「鑑みる」は自動詞か他動詞か?:動詞の自他判定 執筆者:川月現大(編集者)


 皆さんのお手元の国語辞典で「鑑みる」を引いてみてほしい。「鑑みる」は自動詞と他動詞のどちらに区分されているだろうか。もしかすると、ただ「動詞」(=区別なし)とだけしか書かれていないかもしれない。たとえば『集英社国語辞典 第3版』では以下のようになっていた(下線太字は筆者)。

かんが-みる【鑑みる】〔他上一〕《文章》先例・手本に照らして考える。「過去の失敗鑑みて」「時局鑑みるに」

 なるほど、集英社国語辞典では「鑑みる」は他動詞と判定している。そのほかの辞典を調べてみたところ、以下のような結果になった。

  • 【鑑みる】
  • 自動詞:『三省堂国語辞典 第七版』
  • 他動詞:『広辞苑 第六版』『岩波国語辞典 第六版』『明鏡国語辞典 第二版』『小学館 日本語新辞典』『学研 現代新国語辞典 改訂第四版』『旺文社国語辞典 第十版』『新明解国語辞典 第五版』
  • 自他動詞(自動詞+他動詞):『岩波国語辞典 第七版』『新明解国語辞典 第七版』
  • 動詞(区別なし):『新装改訂 新潮国語辞典─現代語・古語─』、小学館『デジタル大辞泉』『例解学習国語辞典 第九版』、三省堂『スーパー大辞林 3.0』

 最後の動詞の自他を区別しない辞書を除けば、「鑑みる」の自動詞・他動詞判定は次の3種類に分けられる。

 1. 自動詞
 2. 他動詞
 3. 自他動詞(自動詞+他動詞両用)

 このバラバラぶりはどういうことなのだろうか。そもそも動詞の自他の判定はどのように行われているのかを見ていく。一般によく行われている判定テストとして以下の2つがある。

  • 1. ヲ格名詞を取ったら他動詞。たとえば「パン食べる」
  • 2. 直接受け身文を作ることができれば他動詞。たとえば「犬が人かむ→人が犬にかまれる

 最初の判定テストは、すぐに失敗することがわかる。たとえば、「家出る」「道歩く」などだ。「出る」も「歩く」も自動詞だがヲ格を取る。
 2番目の判定テストもすぐに失敗する。たとえば、「私は右手を骨折した」は他動詞を使っているのに受け身を作れない。

 順番が前後したが、そもそも自動詞と他動詞の定義はどのようなものかと言うと、動詞の意味する動作・作用が、動作主の内にとどまるものが自動詞である。一方、動詞の意味する動作・作用が他の対象に及ぶものが他動詞である。ここで気をつけたいのは、日本語では形態的に自動詞と他動詞を定義できない点だ。英語ならば、目的語を取る動詞が他動詞で、目的語を必要としない動詞が自動詞となる。統語と格関係が一致している。つまり、SVO(主語→動詞→目的語)といった語順と「主格 動詞 対格(目的格)」という格関係がきれいに対応している。このため英語では「どれが目的語?」というような問題は起きない。

 かつて山田孝雄(やまだ よしお)は『日本文法學概論』(1936年)で「動詞の自他の研究は必要ない」という内容のことを述べた(同書244ページ)。山田とまったく同じ説明を佐藤宣男は『国語学研究事典』(明治書院、1977年)の「動詞」の項に書いている。

  • 動詞は、意味・用法の上から二分して、自動詞・他動詞とすることがある。(中略)さらに西欧の文典の影響は、動詞に自・他の別をたてることを一層盛んにしたが、個々の事例はさておき、これをもって国語の動詞を体系化することは文法学上無意味である。(同書134ページ)

 ひとつだけ補足しておくと、自他の対応がある動詞では自動詞・他動詞の区別は役に立つ。たとえば「ビルが建つ」(自動詞)と「ビルを建てる」(他動詞)のように同じ意味内容で自他の区別があるものについては区別する名前が必要であろう。
 結局のところ、日本語で自動詞と他動詞を判定するには「対象があるか否か」、そして「動作主が対象に対して動作・作用を働きかけているか」が問題となる。このあたりは文法学界隈で「他動性」というキーワードで盛んに語られているのでここでは述べない。

 当初の話題「鑑みる」に戻ろう。これまでの話を踏まえると、『三省堂国語辞典』が「鑑みる」を自動詞判定しているのは、「鑑みる」はヲ格を取らないと判断しているためと思われる。用例も「時局鑑みる」「教訓鑑みる」とニ格だけを挙げている。このような判定方法は「ヲ格必須説」に則っていると考えられる。
 他動詞と判定している辞典の用例を見てみよう。すると興味深いことがわかる。たとえば『明鏡国語辞典』では、「過去の事例鑑みる」「国際情勢鑑みるに楽観は許されない」というようにニ格とヲ格を取るとしている。これは冒頭の『集英社国語辞典』と同じだ。これは、〈対象〉を表すニ格名詞句は目的語相当という判断をしたということだ。「対象格必須説」とでも言えるだろう。
 最後の自他動詞(自動詞+他動詞)判定をしているのは、『岩波国語辞典 第七版』『新明解国語辞典 第七版』。以前の版では「他動詞」判定だったのに宗旨替えである。どちらも用例の差し替えはしておらず、岩波君が「先例鑑みて」「時局鑑みるに」、新解さんが「時局鑑みて」だ。あくまでニ格は自動詞、ヲ格は他動詞と徹底しているのは買うが、ちょっとうなってしまう判定のような気がする。

 このほかにも、相互動詞と呼ばれる動詞群の扱いが問題だ。相互動詞とは、互いに動作を働きかける動詞で、「結婚する」「けんかする」「寝る」などがある(仁田義雄『語彙論的統語論の観点から』ひつじ書房:第5章「対称動詞と半対称動詞と非対称動詞」、『日本語基本動詞用法辞典』大修館書店:「寝る」398)。2つ例文を挙げておく。

(1)太郎が花子結婚した。
(2)彼女は恋人寝た。

 (1)も(2)も〈対象〉が必須なのだから、どちらも他動詞なのではないか? 〈対象〉を表す助詞(ヲ、ニ、ガ、トなど)を必須とする文型はすべて他動詞用法と考えたほうがよい。自動詞・他動詞という区分に意味がないとは言わないが、動詞そのものにラベルを貼る行為自体にはそれほどの意味はない。嗚呼ここにきて山田孝雄が降臨とは、恐るべき事態と言えよう。

 

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