クリストファー・ロビンの王国(10) 執筆者:水野美和子

令和二年のお正月、『クマのプーさん』の作者A.A.ミルンの自伝『今からでは遅すぎる』(A.A.ミルン著、石井桃子訳、岩波書店、2003年)を読みました。

三人兄弟の末っ子だったミルンは、とても可愛らしくて、賢い子どもだったようです。

父親が二人の兄(五歳と三歳)に読み書きを教えようとしていたとき、近くで遊んでいた二歳のミルンは、「ぼく、それ、できる」と言って、兄たちが読めなかった言葉をすらすらと読んでみせたというエピソードが紹介されていました。

 

この自伝はミルンのすぐ上の兄のケンに捧げられています。いつも一緒で、すぐに真似をしてきて、やすやすと追い越してゆく、そんな弟に対して、ひねくれることもなく愛情を注ぎ続けたケンは、決定的に「ナイス」な人間だったとミルンは書いています。

ケンにも文才があったようですが、これもまたミルンが追い越してしまいました。その時に初めて、ケンはミルンに悔しさを吐露したというエピソードもありました。

どんな大人になれるかは遺伝や子供の時代環境が決める、とミルンは書いています。だからケンと自分の生まれる順番がもしも逆だったら、ケンの方が優れた作家になったはずだと、考えていたのかもしれません。

自伝を読み終えてから、プーの物語を読み返すと、ケンとミルンの関係は、「頭が悪そうだけれど、本当は賢くて勇敢な」プーと「ちょこざいな」コブタの関係に反映されているように思いました。

 

さらに本書にはミルンの妻・ダフネの意外な面も描かれていました。私は先月にDVDで観た映画 『グッバイ・クリストファー・ロビン』(2017年 http://www.foxjapan.com/goodbye-christopher-robin-jp)での、ダフネの自己中心的な描かれ方が、非常に気になっていたのです。

ダフネの虚栄心のせいで、ミルンとクリストファー・ロビンの父子関係にひびが入ったように描かれています。そういう面も多少はあったのかもしれませんが、自伝を読む限り、ダフネはミルンの創作を励まし、指針を提案するタイプの協力者として、とても貢献していたようです。実際、プーの物語に出てくるクリストファー・ロビンのぬいぐるみたちに声色と性格を与えたのもダフネであって、そんな彼らをありのまま描写しただけで物語になったとミルンは書いています。このことは映画でも描かれていました。

 

結局、この自伝にはプーのことはほとんど何も書かれていませんが、陽気で鋭いユーモア精神をもったミルンの人柄が伝わってきて、やはりそれはプーの物語の面白さにも通じています。

ミルンの心のどこかに物を書きたくてムズムズする気持ちが生まれたときのこと、憧れの雑誌『パンチ』の編集者になりたくて「一日として、一千語を書かない日はなく」過ごしたこと、第一次世界大戦中に従軍しながら空き時間で取り組んだ劇作のことなど、作家になるまでの道のりも丁寧に描かれています。

 

では、今月も『クマのプーさん』(A.A.ミルン著、石井桃子訳、岩波書店、1957年)と原書の比較読みをします。

 

      *      *      *      *      *

 

【10章:クリストファー・ロビンが、プーの慰労会をひらきます。そして、わたしたちは、さよならをいたします。/Chapter Ten in which Christopher Robin gives a Pooh Party, and we say good-bye】

 

章のタイトルに「さよなら」なんて書いてあるとドキリとしますが、単に『クマのプーさん』の本が終わるだけです。この本のはじまりで、クリストファー・ロビンが父親におはなしをねだった場面に戻っただけです。

プーの物語は、続編の『プー横丁にたった家』へ、まだまだ続きます。

 

あらすじ:

 

・前の章の続きで、洪水だった森から水が引いていきます。

⇒■all the streams of the Forest

 

・クリストファー・ロビンはフクロを呼び出して森のみんなへの連絡を頼みます。洪水のときにコブタを救出したプーを慰労するお茶会に、森のみんなを招待するつもりなのです。

 

・フクロは最初にプーに会いに行って、明日、プーの慰労会があると伝えました。プーはみんなが、プーの立派な功績を知らないのでは? と不安になり、「心配なプーの歌」を作ります。

⇒■ANXIOUS POOH SONG

 

・フクロは次にイーヨーにもお茶会のことを伝えます。イーヨーは相変わらず斜に構えた態度です。

 

・翌日、森のみんながクリストファー・ロビンの家に集まりました。カンガの息子ルーは初めてのお茶会なので、とてもはしゃいでいます。

 

・みんながおなか一杯になった頃、クリストファー・ロビンが挨拶をはじめますが、なぜか途中からイーヨーが演説をはじめます。

 

・クリストファー・ロビンがプーに贈り物をします。それは特製えんぴつケースでした。

■Pencils in it marked ‘B’ for Bear

 

・お茶会を終えて、プーとコブタは二人で家に帰りました。

 

・…というお話を聞き終えたクリストファー・ロビンと一緒に、ぬいぐるみのプーは、バタン・バタン、バタン・バタン、頭をぶつけながら階段を上って行きました。

 

それでは、気になる箇所の比べ読みをします。

 

■all the streams of the Forest

 

この章は、洪水が引いてゆく描写からはじまります。

 

石井訳: ある日、お日さまが五月のにおいをつれて、森のにもどってきました。

原文  One day when the sun had come back over the Forest, bringing with it the scent of may,

 

石井訳: そこで、森じゅうの小川たちが、また、じぶんたちのきれいな姿が見られるというので、うれしそうにキラキラかがやくと、

原文  : and all the streams of the Forest were tinkling happily to find themselves their own pretty shape again,

 

石井訳: 小さい水たまりたちも、いままで見てきた世のなかのありさまや、じぶんたちのしてきた大仕事を、夢のように思い浮かべながら横たわり、

原文  : and the little pools lay dreaming of the life they had seen and the big things they had done.

 

五月のにおい>と訳されている、名詞の(Mayではなくて)mayをCollins Dictionary (https://www.collinsdictionary.com/dictionary/english )で調べました。

 

1.  may tree. a Brit name for hawthorn

2.  short for may blossom

 

“hawthorn” は、サンザシです。

でも、<サンザシのにおい>ってどんな感じなの? と日本の読者を悩ませる代わりに、<五月のにおい>とすれば、すんなり読めます。

 

■ANXIOUS POOH SONG(心配なプーの歌)

 

子どもの頃ここを読んで、物語に直接関係ない誰かの対話のようなものが、なぜ書かれているのだろう?と感じたのを思い出します。

英語で読んではじめて、韻を踏んでいてテンポも良い、とても面白い歌だったとわかりました。

ちょこっとご紹介します。

 

石井訳: プーのばんざい三唱しましょう

原文  : 3 Cheers for Pooh!

 

石井訳: (なんのばんざい?)プーのばんざい―

原文  : (For who?) For Pooh ―;

 

石井訳: (おや、プーさんは、なにをしました?)ごぞんじではないんでしたか?

原文  : (Why what did he do?) I thought you knew;

 

石井訳: 友のぬれるのを助けたんです

原文  : He saved his friend from a wetting!

 

歌はこんな調子で続きます。

特に、 “(For who?) For Pooh” のあたりは、声に出して読むと、 “who” と “Pooh” と、響きの似たものが続いています。軽やかでテンポが良く、対話形式の楽しい歌だとわかります。

 

ちなみに、名詞のCheers Collins Dictionary で調べると、

 

a drinking toast

とあります。乾杯ですね。

直訳すれば、「万歳」ではなくて「乾杯」だったのです。

でも、<三回の乾杯>よりも、<万歳三唱>のほうが、日本語としてしっくりします。

 

■Pencils in it marked ‘B’ for Bear

 

この部分も子どもの頃、よくわからなかったところです。「なんでクマというしるしが、Bなのかしら?」と。

英語で読んでみて、今回ようやくわかりました。鉛筆の濃さ(硬度)を示すHBや2Bの話をしていたとは!

 

「HB」のようなアルファベット記号に由来した言葉の翻訳は本当に難しいですね。

もちろん石井訳にはちゃんと「ベア(クマ)」と書いてありました。だけど、ベア=Bearと結びつけられるのは、英語がわかった後ですね。

 

石井訳: そのなかには、ベア(クマ)というしるしに、Bの字のついたえんぴつや

原文  : There were pencils in it marked ‘B’ for Bear,

 

石井訳: ヘルプフル・ベア(役に立つクマ)というしるしに、HBのついたえんぴつや、

原文  : and pencils marked ‘HB’ for Helping Bear,

 

石井訳: ブレイヴ・ベア(勇敢なるクマ)というしるしに、BBのついたえんぴつなどがはいっていました。

原文  : and pencils marked ‘BB’ for Brave Bear.

 

“BB” は、現在の “2B” に相当するのでしょうね。

 

終わりに

 

今回も、石井訳が読者にわかりやすい工夫をしているところを学びました。

固有名詞の扱い方、韻を踏んだ歌の訳、日本の文化に合わせた訳語の選び方、アルファベット記号に由来した翻訳の仕方、それと共に、やはり原文  :の面白さ、特にプーの歌の面白さを味わうことができました。

 

今回をもって、石井桃子訳の『クマのプーさん』の十章全部を読み終えました。

来月のブログでも、やはりプーに関連することをまとめたいと思っています。構想中です。

 

そうそう、冒頭でご紹介したミルンの自伝の456頁にて、三歳のクリストファー・ロビンの愛らしい姿について書いている箇所があります。読んでいてとても幸せな気持ちになれますので、この部分だけでもおすすめです。

ミルンが息子の愛らしい姿を書き留めたこの詩がやがて、詩集『ぼくたちがとても小さかったころ』になり、その流れで『クマのプーさん』が生まれたのです。

現在あいにく品切れになっているようです(https://www.iwanami.co.jp/book/b254807.html)が、機会があったらぜひご覧くださいね。