「音楽家のための憩いの家」 執筆者:鯛焼き

 「音楽家のための憩いの家」は、音楽家がその余生を送る場所として、ヴェルディ(1813年10月10日 – 1901年1月27日)が建立した施設だ。いわば、音楽家のための老人ホームだ。この家は、ヴェルディの意志を継いだ多数の音楽家の寄付を以って、今もその使命を全うしている。その家は、そこを訪れた人たちにヴェルディの優しい一面を垣間見させてくれる。
 ヴェルディは、ヴェローナの夏の夜、古代ローマ遺跡で上演されるオペラ「アイーダ」の作曲家だ。
 ところで、「アイーダ」で馬を舞台に上げた舞台演出家フランコ・ゼフィレッリは6月15日に鬼籍へと行ってしまった。ゼフィレッリは、「ロミオとジュリエット」、「ブラザー・サン シスター・ムーン」の映画監督でもあった。
 ヴェルディに話を戻そう。オペラの大作曲家ヴェルディは、楽譜を出版する出版社と、新作オペラの上演から10年間、出版社に入る楽譜レンタル料(上演料)の3割と、楽譜の売上げの4割がヴェルディに支払われるという契約を結ぶことに成功していた。フランスにおける著作権の考え方を先取りする形で。
 ヴェルディは、この契約により、現在の印税に相当する収入を得、財の一部を成していったのだ。ヴェルディは、「一作いくら」から「印税」へという音楽の収益構造の一大変革に成功した最初の作曲家の一人だ。著作権に関する基本条約であるベルヌ条約が発効したのが1886年であるから、ヴェルディが如何に先駆的であったかがわかるだろう。
 「音楽家のための憩いの家」の建立には、ヴェルディの財が寄与し、その蓄財には著作権の考え方が少なからず寄与していた。そして、後年「音楽家のための憩いの家」に寄付をした音楽家は、著作権法世代の音楽家であり、彼らの印税の一部が憩いの家の維持に使われている。要するに、著作権制度も、「音楽家のための憩いの家」に、多少は貢献していたのでは、ということです。もちろん、すべてがヴェルディという大作曲家のなせる業であることに相違はありません。
 著作権法が世界に普及しようとしていた、そんな時代のミラノでのお話でした。  ヴェルディは、今、「音楽家のための憩いの家」で眠っています。ミラノに行かれた際には、立ち寄ってみてはいかがかでしょうか。憩いの家で暮らす方々の素敵な笑顔に出会えるかもしれませんよ。

以上