クリストファー・ロビンの王国(2) 執筆者:水野美和子

クリストファー・ロビンの王国(2) 執筆者:水野美和子

 

年号が令和に変わってまだ日の浅い5月のゴールデンウィーク中、古本屋で面白い本を見つけました。

『クマのプーさん スクラップ・ブック』(著者:アン スウェイト/訳者:安達 まみ/出版社:筑摩書房:2000年)といい、クマのプーはもちろん、A・A・ミルンやその息子のクリストファー・ミルンに関する写真や短い新聞記事などが集められていて、とても楽しい本です。

 

この本の97頁に、クリストファー・ミルンと動物園のクマ・ウィニーとの写真が載っています。

岩波少年文庫の『クマのプーさん』の序文に、クリストファー・ロビンが、動物園のクマと抱き合うエピソードがあります。でもまさか、動物園のクマと一般人の子供が触れ合うなんて信じられなくて、ここはA・A・ミルンの創作…とばかり思っていました。

この写真のとおり、クリストファー・ミルン、つまり『クマのプーさん』に登場するクリストファー・ロビンのモデルだった男の子は、とても安心した表情でクマと触れ合っていますね。

この本によるとクリストファー・ミルンは、売れっ子作家だったA・A・ミルンの息子として、幼い頃から何度も新聞に写真入りで載っていたようです。

 

アン・スウェイトは、1990年にA・A・ミルンの伝記を出版した後、その膨大な資料をもとにして、この素敵な本を創りました。

なお、ミルンの伝記は、特にプーとクリストファー・ロビンに関わる重要な部分を取り出して『グッバイ・クリストファー・ロビン 「クマのプーさん」の知られざる真実』(著者:アン・スウェイト/訳者:山内玲子・田中美保子/出版社:国書刊行会:2018年)として出版されています。

近いうちに読んでみたいです。

 

では今月も『クマのプーさん』(著者:A.A.ミルン/訳者:石井桃子/出版社:岩波書店/出版年:1957年)と原書の比較読みをします。

 

【2章:プーがお客にいって、動きのとれなくなるお話/Chapter Two in which Pooh goes visiting and gets into a tight place】

 

あらすじ:

・プーは森を歩くうち、ウサギの家の前に来て、訪問します。

・11時のお茶を沢山いただいて、ウサギの家の玄関(穴)にはまってそのまま動けなくなります。

・一週間の絶食の後、クリストファー・ロビン達に引っ張り出してもらいます。

 

■Stoutness Exercise=やせる体操?

朝、プーは家で体操をしていました。その体操というのが…

 

石井桃子訳:

ちょうどその朝、鏡のまえで、いつもの「やせる体操」をやっていた時なんですが、
みじかい歌がひとつできたのです。

 

原文:

He had made up a little hum that very morning,
as he was doing his Stoutness Exercises in front of the glass.

 

<stoutness>って、なんだか「痩せる」よりももっと強そうな感じがしませんか?strongに響きが似ているからかしら。Oxford onlineで調べました。

1.The quality of being fat or of heavy build.

2.The quality of being strong and thick.

 

上記、2つ目の意味から、Stoutness Exercisesは「太った人向けの運動」よりも、「頑強な身体づくりの体操」あたりが正確なようです。

とはいえ、このあとのプーは太りすぎが原因で穴に詰まるわけですから、「やせる体操」と訳すのは絶妙に合っていますね。

 

■翻訳する順番

歌を歌いながら森を行くプーが、あれやこれやを考えている場面です。

翻訳されている順番を確認するために、番号を振りました。

 

原文:

①he was humming this hum to himself,

②and walking gaily along,

③wondering what everybody else was doing,

④and what it felt like,

⑤being somebody else,

 

石井桃子訳:

①この歌をひとりでうたいながら、

③ほかのひとは、みんないま、なにしてるだろうな、

⑤いったい、ほかのひとになるなんて、

④どんな気もちがするものだろうな、などと考えながら、

②陽気な調子で歩いているうちに、

 

英語は、歌う→歩く→考える の順番で書かれています。

プーの動作を列挙して、それからプーの思考を列挙しています。

一方、日本語は、歌う→考える→歩く という順番になっているのが気になりました。

 

はじめからプーは、歌いながら歩いているので、どちらかというと英語の順番のほうが正確かもしれません。

そう思って試しに、訳文を振った番号通り①から⑤まで読んでみると、意味は通りますが、プーが気ままにのんびりと歩いている雰囲気がなくなってしまうことに気が付きました。翻訳する順番は大事ですね。

 

それでは原文がプーののんびりした雰囲気をどのように表現しているのかと考えると、カンマを多用して、ぽつんぽつんと続いているところで表現しているのだと思います。

 

■プーが無我夢中でもりもり食べた場面で、

ウサギの家にお邪魔したプー。ウサギから「なにか一口どう?」と聞かれて、そりゃもう食いしん坊ですから、非常に喜びます。そしてそれから・・・という場面です。

ここは子供の頃に、ちょっとわかりにくくて気になった箇所です。

 

石井桃子訳:

「でも、どうか、パンなんかには、おかまいなく。」と、つけたしておきました。

それから、プーは、長いこと、なんにも言いませんでした…が、やがて、なんだか、くちゃくちゃした声で、

鼻歌を歌いながら立ち上がると、

 

原文:

‘But don’t bother about the bread please.’

And for a long time after that he said nothing…until at last,

humming to himself in a rather sticky voice, he got up,

 

同じ個所を、新訳の阿川佐和子訳『ウィニー・ザ・プー』(新潮社/2014年)で確認しました。

 

阿川佐和子訳:

「でもどうか、パンのことなんか、お気遣いなく」

そして、食べることだけに集中した時間がしばらく続いたあと、とうとうプーは、

口をもぐもぐさせながら歌を口ずさんで立ち上がり、

 

阿川佐和子訳は、「プーが食べたあと」ときっちり説明してくれています。

どうやら<after that he said nothing>をどのように訳すかどうか、がポイントのようです。

石井桃子は作者がサラリと書いているので、サラリと訳されたのでしょうか。

 

■Hallo はあいさつだけじゃない

玄関がふさがっていたので、ウサギは裏口から外に出てプーの前へ行って、話しかけます。

 

原文:

’Hallo, are you stuck?’.

 

石井桃子訳:

「やあ、きみ、出られなくなっちゃったのかね?」

 

Halloは、Helloと同じ意味のようです。

でも、ついさっきまで一緒にお茶をしていたプーに向かって、「こんにちは」はなんだか変です。

そこで、<Hallo>=<Hello>をOxford onlineで調べました。

複数ある意味のうちで、

・Used to express surprise.

が、一番合いそうです。<Hallo>は、挨拶だけではなくて、驚きを表す言葉だったのですね。

 

■Carelessly は「不注意で」?

「出られなくなっちゃったのかね?」と、ウサギに恥ずかしいところを指摘されたプーは、とっさに何でもないふりをします。

 

原文:

’N-no,’ said Pooh carelessly. ‘Just resting and thinking and humming to myself.’.

 

石井桃子訳:

「うーうん。」プーは、なんでもなげに言って、

「ちょっとひと休みして、かんがえごとして、歌うたってるんだよ。」

 

訳語の「なんでもなげに」が気になって、<carelessly>をOxford onlineで調べました。

・In a casual or reckless way; inattentively.

reckless=無謀な の意味では「ケアレス」という日本語でも使うことがありますが、

casual=呑気・さりげない の意味もあったのですね。

 

■いやだ=hate?

出られなくなっちゃったプーのため、ウサギはクリストファー・ロビンを呼びに行きます。クリストファー・ロビンは森に住むみんなに頼りにされていますね。

やってきたクリストファー・ロビンに、プーはこう訴えます。

 

石井桃子訳:

「ぼくねぇ。」と、クマくんは、かるく鼻をすすりました。

「ウサギが、もうこれっきり、玄関つかえなくなっちゃうんじゃないかって、かんがえはじめてたんです。

そんなことになるの、ぼく、いやだもの。」

 

原文:

’I was just beginning to think,’ said Bear, sniffing slightly,

‘that Rabbit might never be able to use his front door again.

And I should hate that, ‘ he said.

 

訳語の「いやだ」が気になって、<hate>をOxford onlineで調べました。

Used politely to express one’s regret or embarrassment at doing something.

「遺憾・当惑」を丁寧に表明する言葉が、幼い子供の「いやだ」という言葉になる、と納得です。

 

■タオルかけ=towel-horse

一週間はこのままウサギの玄関から出られない、と決まったプーへ、ウサギがこう尋ねます。

 

石井桃子訳:

―きみの後足、タオルかけに使わしてもらっちゃいけないかしら。

 

原文:

―do you mind if I use your back legs as a towel-horse?

 

なぜ<タオルかけ>の英語<towel-horse>に「馬」が含まれているのでしょう?

 

<horse>をOxford onlineで調べました。

A frame or structure on which something is mounted or supported, especially a sawhorse.

台のことを馬と呼ぶようです。

ちなみに上記中の<sawhorse>は木挽き台という四つ足で踏ん張る形の台で、これも確かに馬っぽい形をしています。

 

しっかりした支えになる台を英語圏で<horse>と呼ぶのは、馬が身近にあって、そういう存在だったからですよね。ならば<台>という漢字は何を示していたのでしょうか。

そこで、『新潮日本語漢字辞典』で、「台」を調べました。

それによると、「台」の意味をもともと持っていたのは、(うてな)でした。台と臺は、別々の漢字でしたが、音が似ていることから、台が借用されたのです。

臺は、<高+至>で、<高>下部がアーチ形をなす楼門式の建物、<至>は矢を放って占地し、そこに建物を営む意。とあります。「物を持ち上げて支える」よりも「高所」の意味合いが強いですね。

 

馬への親しみから生まれた<towel-horse>と言う言葉と、「台」の意味を持っていた「臺」という漢字の書きにくさから、英語は漢字よりも多様な階層で使われていて、一方、漢字は技能や地位を持つ人々限定で使われていたのだろうとうと思います。

 

今回のまとめ

比較的やさしいはずの単語(hello, horse, hate, carelessly)には、意外な意味があることがわかりました。短い話でしたが原書と並べると、発見が沢山あって面白かったです。

 

特に2章は、礼儀正しすぎるウサギと、素直で食いしん坊なプーの、かみ合わない対話がとても可笑しいので、よろしかったらぜひ読んでみてください。