クリストファー・ロビンの王国(3) 執筆者:水野美和子

趣味は古本屋巡り…、というつもりはありません。

でも、もしも図書館へ行く道の途中に古本屋があったなら(ありますとも!それも二軒…)、そして図書館の閉館時間が迫っていなかったら、古本屋の棚を先に眺めてから図書館に行きます。帆布のバッグがずっしり重くなるばかりです。

先日も古本屋で、「げんきなマドレーヌ」の英語版を買ってしまいました。幼稚園で(もちろん日本語で)愛読していました。フランスのパリで、十二人の女の子と彼女らの面倒をみるミス・クラベルの日常と、一番小さくて勇敢なマドレーヌのちょっとした事件を描いている絵本です。

↑これは今年4月に焼失してしまったノートルダム寺院

 

次の頁の、動物園でマドレーヌが虎に向けた言葉に、目がくぎづけになりました。

“Pooh-pooh,”

これは、「どうってことないわ」や、「こわくないもん」と訳せばよいでしょうか。

 

大文字で始まる “ Pooh ” は、我らが愛するWinnie-the-Poohの省略形に決まっていますが、小文字で始まる “ pooh ” は、実は「嘲りの間投詞」および、「(幼児語でいう)うんち」である、となんとなく聞いたことはありました。この、マドレーヌの “ pooh ” こそが、「嘲りの間投詞」の実例ですね。

このように最近の私は、何を見ていてもクマのプーに関する言葉や本を探してしまう傾向があります。来月は何を発見するのでしょうか。楽しみです。

 

では今月も『クマのプーさん』(著者:A.A.ミルン/訳者:石井桃子/出版社:岩波書店/出版年:1957年)と原書の比較読みをします。

 

      *      *      *      *      *

 

【3章:プーとコブタが、狩りに出て、もうすこしでモモンガーをつかまえるお話/Chapter Three in which Pooh and Piglet go hunting and nearly catch a Woozle】

 

あらすじ:

・コブタが自分の家の樫の木の周りを雪かきしていると、「何か」の足跡を追っているプーと出会います。

・一匹のモモンガーの足跡のようです。

・プーと二人で足跡をたどるうちに、どういうわけか足跡の数が二匹、三匹と増えてゆきます…。

 

トオリヌケ・キンジロウ

まずはじめに森の真ん中にあるブナの真ん中にあるコブタの大切な家が描かれます。この家のすぐ脇に立て板があります。

 

石井桃子訳: それから、その家のすぐわきには、一まい、折れた板があって、その上には、「トオリヌケ・キ」という字がかいてありました。

原文      : Next to his house was a piece of broken board which had “TRESPASSERS W” on it

 

「トオリヌケ・キ」は<TRESPASSERS W>の意訳のようです。<trespasser>をLexico Dictionaries(https://www.lexico.com/en)で調べました。

 

trespasser: [NOUN] A person entering someone’s land or property without permission.

 

「無断で侵入する者」でした。

 

TRESPASSERS Wについては、ウィキペディアのPiglet (Winnie-the-Pooh)の項(https://en.wikipedia.org/wiki/Piglet_(Winnie-the-Pooh))に、こう書かれていました。

 

this was a parody of the usual sign "Trespassers will be prosecuted"

 

つまりコブタの家の隣にある立て板は、侵入禁止をうたう、よくある看板の、文字が一部欠けているものなんですね。

 

石井桃子訳では、日本の立て看板にあてはめて、「トオリヌケ・キンシ」が、一部欠けてしまって「トオリヌケ・キ」になっている、という設定にしたんですね。

 

この「トオリヌケ・キ」について、クリストファー・ロビンがコブタに尋ねると、代々伝わってきたお祖父さんの名前だとコブタは答えます。そこでクリストファー・ロビンはコブタに次のように言います。

 

石井桃子訳: クリストファー・ロビンが、「トオリヌケ・キ」なんて名まえないよと言うと、

原文      : and Piglet said yes, you could, because his grandfather was,

 

石井桃子訳: ありますとも、だって、ぼくのおじいさんが、そういう名まえだったんですもの、

原文      : and it was short for Trespassers Will, which was short for

 

石井桃子訳:それに、これは、「トオリヌケ・キンジ」の略で、それは、「トオリヌケ・キンジロウ」の略なんだから、とコブタは言いました。

原文      : Christopher Robin said you couldn’t be called Trespassers W, Trespassers William.

 

コブタのおじいさんの名前は、このような経緯で略されたという話ですね。

 

原文      : Trespassers W ← Trespassers Will ← Trespassers William

石井桃子訳: トオリヌケ・キ ← トオリヌケ・キンジ ← トオリヌケ・キンジロウ

 

 

<Trespassers W>だけでは、ピンと来なくても<Trespassers Will>までくると “TRESPASSERS WILL BE PROSECUTED” のことだと分かるようになっているんですね。

 

コブタの「代々伝わっている」自慢も、伝統を重んじるイギリスぽくて面白いです。

 

■モモンガーの足跡?

雪かきをしていたコブタは、歩いているプーに声をかけますが、プーはかまわずどんどん歩いていってしまいます。プーは何かを追跡しているようです。何を追跡しているのかとコブタはプーに尋ね、プーが次のように答えます。

 

石井桃子訳: 「そりゃ、きみ、ぼくが、じぶんに、言ってることさ。

原文      : ‘That’s just what I ask myself.

 

石井桃子訳: ぼくは、じぶんにきいてるんだぜ、なんだろ、ってね。」

原文      : I ask myself, What?

 

石井桃子訳: 「きみ、きみがなんて返事すると思う?」

原文      : ‘What do you think you’ll answer?’

 

石井桃子訳: 「そりゃ、追いついてみなくちゃ、わからないことだよ。そら、そこを見たまえ。」

原文      : ‘I shall have to wait until catch up with it,’ said Winnie-the-Pooh. ‘Now, look there.’

 

日本語で読んでいても、この部分のプーの言葉はちょっと変わっています。

でもコブタはそんなプーに慣れているらしく、プーの言い回しに寄り添った質問をしているところが、小気味よいです。原文と並べてみると、意味を変えずに、しかもくどくならないように工夫されているのがわかります。

「きみ」の使われ方から考えると、「が」「は」のような助詞は、日本語表現をきめ細かく、かつ複雑にする原因なのかもしれません。

 

さて、プーに見知らぬ動物の足跡を教えられて、コブタは興奮して言います。

 

石井桃子訳: 「ああ、プー、き、きみ、それ、あ、あ、あのモモンガーだと思う?」

原文      : ‘Oh, Pooh! Do you think it’s a – a – a Woozle?’

 

石井桃子訳: 「かもしれないな。」と、プーは言いました。「ことによると、そうだし、ことによると、そうじゃないな。なにしろ、足跡が相手じゃ、なんともわからないからなあ。」

原文      : ‘It may be,’ said Pooh. ‘Sometimes it is, and sometimes it isn’t. You never can tell with paw-marks.’

 

Sometimes it is, and sometimes it isn’tが、

「ことによると、そうだし、ことによると、そうじゃないな」のは、かっこいいと思います。

目の前に見える事柄を大事にするプーらしい言葉です。直訳すると、「時にはそうであって、時にはそうでない」のように、時間を軸にした表現をしてしまいがちです。

 

なお、Woozle=モモンガーと訳されていますが、辞書を見てもWoozleという言葉はありません。

実在の動物ではないのでしょう。そこで、似ているスペルのWoozyをLexico Dictionariesで調べました。

 

Woozy: [ADJECTIVE] Unsteady, dizzy, or dazed.

 

雪の中を「ふらふら歩いている」動物というニュアンスなのかもしれません。

 

ちなみに、さらに小さい足跡を見つけたとき、それはWiizle=ミミンガーかもしれないとプーが言います。もちろんこれも辞書には無くて、音の響きが似ているのはweasel(イタチ)です。でもプーの物語にイタチはでてきませんね。

■おじいさんというもの

足跡を追跡しながら、コブタはプーに自分のおじいさんの思い出話をします。でもプーは「おじいさん」が何なのかわかりません。

 

石井桃子訳: プーはプーで、おじいさんというものは、どんなものだろうかとか、

原文      : and Pooh, wondering what a grandfather was like,

 

石井桃子訳: いまふたりが追いかけているのは、二ひきのおじいさんではあるまいかとか、

原文      : and if perhaps this was Two Grandfathers they were after now, and,

 

石井桃子訳: もしそうなら、ぼくも一ぴき家へつれかえって、飼わしてもらってもいいだろうかとか、

原文      : if so, whether he would be allowed to take one home and keep it,

 

石井桃子訳: そんなことをかんがえながら追跡したのですが

原文      : and what Christopher Robin would say.

 

最後の訳文では、動詞のwondering(考えながら)が文の結びに置かれています。日本語は結びに動詞が来ることが多いですよね。

また「そうしたらクリストファー・ロビンはどんなに感心してくれるかしらとか」が省略されています。なぜ石井桃子は省略したのでしょう?

私なりの推測ですが、「とか」は3回で充分で、それ以上はうるさくなることと、クリストファー・ロビンとプーがどれほど仲良しであるかは、後でちゃんと出てくるので、この部分を省略しても影響が少ないと考えられたのかもしれません。

 

さて、英語から少し離れますが、この部分のプーの「おじいさんというものは、どんなものだろうか」のくだりは、私にとって、共感できる出来事があったためとても気に入っています。

それは幼稚園に入ってすぐの五月、私は早生まれなので四歳の時のことです。お絵描きの時間に、先生が言いました。「今日は、みんなで《?????(ナゾの言葉)》を描きましょう。」

ここで《?????》と書いたのは、それが私の知らない言葉だったために、全く聞き取れなかったためです。

他のみんなはすぐに、勢いよく自分の画用紙に描きはじめたのですが、私は困ってしまいました。

仕方なく隣の子に「何を描けばいいの?」と聞くと、「そりゃ、《?????》でしょ?」と言われて、少なからずショックを受けました。みんなが知っている、《?????》を、私は何も知らなかったのです。

先生に訴えようとしても、同じです。何が分からないのかを先生に伝えられません。尋ねるためには、「《?????》ってなあに?」と言わなければなりませんが、全く知らない言葉を言うことはできなかったのです。

仕方なく他の子の絵を眺めましたが、当然ながらみんなが何を描いているのか分かりません。困り果てて白い画用紙を前にして固まっていたら、先生がやってきて、何でもいいから描きなさいとおっしゃるので、当時、気に入っていた物語の女の子を描きました。

数日後、みんなの絵が壁いっぱいに貼られて、自分の絵だけ全く違っていて、「みんな」には自分が含まれていないと思い知りました。近所の友達が女の子ばかりだったから、分からなかったのかもしれません。

もうお察しいただけたでしょうか。《?????》とは「こいのぼり」です。

 

■世界第一のクマ

さて、プーとコブタに戻りましょう。

増えてゆく足跡を前にして、プーとコブタは怖くなってきました。ちょうどその時、二人は近くの木に登っていたクリストファー・ロビンに気がつきます。それをきっかけにコブタは急用を思い出して家に帰ってしまいます。

クリストファー・ロビンは木から降りてきて、プーに、とある指摘をします。

ついに真実を知ったプーは、ひどく恥じ入ります。

 

石井桃子訳: 「ぼくは、とっても頭のわるいクマなんだ」

原文      : ”and I am a Bear of No Brain at All.’

 

石井桃子訳: 「きみは、世界第一のクマさ。」クリストファー・ロビンが、なぐさめがおに言いました。

原文      : ‘You’re the Best Bear in All the World,’ said Christopher Robin soothingly.

 

石井桃子訳: 「そうかしら?」と、プーはすこし元気になり、それから、きゅうに元気いっぱいになると、

原文      : ‘Am I?’ said Pooh hopefully. And then he brightened up suddenly.

 

プーのどこが世界第一であるかを、はっきり言わないで慰めるのがクリストファー・ロビンの優しさだろうか、と子供心に感じていました。でも、大人になって読み返せば、がっかりすることがあっても、いつまでもくよくよしないプーの態度が、世界第一なのだなと納得します。

 

プーの態度の世界第一を確認するために、<brighten>をLexico Dictionariesで調べました。

 

brighten: [VERB]

1. Make or become more light.

1.1 with object Make (something) more attractively colourful.

1.2 Make or become happier and more cheerful.

 

クリストファー・ロビンに慰めてもらえば、すぐに幸福で陽気になれるところが、プーの世界第一なんですね。

 

終わりに

意訳して似合う日本語へあてはめること(トオリヌケ・キンジロウ)、辞書に存在しない単語を訳すこと(Woozle)、長い原文のどの部分を省略するかを学びました。

 

特にこの3章は、とても繊細で怖がりなコブタの精一杯の虚勢と、そんなコブタの本心に気がつかないプーとの対比が面白さの一つです。よろしかったらぜひ読んでみてください。