クリストファー・ロビンの王国(6) 執筆者:水野美和子

今月は、プー関連本として、竹内美紀さんの『石井桃子の翻訳はなぜ子どもをひきつけるのか』を読みました。

石井が翻訳するうえで、「プーの声が聞こえた」ことは、決定的な意味をもっていた。分析結果に見られた石井翻訳の特徴は、駄洒落、くり返し、七五調、わらべ唄など、いずれも音読したときに効果が倍増する「声」と関係の深い要素である。(P64)

 

このように石井桃子の翻訳の魅力が的確に分析されています。ほかにも興味深い指摘がたくさんあり、とても楽しめました。

また、プーを翻訳した後、石井桃子は、「作品から声が聞こえる」本を選んで翻訳するようになります。そのために、戦前から文通していた海外の児童文学関係者の意見や、イギリス児童文学のカーネギー賞受賞作品を参考にしていたと知りました。

実は石井桃子は、『君たちはどう生きるか』(1937)の作者である吉野源三郎と、戦前の新潮社「日本少國民文庫」編集部で一緒に仕事をしており、それが縁で戦後、岩波書店へ嘱託社員として入社し、岩波少年文庫の創刊を手掛けたことも初めて知りました。子どもの頃に私が親しんだ「岩波の子どもの本」シリーズのことも書かれていたので、とても興味深く読みました。

本書で言及されていた『おひとよしのりゅう』や、プーの作者、A.A.ミルンも絶賛した『たのしい川べ』(ケネス・グレーアム)も近いうちに読むつもりです。

 

さて、ようやく秋めいてまいりましたね。

東京は台風15号の影響で9月8日夜から翌朝にかけて鉄道の計画運休となり、9月11日には大雨と落雷で、ほんの短い間だったのですが停電になりました。つくづく、継続的に読書できる環境に心から感謝しながら、今月も『クマのプーさん』と原書の比較読みをします。

 

      *      *      *      *      *

 

【6章:イーヨーがお誕生日に、お祝いをふたつもらうお話/Chapter Six in which Eeyore has a birthday and gets two presents】

 

四章で尻尾をなくしたイーヨーが再登場します。

アン・スウェイトの『クマのプーさん スクラップ・ブック』によると、今回のお話が1926年8月、「ロイヤル・マガジン」誌に、つづいて同年10月9日、「ニューヨーク・イヴニング・ポスト」紙に掲載されてから、同年10月14日に単行本『クマのプーさん』が、メシュエン社から出版されました。

もしかすると今回のお話は、『クマのプーさん』の作品の中から単行本の販促用に選ばれて、雑誌と新聞に掲載されたのかもしれませんね。

 

あらすじ:

・小川の岸に立つイーヨーはとても悲しそうにしています。そこに現れたプーがおはよう、と挨拶をします。

⇒■Good Morning, Eeyore.

 

・イーヨーは何やら難しいことを言っていてプーには理解できません。仕方なくプーは、なぞなぞの歌を歌います。

⇒■カトルストン・パイ

 

・実は今日はイーヨーの誕生日だったのです。プーはプレゼントを探しに急いで家へ戻ると、コブタが遊びに来ていました。プーはコブタにイーヨーが誕生日だと教えます。プーはハチミツを贈ることにして、つぼを持って出かけました。でも、道中うっかりハチミツを全部食べてしまいます。空いたつぼをイーヨーへ贈ることに決めて、プーはフクロにつぼへお祝いの言葉を書いてもらうことにします。

⇒■フクロが書いた、お祝いの言葉

 

・コブタはイーヨーへ風船を贈ることにして、家に戻り、風船を膨らませると、風船が飛んでいかないようにしっかり抱えて走りました。でも、うっかり転んでしまいます。

 

・コブタはイーヨーにお祝いを言って、破裂した風船を贈りました。

■「ぼく、風船やぶいちゃったんです」

 

・プーがつぼを贈るとイーヨーはとても喜びました。

⇒■I‘m very glad

 

 

それでは、気になる箇所の比べ読みをします。

 

■Good Morning, Eeyore.

 

プーにおはようと言われてイーヨーはこう答えます。

 

石井訳: 「プーさんかい、おはよう。」イーヨーは、しめっぽい声で言いました。

原文  : ‘Good morning, Pooh Bear,’ said Eeyore gloomily.

 

石井訳: それから、「おはやいならばさ。」と言って、「だが、どうかと思うよ。」と、言いました。

原文  :If it is a good morning,’ he said. ’Which I doubt,’ said he.

 

ご覧の通り、「お早う」 と ’Good morning ‘ の意味の違いを、イーヨーの疑い深い話しっぷりとマッチさせて訳されていますよね。

また、朝の挨拶を比べてみただけでも、日本では「早朝だ」と言い合い、英国では「良い朝だ」と言い合う…といった文化の違いにハッとさせられます。

 

■カトルストン・パイ

 

プーがイーヨーに歌って聞かせるカトルストン・パイの歌は、なぞなぞであるらしく、意味がよく分からないところがあります。俳優のJack Gilfordが歌っている二分程度の音声を見つけました。

https://www.youtube.com/watch?v=J0tyaA8Qsfs

プーがイーヨーに歌って聞かせているような、優しい声です。ただし、前半は八章に出てくる別の歌 “Sing Ho! For the Life of a Bear” が収録されています。

 

なぞかけの部分を抜粋します。

 

石井訳: スズメははえないが  ハエはすずめる

原文  : A Fly can’t bird but a bird can fly.

 

原文のFly ですが、名詞の「ハエ」と、動詞の「飛ぶ」に引っかけて、石井訳は、birdをスズメとして名詞の「雀」と動詞の「涼む」に引っかけて訳したんですね。すごいです。

 

以下の二番三番のなぞなぞは、意味がまったくわかりません。今度ネイティブの人に会ったら質問してみたいです。

 

原文  : A fish can’t whistle and neither can I.

石井訳: 口笛は吹けぬよ  魚もぼくも

 

原文  : Why does a chicken, I don’t know

石井訳: なぜにわとりがするんだか  ぼくは知らない

 

■フクロが書いた、お祝いの言葉

 

ここは、物知りと言われているのにちょっと近視眼的なフクロと、天然でおおらかなプーのやりとりが、とてもおかしい場面です。

はじめにプーはフクロに、イーヨーへのお祝いの言葉を書いてほしいとお願いします。

 

自分で文字を書かない理由として、プーはこんなことを言っています。

 

原文  : ‘Because my spelling is Wobbly. It’s good spelling but it Wobbles, and the letters get in the wrong places.

石井訳: 「ぼくの字、よろよろするもんですからね。字は、いい字なんですよ。でも、よろよろっと、よろけてしまうんです。」

新訳  :「ぼくの字,よろよろするもんですからね。字は,いい字なんですよ。でも,よろよろっと,よろけて,まちがったところにならんでしまうんです。

 

1957年版の旧訳しか知らなかったので、本当はプーは字なんか全く書けないくせに、「字を真っ直ぐ書けない」と言い訳しているのだと思っていました。

今回、原文と1997年版の石井桃子の新訳(『クマのプーさん全集』 岩波書店、1997年)と読み比べて初めて、「よろよろした文字が、まちがったところに並んでしまう」という驚くべき事実を知りました。

 

そして、フクロが書いた、お祝いの言葉がこれです。

 

原文  : HIPY PAPY BTHUTHDTH THUTHDA BTHUTHDY

石井訳: おたじゃうひ たじゅやひ おたんうよひ おやわい およわい

 

石井訳: 「なに、ちょっとお誕生日御祝いと書いたばかりです。」とフクロは、なんでもなげに言いました。

原文  : ‘I’m just saying “A Happy Birthday”, ’ said Owl carelessly.

 

その後、イーヨーにこのつぼを渡すとき、プーったら、こんなことを言っています。

 

石井訳: 「上に 『お誕生日を祝って、愛するプーより』って、書いてあるんだ。」

原文  : ‘It’s got “A Very Happy Birthday with love from Pooh” written on it’.

 

フクロの知ったかぶりも相当ですが、プーの話の盛り方も相当なものです。もちろん、優しい気持ちがあってこその発言なのですけれども。

よくよく考えてみると、プーの物語の最後で、成長したクリストファー・ロビンがプーとさよならしたように、文字を正確に読み書きできる人はプーの世界をじかに訪れることができないのでしょうね。

 

■「ぼく、風船やぶいちゃったんです」

 

イーヨーに贈るつもりの風船をうっかり破裂させてしまったコブタは、悲しくなりました。最後の風船でしたし、ほかに贈ることができるものはありませんでした。仕方なくそのままイーヨーのところに行き、お誕生日おめでとうと挨拶すると、イーヨーはたいそう喜びました。それからコブタは勇気をだして本当のことをイーヨーに伝えました。

 

石井訳: 「ああ、イーヨー、ぼく、風船やぶいちゃったんです。」

原文  : ‘I – I – oh, Eeyore, I burst the balloon!’

 

石井訳: 長いあいだ、ふたりは口をききませんでした。

原文  : There was a very long silence.

 

上の原文を直訳すると 「非常に長い沈黙が訪れた」 でしょうか。もちろん石井訳の方が自然に感じられます。

SilenceをCollins Online dictionary(https://www.collinsdictionary.com/で調べました。

 

Silence: [variable noun] If there is silence, nobody is speaking.

 

なるほど、この部分の石井桃子訳はCollins Online dictionaryに書かれている通りですね。

 

ところで、風船が破裂した時のショックで、コブタが月まで飛ばされたと思い込む場面ですが、作品が世に出た1926年のイギリスで、「月に飛ばされる」ことが、技術的、想像的にどれほど身近な考えだったのかが気になりました。アメリカで世界初の液体燃料ロケットが打ち上げられたのが、ちょうど同年3月16日です。でも、プーのいるイギリスで、どんなふうに話題になったのか…。ちょっとわかりません。

https://pioneersofflight.si.edu/content/world%E2%80%99s-first-liquid-fuel-rocket

 

■I‘m very glad

 

イーヨーとコブタがしょんぼりしているところに、プーがやってきて、イーヨーとお誕生日のお祝いに、ちょうほうなつぼ(a Useful Pot)を贈るとイーヨーはとても喜びます。

 

石井訳: イーヨーは、つぼを見ると、すっかり夢中になってしまいました。

原文  : When Eeyore saw the pot, he became quite excited.

 

石井訳: 「わしの風船は、このなかへはいるぞ」

原文  : ‘I believe my Balloon will just go into that Pot!’

 

BelieveをCollins Online dictionary で調べました。

 

believe: [verb] If you believe that something is true, you think that it is true, but you are not sure.

 

「わしの風船は、このなかへきっと入ると思う。やってみないとわからないけれど」ってニュアンスでしょうか。

それにしても、常に疑っているイーヨーの口から “believe” が出てくるのは珍しい。二人からのお祝いが本当に嬉しかったんですね。

 

実際に風船をつぼから出し入れして見せて得意気なイーヨーへ、プーが言います。

 

石井訳: 「それね。」と、イーヨーが言いました。「とても出たり入ったりするじゃろが?」

原文  : ‘Doesn’t it?’ said Eeyore. ‘It goes in and out like anything.’

 

石井訳: そこで、プーが、「物を入れるちょうほうなつぼをあげることを思いつけて、ぼくはとてもうれしいです。」とうれしそうに言いました。

原文  : ‘I’m very glad,’ said Pooh happily, ‘that I thought of giving you a Useful Pot to put things in.’

 

上の緑色文字「そこで」に対応する原文はありません。

しかし、原文の ”I’m ” で始まる英語と比べると、「物を入れるちょうほうな…」のように補足説明からはじまるプーの日本語は、場面の雰囲気を変える力が弱いです。文頭に「そこで」を付け加えてこそ、英語のプーの発言と同じぐらいに強くなります。

 

終わりに

今回は、「おはよう」という挨拶の日英の違い、カルストン・パイという謎の歌、ハチャメチャなフクロの書き言葉の訳し方、silenceという言葉の扱い方、場面の雰囲気を変える言葉の使い方を学びました。

 

ご紹介しきれませんでしたが、この章でも、プーがハチミツをつまみ食いをしてしまう場面や、疑り深いイーヨーが何度も何度もコブタに「おめでとう」を言わせる場面や、フクロの知ったかぶりなど、面白い場面がたくさんあります。よろしかったらぜひ、プーの本をご覧になってください。

 

参考文献:

『石井桃子の翻訳はなぜ子どもをひきつけるのか』 竹内美紀著、ミネルヴァ書房、2014年

『おひとよしのりゅう』 ケネス・グレーアム著、石井桃子訳、学研、1966年

『たのしい川べ』 ケネス・グレーアム著、石井桃子訳、E.H.シェパード 絵、岩波書店、1963年

『クマのプーさん スクラップ・ブック』 アン・スウェイト著、安達まみ訳、筑摩書房、2000年

『クマのプーさん』 A.A.ミルン著、石井桃子訳、岩波書店、1957年

『クマのプーさん全集』 A.A.ミルン著、石井桃子訳、小田島雄志、小田島若子、岩波書店、1997年