クリストファー・ロビンの王国(7) 執筆者:水野美和子

前回のブログを書いてから、『おひとよしのりゅう』(ケネス・グレーアム著、石井桃子訳、学研、1966年)について調べました。

この本は、石井桃子が「子供に戦争とは別の世界があることを知らせたい」という信念を込めて翻訳したのだとか。現在、復刻されていて、銀座の書店・教文館の子どもの本部門である「ナルニア国」で取り扱っているとわかりました。

教文館といえば、かつて石井桃子がプーの原書 『WINNIE-THE-POOH』 を見つけた場所です。一体、どんなところなのでしょう?

 

銀座和光のある交差点からすぐの、アンパンの木村屋や真珠のミキモトの並びに教文館はありました。

やや狭い入口に傘や和風の小物が並んでいます。それらを立ち止まって熱心に見ている母娘とぶつからないようにカニ歩きで中へ入り、階段で2Fへ上がると案外広い書店だったので正直びっくりしました。

目指す「ナルニア国」は6Fです。建物の奥にある階段を上りました。おそらく上り用と下り用なのでしょう、左右対称の形で二つ並んでいて、しっかりとした壁のある階段には時代が感じられます。石井桃子もこの階段を使ったかもしれません。

「ナルニア国」は、子供の本売り場と聞いていたので、取り扱いは絵本だけと思い込んでいましたが、実際にはなかなかの品揃えでした。絵本はもちろん、石井桃子をはじめとする児童文学者関連の本や、児童書の洋書、ヤングアダルト向けの硬派な本も揃っていて、見ごたえのある本棚ばかりでした。

『おひとよしのりゅう』は、すぐに見つかりました。先月ご紹介した竹内美紀さんの『石井桃子の翻訳はなぜ子どもをひきつけるのか』(ミネルヴァ書房、2014年)も、近くに置いてありました。最初からこの書店のことを知っていたら、あちこち探し回らずに済んだのですが。

本を手に入れてから、同じフロアの喫茶店に入って、ケーキセットを頼みました。休日の銀座なのに、すいていて静かで、読書が進みます。

 

『おひとよしのりゅう』は、龍を悪と決めつける人々が住む村のはずれで、ひそかに詩作にふけって暮らす龍と仲良しになった村の男の子が、龍退治にやって来た聖ジョージと、龍との間をとりもって、うまいこと龍が村人と仲良く暮らせるようにした物語です。読み終えてから私は『泣いた赤鬼』(浜田廣介)での、人間と仲良くなりたがった優しい赤鬼の悲しい結末を思い出し、赤鬼と龍の結末の違いはどこから来るのだろうかと考え込んでしまいました。

 

喫茶店の隣には、キリスト教にちなんだグッズのお店もありました。

美しいカードや、丁寧に作られたお菓子などは、予想通りでしたが、一番驚いたのは、あの宗教改革をしたマルティン・ルターのグッズがあったことです。ルターの紋章が薔薇だったと初めて知りました。

他にも、地図の下敷きで表はモーセの遠征ルート、裏にはパウロの伝道ルートが描かれているものとか、ノアの箱舟ポーチ(箱舟の形をしていて、オリーブをくわえた白い鳩が付いているファスナーを開けると、内側に動物たちの絵が描かれている!)など、興味深いグッズがありました。とても迷ったのですが、まだ暑い日が続いているので、「死海の塩入り塩アメ」を買いました。

 

さて、先月は台風15号で大変でしたが、今月は台風19号が刻々と近づいてきています。いまでさえ、ただならぬ大雨と強風です。無事に通り過ぎてくれるとよいのですが…。

 

では、今月も『クマのプーさん』(A.A.ミルン著、石井桃子訳、岩波書店、1957年)と原書の比較読みをします。

 

      *      *      *      *      *

 

【7章:カンガとルー坊が森にやってきて、コブタがおふろに入るお話/Chapter Seven in which Kanga and Baby Roo come to the Forest, and Piglet has a bas】

 

カンガとルー坊が初登場します。

男性ばかりが出てくるプーの物語で、ついに女性が登場。しかも、きびきびとしたシングルマザーです!

ところが、プーの作者の伝記 『A. A. Milne: His Life』(Ann Thwaite著) によると、作者は当初、カンガを男性として書いていたそうです。カンガはポケットがあるのに!

とすると、当時はまだ、カンガルーの生態、例えば袋があるのは雌だけ、なんてことはあまり知られていなかったのかもしれません。ともあれ、英語は男言葉・女言葉の区別が無いので、カンガを父親として描いても、物語の流れには全く影響しないんですね。いろんな点でびっくりです。

 

あらすじ:

・いつのまにか、カンガとルー坊が森で暮らしていました。

⇒■Nobody seemed to know where they came from

 

・プーはコブタの家でウサギの演説を聴きます。なんとウサギは、ルー坊をカンガから盗もうと言いだします。でも、コブタはカンガが猛獣だということが気にかかっています。

⇒■ぼくたち三人で言うんなら

 

・ウサギはプーとコブタに協力させて、ルー坊を盗むのに成功します。帰宅したカンガは、ポケットを開けてはじめて、ルー坊とコブタが入れ替わっていることに気がつきました。

⇒■She thought she was frightened

 

・そのままカンガは、気づかぬふりをして、コブタに水風呂でよいか尋ねます。おふろが大っ嫌いなコブタは、無駄な抵抗を試みます。

⇒■spleak painly

 

それでは、気になる箇所の比べ読みをします。

 

■Nobody seemed to know where they came from

 

七章では冒頭から、カンガ達の出現に関してよくわからないような、それでいてちゃんとわかるような、不思議な描き方をしています。

 

石井訳: ふたりが、どこからやってきたのか、だれも知っているようすはないのに、

原文  : Nobody seemed to know where they came from,

 

石井訳: しかも、ふたりはつまり、ふたりというのは、カンガとルー坊のことなんですがちゃんと森にいるじゃありませんか。

原文  : but there they were in the Forest: Kanga and Baby Roo.

 

 

原文は取りつく島もないくらい事実を淡々と述べて、現象として「いつのまにか現れた」感じを醸し出そうとしています。

一方、石井訳は原文よりも、驚きの感情をやや強めて読者に語りかけています。特にここは物語のはじまりなので、こういうしたほうががよいと考えたのでしょう。もしかすると石井が想定している読者は、原作者のA.A.ミルンが想定している読者よりも少し幼いのかもしれないですね。

 

“Nobody seemed to know” の訳は、「誰も知らない様子」よりも、「誰も知っている様子は無い」の方が、読みやすくなるので納得です。

 

 

■ぼくたち三人で言うんなら

 

カンガとルー坊のことが気に入らないウサギは、ルー坊をカンガから盗み出そうと、プーとコブタにもちかけます。

ウサギが主張するには、ルー坊を隠してからカンガに三人で「あはァ!」って言ってやれば、カンガとルー坊は、森から出てゆくのだそうです。でも、コブタは猛獣であるカンガへ「あはァ!」なんて言って、怒らせはしないかと心配して言います。

 

 

石井訳: 「ぼくたち三人で言うんなら……ぼく、ひとりでじゃ、『あはァ!』なんて言いたかないけど。だって、ひとりじゃ、それほどうまく言えないもの。」

原文  : ‘as long as we all three say it. As long as we all three say it,’ said Piglet,

 

直訳すると、原文は「ぼくたち三人で言うのならいい、ぼくたち三人で言うんならいいんだよ」と、同じ言葉を繰り返すことで、「ぼく一人だけでは、カンガに向かって『あはァ!』なんて絶対に言えないからね?」といったコブタの気持ちを強調しています。

しかし石井訳は繰り返しではなく、そこで仄めかされていることを具体的に明らかにしています。

「ひとりじゃ、それほどうまく言えないもの。」とは、臆病者と思われたくないコブタの気持ちもよく表れていますよね。

 

 

■She thought she was frightened

 

帰宅したカンガは、息子のルーではなく、コブタがポケットの中にいると気が付いて内心、青ざめます。

この七章全体は、ほかの章と同様に、のんびりと楽しそうに描かれているけれど、ウサギたちがしていることって、要するに幼子の誘拐という、とんでもない大犯罪ですよね。

しかし、母(カンガ)は強し!

 

石井訳: もちろん、ポケットのボタンを、はずすやいなや、どんなことがもちあがったのか、カンガには、すぐわかりました。

原文  : Of course as soon as Kanga unbuttoned her pocket, she saw what had happened.

 

石井訳: ちょっとのあいだ、カンガは、じぶんが、おびえたような気がしましたが、またすぐ、そうじゃなかったことに気が付きました。

原文  : Just for a moment, she thought she was frightened, and then she knew she wasn’t;

 

石井訳: というのは、クリストファー・ロビンが、ルーにけがのあるようになど、するはずはないと思ったからです。

原文  : for she felt sure that Christopher Robin would never let any harm happen to Roo.

 

 

ここは何度読み返しても不思議だなーと思う箇所です。

まず、カンガの心の動き。上の石井訳のようにとらえるのが、カンガ本人の視点では正しいと思います。

でも客観的に見れば、カンガは、「怯えて」→その次に→「そうじゃないと考え直す」のです。

つまり、いつまでも怯えておらずに、すぐに気持ちを切り替えて、次へ向かうカンガの心の瞬発力の強さが描かれています。

 

また、クリストファー・ロビンは、プーの森において、皆に慕われる坊っちゃんであるだけではなく、皆の安全に気を配るリーダー的な存在であるようです。カンガはそういった、プーの森におけるクリストファー・ロビンの役割を、「知っている」ということが、ここの箇所から読み取れます。

 

実はこのあとクリストファー・ロビンはカンガの家にやってきますが、いつもよりも冷静沈着すぎる気がします。彼のリーダー的役割と考え合わせると、ウサギやコブタが「やらかした」ことをクリストファー・ロビンは本当はちゃんと分かっていて、カンガに調子を合わせてとぼけているようにも読めます。

 

 

■spleak painly

 

ルー坊とコブタが入れ替わったのに気が付かないふりをして、カンガの密かな仕返しが始まります。

 

石井訳: 「水ぶろもわるくないと思うんだけれど。ルー、水のおふろで、いい?」

原文  : ‘that it wouldn’t be a good idea to have a cold bath this evening. Would you like that, Roo, dear?’

 

石井訳: いったい、おふろなんてものは、ちっともすきでないコブタは、

原文  : Piglet, who had never been really found of baths,

 

石井訳: ゾウッと長い、腹だたしいどうぶるいをすると、できるったけ勇ましい声で言いました。

原文  : shuddered a long indignant shudder, and said in as brave a voice as he could:

 

石井訳: 「カンガ、もう、ざっくばらんのお話をするときが、きたと思うんですがねえ。」

原文  : ’Kanga, I see that the time has come to spleak painly.

 

 

この “spleak” をいくら調べても辞書に無いのです。

調べていたら、プーの作者の伝記 『A. A. Milne: His Life』 (Ann Thwaite著) に、spleak painlyという ”Piglet’s spoonerism“ を、”officious (おせっかいな) copy-editor” が直してしまった、という記述がありました。

 

そこで、spoonerismをCollins Online dictionary(https://www.collinsdictionary.com/)で調べました。

 

spoonerism: [countable noun] A spoonerism is a mistake made by a speaker in which the first sounds of two words are changed over, often with a humorous result, for example when someone says ‘wrong load’ instead of ‘long road’.

 

つまり、spleak painly” は、コブタの言い間違いなんですね。

二つ並んだ言葉を少しずつ混ぜてしまうタイプの間違い。

例えば、「クマのプーさん」を、「プーマのクーさん」としてしまうみたいな…?

 

コブタが本当に言いたかったのは、は、“spleak painly”ではなくて、”speak plainly” = 「ざっくばらん」 ですが、石井訳では、コブタの言い間違いまでは翻訳はせず、その少し前で、おふろと聞いてゾウッとしている描写を強めに描いて、コブタのあわてぶりを示しているんですね。

 

終わりに

 

今回は、原作の持つ雰囲気をうまく日本語に訳す例を知りました。

原文では、言わずもがなと作者が考えているであろう表現を、石井訳ではやや明示的にしていました。

また、一語一句の翻訳ではなく、物語全体のバランスで翻訳をする例を知りました。

 

今回の7章は、新参のカンガとルー坊のことが気に入らないウサギが、彼らを追い出そうとして暗躍する、ちょっとダークな話です。その結果、ルー坊と入れ替わったコブタはおふろで綺麗になりすぎて、クリストファー・ロビンにさえ、コブタだと認めてもらえなくなったというアイデンティティ・クライシスに陥ります。

そんなコブタの苦労も知らず、ウサギは誘拐したルー坊と楽しく遊んで仲良しになり、プーはカンガの力強く素早いジャンプに魅了されます。そうやってカンガとルー坊はプーの森の仲間入りをしました。

コブタも、カンガの家から逃げ出してから、地面をごろごろ転がって汚して、なんとか自分を取り戻します。

最後はプーの物語らしく、みんなが幸せになって、めでたしめでたし。ほっとしました。

 

ご紹介しきれませんでしたが、この章でも、コブタが大っ嫌いなおふろに入れられる場面や、プーが変な詩をカンガの前で歌っちゃう場面、ウサギが「家族をポケットに入れて歩く動物」への怒りを語るヘンテコな演説など、どれもとても可笑しくて面白いです。よろしかったらぜひ、プーの本をご覧になってください。