クリストファー・ロビンの王国(12)  執筆者:水野美和子

新型コロナウイルスが全世界、特にイタリアで大変なことになっていますね。

実は二月のはじめにイタリア旅行をしてきました。

 

弾丸旅行でしたので、ミラノの大聖堂、ヴェネチアのサン・マルコ寺院、ヴァチカンのサンピエトロ寺院といった観光名所を、数十分間散策した程度なのですが、それでも昨今のニュースで、観光客が途絶えたイタリアの観光名所の写真を見ると、かつてにぎやかだった様子を思い出して、悲しい気持ちになります。

二月はじめのイタリアには、中国の観光客は、まったくいませんでした。新型コロナウイルスは、潜伏期間が2週間程度だそうですので、二月中旬以降の状況は、もっと前から感染者がイタリアにいたのだと思われます。

 

イタリアで、自宅隔離中のテノール歌手マウリツィオ・マルキーニが、自宅のバルコニーで歌う様子が話題になっています。歌は、プッチーニのオペラ『トゥーランドット』のアリア「誰も寝てはならぬ」です。

 

都市封鎖と医療崩壊など大変な状況の中での、力強くて素敵な歌声を聴いているうちに、なんとなくウイルスに怯えて縮こまっていた気持ちが、ほぐれていきました。今できることを考えてみると、まだいろいろありますね。

 

この一カ月で、新型コロナウイルスの伝染は、飛沫感染と接触感染によるものだと分かってきました。

よく手を洗い、睡眠と栄養を十分にとりましょう。すでにみなさんそうなさっていると思います。

出かけるときはご自分の体調を見極めて、人ごみや換気の悪い場所を避けましょう。科学的に正確で新しい情報を集めつつも、なるべくいつも通りの生活をして、穏やかに過ごしたいですね。

 

【クマのプーさんとぼく/Now We Are Six】

 

今月もプー関連の本として、『クマのプーさん』の作者ミルンの二冊目の子ども向け詩集 ”Now We Are Six”の日英の読み比べをします。

今回使用した本はこちらです。

■”Now We Are Six” By A. A. MILNE, Illustrated by ERNEST H. SHEPARD, Puffin Books

■『クマのプーさんとぼく』(A.A.ミルン著、E.H.シェパード 絵、小田島雄志/小田島若子訳、河出書房新社、2018年)

 

”Now We Are Six”には、プーらしきぬいぐるみがあちこちに顔を出していますし、クリストファー・ロビンだけでなく、プーも一緒に出てくる詩が二つあります。

“Us two”/「ぼくたちふたり」

プーの出てくる一つ目の詩 “Us two” をご紹介します。

 

詩の最初の部分をご紹介します。

 

原文:

Wherever I am, there’s always Pooh,

There’s always Pooh and Me.

Whatever I do, he wants to do,

“Where are you going today?” says Pooh:

“Well, that’s very odd ‘cos I was too.

Let’s go together,” says Pooh, says he.

“Let’s go together,” says Pooh.

 

小田島訳:

ぼくがどこにいてもそこにはかならずプーがいる

いつもいっしょにプーとぼくがいる

ぼくのすることをなんでもプーはしたがる

「きょうはどこへいくの?」 プーはいう

「ふしぎだなあ おなじところへいきたいなんて

いっしょにいこう」 とプーはいう

「いっしょにいこう」 とプーはいう

 

 

子どもがぬいぐるみとかわす会話ってこんな感じですよね。

ぬいぐるみへ言ったことと、ぬいぐるみから言われたことの境目が曖昧なのです。

そういう感じをミルンはうまく表現していて感心します。

 

やがて二人は竜退治に出かけます。

 

 

原文:

“Let’s frighten the dragons,” I said to Pooh.

“That’s right,” said Pooh to Me.

I’m not afraid,” I said to Pooh,

And I held his paw and I shouted “Shoo!

Silly old dragons!” – and off they flew.

 

小田島訳:

「竜をこわがらせよう」 ぼくはプーにいった

「そうしよう」 プーはぼくにいった

こわくなんかないぞ」 ぼくはいった

プーと手をつないでぼくはさけんだ「コラァ!

まぬけの竜め!」 すると竜はとんでいった

挿絵を見ると分かりますが、竜というよりも…その…、鳥ですね。

 

こわくなんかないぞ」のところは、英語で I’m not afraid,” とイタリック体になっています。

クリストファー・ロビンが強調しているのは、プーに向かっての発言ですね。

面白いのは、「こわくなんかないぞ」と言っておきながら、クリストファー・ロビンはしっかりとプーと手をつないで大声を出すところです。

 

プーと手をつないで」のところは、英語で ”I held his paw” となっていて、ぎゅっとプーの手を握りしめて強がっている感じが伝わってきますが、日本語の「手をつなぐ」は、力をいれずに、ゆるくつないでいるような印象もあります。

ただし、プーの手をぎゅっと握って頼りにしている実態をクリストファー・ロビンは断じて認めようとはしないでしょうから、日本語訳の方が、クリストファー・ロビンの心象風景に近いわけです。

 

すると竜はとんでいった」のところは、英語では“and off they flew.” となっていて、とんでいったものが、竜だとは言わずに、ぼやかしています。

詩の中でクリストファー・ロビンのセリフは子どもの目線ですが、それを描写する作者の視点は子どもの世界に浸っておらず、この折り目正しい描写が、作者ミルンの魅力の一つです。

 

“The Friend”/「ともだち」

 

こちらもプーとクリストファー・ロビンの関係を描いた短い詩です。

詩の終わりの方だけ、ご紹介します。

原文:

So Pooh and I go whispering, and Pooh looks very bright,

And says, “Well, I say sixpence, but I don’t suppose I‘m right.”

And then it doesn’t matter what the answer ought to be,

‘Cos if he’s right, I’m Right, and if he’s wrong, it isn’t Me.

 

小田島訳:

だからプーとぼくはひそひそささやき プーはあかるい顔でいう

「えーと ぼくのこたえは六ペンスだけどちがうかもしれないよ」

そのこたえがまちがっていたってちっともかまわない

プーが正しければぼくは正しい プーがまちがっていればぼくのせいじゃない

 

 

ミルン節が炸裂している、と笑ってしまうのがこの最後の行です。

大人からの質問に、クリストファー・ロビンはプーと相談してこたえるわけですが、

答えが正解ならクリストファー・ロビンのせいで、答えが不正解ならそれはプーのせいなんですって。

 

「それがクリストファー・ロビンの考える、ともだちなの?」

「プーとの友情ってそういう感じなの?」となかばあきれてしまいますが、どうか、ちょっと待ってくださいね。

 

いいとこどりを恥じないこの子どもの独白は、現実のクリストファー・ロビンの発言ではなくて、あくまでも創作です。

この詩集には、こんな風に、子どものちょっとばかり、ずるいところが描かれています。純真なだけの子どもという描写をしなかった点が新鮮で面白かったから、この詩集は世界的ベストセラーになったのです。

もしもこれがクリストファー・ロビンではなく、一般的な子どもの態度として描かれていたら、「そうだよねぇ、そういうところあるよねぇ、分かるよ」で済んだはずです。

 

そういえば、『クマのプーさん』と『プー横丁にたった家』の中にも、ぬいぐるみたちのちょっとずるい態度が描写されています。そんなぬいぐるみたちと一緒にいたクリストファー・ロビンは、ぬいぐるみたちが頼りにする良い子でした。

 

プーのせいでクリストファー・ロビンが、大きくなってから学校でひどいいじめにあったエピソードを初めて聞いたときには、私はいじめっ子たちの動機がよく分かりませんでした。嫉妬にしては強烈で、あまりピンとこなかったのですが、この詩集を読んでようやく分かりました。堂々と悪い子としてふるまった創作上のクリストファー・ロビンのイメージに、いじめっ子たちに悪意が掻き立てられたのでしょう。

この詩集のせいで、クリストファー・ロビンは大切な子ども時代を、他人に踏み荒らされてしまったんですね。

 

 

終わりに

 

先月につづいて詩集の比べ読みをしました。

ミルンの詩は親しみやすくて、声に出して読むと韻を踏んでいるところがわかってきて、味わいがありました。

ただちょっと、“Now We Are Six” には、クリストファー・ロビンの名前が多いのが気になりました。実在した子どもの名前ですから。その点、前作の“When We Were Very Young” の方が、幼い頃のことを思い出すきっかけになり、楽しめました。

 

大人になったクリストファー・ロビンが苦しんでいたことは『クマのプーさん』の訳者の解説にも書いてあったので、ずっと気になっていました。プーの物語よりも、二冊の詩集の方が、クリストファー・ロビンへの悪影響が大きかったことが分かりました。

このブログを一年間、書き続ける中で、気になっていたクリストファー・ロビンのことを知る手がかりが得られたのが一番の収穫でした。

 

おかげさまでこうして12回の連載を終えて、ずっとプーのことを考える毎日も残念ながらこれで終わります。

プーのことをずっと考えていると、行く先々でプーに関する本や情報がどんどん入ってくるようなとても愉快な一年でした。

 

ブログを書く機会をいただきまして、ありがとうございました。

また、ここまで読んでくださった皆様、一年間お付き合いくださいまして、ありがとうございました。