ジュリエット・W・カーペンター「文学翻訳にまつわる難問」 執筆者:川月現大(編集者)


 2015年5月某日、安部公房や司馬遼太郎、俵万智らの小説・短歌、水村美苗の『本格小説』『日本語が亡びる時』を翻訳し、高い評価を得ているジュリエット・カーペンターさんのセミナーを聞きに行ってきました(女史の略歴についてはページ末尾参照)。場所は麻布十番の国際文化会館。建物は地方都市の高級ホテルのようで、庭園も素晴らしいとか。鑑賞せずに帰ってしまい残念なことをしました。あと、水村美苗さんも会場にいらしていて、セミナー修了後、ファンの人に囲まれておりました。

 セミナーの題目は「文学翻訳にまつわる難問」というもので、配布資料には12個の難問が掲載されていました(ただ講演時間が短かったこともあり、最後まで行き着きませんでした)。ここではかつてノーベル文学賞に最も近い日本人作家と言われていた安部公房の作品『密室』に関わる難題を2つご紹介しましょう。

難問1 どうしようもない言語の違い:代名詞

  • 状況説明:妻が救急車で誘拐され、行方を捜そうとしたときに出された条件が「自分の活動を記録して報告せよ」というものだった。報告する相手は、通称「馬」と呼ばれる男だった。次の例文はその報告書について述べた箇所。

日本語原文(安部公房『密会』新潮文庫、13ページ):
なるべく固有名詞は避け、ぼく自身についても、原則的に三人称を使用すること。つまり、ぼくのことを「彼」と書き、彼のことは「馬」と呼べ、というようなことらしい。
英訳
He wants me to avoid personal pronouns as far as possible, and to write in the third person. In other words, I’m supposed to refer to myself as “the man” and to him as “the horse.”

 固有名詞を避け、自分について語るときにも代名詞を避ける、つまり「I、my、me、mine」を避けるように要求をされても英語ではそれは不可能。原文では「原則的に」と書いてあり、「絶対に」ではない点には救われた、とカーペンターさん。

 言語によって扱いが異なる人称や文法用語はそのまま翻訳するのは難しいものです。現代日本語では三人称は普通に使われていますが、昔から使われていたわけではありません。よく知られている話ではありますが、広く使われるようになるのは明治期の言文一致運動以降になります。
 翻訳に関わる人称について考えるとき、参考になるのが野口武彦の『三人称の発見まで』(筑摩書房)です。同書の特徴的な書き出しは「江戸時代は、三人称を知らなかった」というもので、第六章の頭は「明治の日本語は、初めて三人称を知った」となっています。第七章が「明治の日本語は、三人称の形態表示を知った」です。この最終章では明治時代の「三人称の発見」が文末の「た」化を促進し、以後普及していった状況を活写しています。そして、この「た」は時制の意味をほとんど持たず、客観的記述を行う三人称と一緒に使われるようになったのだと結論づけています。
 結論に至るまでには、二葉亭四迷の「た」止め頻用を揶揄する斎藤緑雨が登場したり、明治から昭和までの言語空間を “実際に” 見てきた谷崎潤一郎の違和感を「現代口語文の欠点」に見たり、トリビア的な要素があり楽しめます。最後のほうでは、夏目漱石の『文学論』(特に「間隔論」)などに言及しつつ、スリリングな論考が展開されています。同書は残念ながら在庫切れのようですが、図書館などでご覧頂ければと思います。

難問2 自分の思い込み
日本語原文(安部公房『密会』新潮文庫、16ページ。「思出して」は原文ママ):
へア・トニックとクレゾールを混ぜ合わせたような臭いをひるがえし、担架がきしんで、アパートの階段を降りて行く。妻がパンツをはいていたことを思出して、ほっとした
英訳
Emitting an odor like a mixture of hair tonic and cresol, the stretcher creaked its way down the building stairs. He remembered in relief that his wife was wearing panties.

 難問の2つ目は「自分の思い込み」。これは自分が思い込んでいるのだから、自分で気づくのは難しい。自分で疑うこともないから、人に聞くこともしない。上記英文の太字のところがまさに「自分の思い込み」で、間違えたまま刊行されるところであったとカーペンターさんは大いに反省したそうです。
 最初にカーペンターさんが日本語原文を読んだときは、「ああ、これは奥さんが “自分が” パンティをはいていることを思い出して安心した」のだな、と思ったそうです(なぜなら、自分だったらそう考えるから。そんな状況に陥ったりしたらものすごく恥ずかしいと)。
 ですが、ここはたまたま人に読んでもらう機会があり、「ここは違うんじゃないの」と指摘されたのだとか。読み直してみると、たしかにここは旦那さんが思った箇所だと納得し、修正したということでした。「自分で気づかないことの恐ろしさ、それが印象に残りました」とカーペンターさん。「だから、翻訳は別の誰かに読んでもらうことが大切。自分だけでは見落としがある」このような教訓を得たそうです。

 もう少し詳しく見ていきましょう。ここで問題になっている「妻がパンツをはいていたことを思出して、ほっとした」という文の意味は、次の2つが考えられます。

(a)「パンツをはいていることを妻が思い出す」ケース
(b)「妻がパンツをはいていることを旦那さんが思い出す」ケース

 日本語原文では「誰が」思い出すのか明示的には書かれていません。しかし、難問2の文章は「報告書」内での記述なので、階段を下りていったり、思い出したり、ほっとしたりするのは報告書を記述している主人公(旦那さん)なのですから、文脈から(b)が正解なのはわかります。もし(a)のケースであれば、次の例文(1)のように助詞を「は」にしたほうが自然です。

(1)妻パンツをはいていたことを思出して、ほっとした
(2)妻パンツをはいていたことを思出して、ほっとした。

  • 【文法解説】文法的には、(1)の「は」は提題(主題の提示)を表しています。(2)の「が」は、動詞「はく」の主格を示しています。別の言い方をすると、従属節内の語「妻」と「はく」は格関係にあるということです。

 このほかにも、文芸作品の翻訳ならではの苦労話は興味深いものがありました。たとえば以下のようなものです。

  • 登場人物の名前:「登枝」という登場人物は「Toe」となるが、これでは足の短い人か何かのようでおかしい。発音記号をつけたり、名前を変える(!)などの工夫が必要。
  • 馴染みのない地名:「Karuizawa」と書いても、一般の外国人にはどんな土地なのか想像もつかない。どういう土地柄なのか「文化的背景」について(著者と相談のうえ)20数行ほど追加したりする。

 カーペンターさんはお話が上手でその内容の密度が濃く、あっという間の1時間でした。水村美苗さんとのコラボレーションの話はもっと聴きたかったところです。またの機会を楽しみにしたいと思います。



演題:文学翻訳にまつわる難問
   Secret Rendezvous(1979)から A True Novel(2013)まで
講師:ジュリエット・W・カーペンター(Juliet Winters Carpenter)
アメリカ・カナダ大学連合 日本研究センター・レクチャー・シリーズ
日時:2015年5月13日
会場:国際文化会館 岩崎小彌太記念ホール International House of Japan, Tokyo
http://www.i-house.or.jp/programs/publicprogram20150513/
講師略歴: 1960年父と共に初来日。高校から日本語学習を始め、ミシガン大学ではE.G.サイデンスティッカー教授の指導を受け、日本語・日本文学研究の修士号取得。1969-70年にアメリカ・カナダ大学連合日本研究センターで学ぶ。1974年再来日し、神戸女学院などで教えた後、同志社女子大学教員となる。1980年最初の翻訳作品の安部公房作『密会』で「日米友好基金文学翻訳賞」を受賞。以来、俵万智の『サラダ記念日』をはじめ、難しいとされてきた司馬遼太郎の『坂の上の雲』など幅広い翻訳を手掛ける。2014年、水村美苗作『本格小説』の翻訳で再び「日米友好基金文学翻訳賞」を受賞。

 

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