COVID-19 執筆者:鯛焼き

 金曜日の午後3時45分の歩道。ふざけながら歩く小学生たち。その手には余るほどの荷物を抱え、ふざけるたびに手に持った荷物が落ち、笑いがこぼれる。交差点で彼らと別れた少女は、荷物をときどき持ち直しながら、よろよろと歩く。
 事の発端は武漢でのCOVID-19(corona virus 2019)の発生だ。春節、クルーズ船、そして、突然発せられた首相の休校要請。これが、金曜午後の情景を作り出したものだ。
 金曜午後に見かけた彼らは、突然降ってわいた一か月余りの春休みを喜んでいるのだろうか。自分が、彼らと同じ年齢の頃に、こんなことがあったら、毎日遊べると思い、きっと大喜びをしていたに違いない。これは確信できる。
 しかし、不思議なことに、今現在の自分が彼らを見る目は違う。学校に行けなくなった彼らが不憫でならない。彼らが通っている小学校は明治初期に創設されたものだ。詳しくは知らないが、おそらく、子供たちのために、地域の人たちがお金を出し合って作ったものなのだろう。全国にある古い小学校の多くはそのようにしてできていると聞いたことがある。恐れ多いとは思いつつ、小学校を創設しようとした人々のように、自分も彼らを見ているのかもしれない。
 小学校で何を学んだのか、はっきりとは覚えていない。きっと、かな漢字、四則演算、分数あたりを習ったのだろう。それでも、習ったことは、自転車に乗るのと同じように身に着いている。技術の進歩で、漢字を書くことも計算することも少なくなったが、小学校創設に尽力いただいた方々や、教えていただいた先生方には、今でも感謝をせざるを得ないだろう。
 私自身のことはさておき、地域に生きる人たちの気概のようなものが、その地域の子供たちの教育に注がれ、それが今でも、そこで学んだ人たちによって、脈々と引き継がれているのではないだろうか。
 唐突にではあるが、2020年2月29日New York Times記事の一部引用を以って、話を終えることとしよう。なお、”That step”は”moving to close schools for month”のことである。
 “ That step, though, was aimed at the young, who often show only mild symptoms or none at all when infected, not vulnerable older people, who sometimes develop severe pneumonia.”
 1年間、お付き合いをいただき、ありがとうございました。

以上