初めに②:主宰者 柴田耕太郎

『英文解釈教室・改訂版』の著者伊藤和夫について簡単に紹介しておきましょう。

伊藤和夫は戦時中のため試験がなく、推薦で旧制第一高等学校に入った秀才。
当時は旧制帝国大学の学生数のほうが高等学校の定員より多く、文学部などはだいたい無試験で入れました。
だから東京帝大卒というよりどの高等学校出かが意味をもっていたのです。

鹿児島の第七高等学校のトップ入学者より第一高等学校のビリ入学者のほうが点数は上だったこともあるほど、「一高がすべて」だったのです。
東大の西洋哲学科から優秀な成績で大学院に進みましたが、肺の病を得て療養、戻ってみるともう自分の席はなかったとのこと。横浜の予備校に奉職し、受験生に英語を教えていました。

この時代に『英文解釈教室』の原型となる初の著書を出しました。
その後、東大の先輩である東洋大学教授の奥井潔の紹介で駿台予備校へ移籍(当時の駿台予備校の英語主任は鈴木長十。私は幸運にもこの三人の先生に習い、英語の奥深さを知りました)。

1977年に『英文解釈教室』の初版を上梓。これには主任鈴木長十の序文がついています。
鈴木が引退するとその後を継いで英語科主任になりました。
受験英語界にその人ありと知られましたが、病を得て引退、1997年に死去。死の直前まで同書の校正に勤しんでいました。書いた著書300冊、その印税等10億円が世話になった聖路加病院に寄付されました。

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