsionのルーツ候補の一番手と言える。ちなみにpathosは哲学用語のパトスであり、哀愁や悲哀を意味する日本語「ペーソス」のもとになった語だ。
  • LemonとDictionnaire étymologique du latinが、英語passsionのルーツがπάσχωである可能性を示唆している。passsionのルーツ候補の二番手と言える。
  • 中性名詞πάθος(pathos)は動詞πάσχω(pascho)から派生した語であり、相互に関連した意味を持っている。
  • 語頭のπάθ-とπάσ-のそれぞれが、ラテン語のpat-(patior)とpass-(passum)、英語のpat(h)-とpass-に対応する。pat(h)-を語頭に持つ英単語にpathos、pathetic、patientがあり、pass-を語頭に持つ英単語にpassion、passiveがある。これらの英単語の語源も相互に関連していると思われる。

以下にπάθοςとπάσχωの語義を並べる(※網掛けは筆者)。

πάθος(pathos)品詞:中性名詞

Strong’s Greek Lexicon(注8)
properly suffering(«pathos»), that is, (subjectively) a passion (especially concupiscence): – (inordinate) affection, lust.
Thayer’s Greek Lexicon(注9)
1. whatever befalls one, whether it be sad or joyous
1. spec. a calamity, mishap, evil, affliction
2. a feeling which the mind suffers
1. an affliction of the mind, emotion, passion
2. passionate deed
3. used by the Greeks in either a good or bad sense
4. in the NT in a bad sense, depraved passion, vile passions
Liddell and Scott’s Greek-English Lexicon(注10)
1.anything that befalls one, a suffering, misfortune, calamity.
2. a passive condition; a passion, affection.
3. an incidnet
『ギリシャ語辞典』(注11)
1. 身の上に降りかかってくること、(特に)不幸な事件、不運、被害
2. 働きかけられること、外部から受けた作用感覚感情
3. 働きを受けた結果の状態、(特に)病的な状態

πάσχω(pascho)品詞:動詞

Strong’s Greek Lexicon
to experience a sensation or impression (usually painful): – feel, passion, suffer, vex..
Thayer’s Greek Lexicon
1. to be affected or have been affected, to feel, have a sensible experience, to undergo
1. in a good sense, to be well off, in good case
2. in a bad sense, to suffer sadly, be in a bad plight
1. of a sick person
Liddell and Scott’s Greek-English Lexicon
1. have something done to one, suffer.
2. to have something happen to one, to be or come to be in a state or case.
3. to be in evil plight, unlucky
『ギリシャ語辞典』
1. 人から何らかの行為を受ける
2. (感情などを)覚える
3. 苦労する、辛酸をなめる、危害を受ける

上記からわかることを以下にまとめる。

  • πάθοςとπάσχωの基本的な意味は、「外部から何かが降りかかってくる」「作用を受ける」である。
  • 「降りかかるもの」はネガティブなもの(痛み、不幸)が多いが、すべてがそうとはかぎらない。動詞のπάσχωには「良い意味の何かが降りかかる」という意味もある。
  • 名詞πάθοςは「降りかかってきた結果の状態」も意味する。これには、人間の精神が作用を受けて生じた「感情」「激情」、事象としての「災難」「不幸」が含まれる。
  • 解説の文中に英語「suffer」が使われている。

 つまり、自分が望むと望まないとにかかわらず、身の上に外から何かが降りかかってきて、大きな作用を受けることが、πάσχωとπάθοςの意味のようだ。英語のsufferと同じである。
 ただし、受動的に作用を受けるという意味があるだけで、仮に自分がπάσχωしてπάθοςの状態になっても、そのこと自体には否定的な要素も肯定的な要素もないと思われる。つまり、もともとの言葉の意味に価値判断が含まれないようだ。だからこそ、後のキリスト教がこれらの語とキリストの受難を結びつけたのではないかと想像する。
 ではなぜ「苦痛」や「病気」などのネガティブな事象と共起することが多いのか。
 生きていれば、良いことも悪いことも降りかかる。良いことであれば「自分の力で掴み取った」と言い、悪いことであれば「天から降ってきた。自分が招いたんじゃない」と人は言いたがる。πάσχωとπάθοςの場合も、そんな人間心理のせいで、ネガティブな事象との組み合わせが多くなったのではないかと想像する。同じことが英語のsufferにも言えるのではないだろうか。

 作用を受ければ、激しい感情の変化や情動がもたらされる。πάσχωとπάθοςはそのような感情の動きも意味する。これが英語passionが「情熱」という意味を持つようになった遠因だと思われる。
 哲学に関しては門外漢だから多くを述べてはならないが、古代ギリシャ人が神話の世界と決別して哲学を生み出したのは、筋道だった考え方で物事を理性的に追求し始めたからだという。理性を働かせることは、感情や欲望を客観視することにもつながる。感情を分類し研究することは、洋の東西を問わず、古来から盛んに行われてきた。
 passionのルーツになった言葉は、降りかかったものを受け入れて生じた感情を客観的に観察し、その状態を言葉で表現したものではなかったかと想像する。その状態には往々にして苦しみが含まれる。
 そう考えると、「受難」も「情熱」も降りかかったものを受け入れた結果という点において同じである。両者の関係は、表裏一体というよりも、むしろ同一視できるもの(同一化)に近いように思われる。

意味は受け継がれる

 πάσχωとπάθοςの持つこのような意味が遺伝子のように受け継がれて、passionという語の中に生きているのではないかと思う。英語史の観点で言えば、11世紀ごろまで「受難」や「苦しみ」の意味しか持たなかったpassionが、14世紀になって突然その意味を拡張して、「情熱」の意味でも使われるようになったとは考えにくい。古代ギリシャへの回帰を謳ったルネサンスの詩人や作家たちが、奥に隠れていた言葉の意味を表舞台に登場させたと考えるほうが自然ではないだろうか。

 日本語で「苦しみ」と「情熱」と言えば、両者の隔たりは大きい。正反対の言葉のようにさえ見える。「英語は多義です。2つのまったく違う意味があるので、覚えましょうね」と学校の先生から言われれば、納得したりする。
 これが複数の言語間、特に起源を異にする言語間を行き来する際の大きな落とし穴ではないかと思う。まあ、受験のために一時的に記憶量を増やさなければならないときは、それでもよいと思う。だが言葉の持つさまざまな意味は、ドレッシングの瓶の中で混じり合わないビネガーと油のようなものではない。それを分離したまま固定するのは危うい。時空を越えて生き続けてきたものを枠に入れて固めないほうがよい。

 このあたりでpassionのルーツをさぐる旅を終えたいと思う。実は、passionの語源や語義を研究した立派な先例がいくつかある(注12)。どれもドイツ語で書かれ、翻訳されていないのが残念だ。
 passionというひとつの言葉がいろいろな場所や時代へわたしを連れていってくれた。思いがけない長旅となった。おつきあいいただいたことにお礼申し上げる。
imigaippai


注1:中島文雄『英語発達史』岩波全書。上記の数値は概数であり、辞書に収められた語彙に関する割合である。日常的に頻用される基本語だけを見ると、本来語の割合が増える。
英語における借用語の割合については堀田隆一氏(慶應義塾大学)のブログが詳しい。

  • 「#201. 現代英語の借用語の起源と割合 (2)」[2009-11-14-1]
  • 「#309. 現代英語の基本語彙100語の起源と割合」[2010-03-02-1]
  • 「#202. 現代英語の基本語彙600語の起源と割合」[2009-11-15-1]
  • 「#429. 現代英語の最頻語彙10000語の起源と割合」[2010-06-30-1]

注2:塩野七生『ローマ人の物語』新潮社。冒頭の有名な文章は以下のとおり。
知力では、ギリシャ人に劣り、
体力では、ケルト(ガリア)やゲルマンの人々に劣り、
技術力では、エトルリア人に劣り、
経済力では、カルタゴ人に劣るのが、
自分たちローマ人であると、少なくない史料が示すように、ローマ人自らが認めていた。
注3:Lemon, George William. English etymology; or, A derivative dictionary of the English language, 1783, London.
注4:Skeat, Walter William. An etymological dictionary of the English language, 1879, Oxford University Press. 比較言語学的考察を中心とした最初の学術的語源辞典。
注5:Wedgwood, Hensleigh. A dictionary of English etymology, 1872, London.
注6:Internet Archive(https://archive.org/index.php
インターネット上およびマルチメディア資料のアーカイブを運営する非営利法人。デジタル形式で保存された歴史資料、パブリックドメインの書籍、動画、音源、ゲームなどを閲覧できるオープンな電子図書館を運営。Wayback Machineという過去のウェブサイトを閲覧できるサービスも提供。
注7:Valpy, Francis Edward Jackson. An Etymological Dictionary of the Latin Language,1797-1882(英語)
Regnaud, Paul. Dictionnaire étymologique du latin et du grec dans ses rapports avec le latin d’après la méthode évolutionniste, linguistique indo-européenne appliquée, 1908(フランス語)
Walde. Lateinisches-etymologisches-woerterbuch, 1910(ドイツ語)
注8:James Strong博士(1822–1894)が作成したStrong’s "Exhaustive Concordance of the Bible"。ヘブライ語とギリシャ語の原語に番号(Strong’s number)が振られている。
注9:Thayer’s Greek-English Lexicon of the New Testament: Coded with Strong’s Concordance Numbers, Hendrickson Publishers; Rei Sub edition, 1995
注10:Liddell and Scott’s Greek-English Lexicon, Oxford at the Clarendon Press
※注8~10は以下などのサイトで検索できる。
http://www.studylight.org/http://www.blueletterbible.org/
注11:『ギリシャ語辞典』(大学書林)1989
注12:Auerbach, Erich. ”Passio als Leidenschaf”, Ed. James I. Porter. Time, History, and Literature:Selected Essays of Erich Auerbach, Princeton University Press 2013
Lerch, Eugen. "Passion" und "Gefühl" (1938), Archivum romanicum vol. 22, 1938

 

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