執筆依頼とバートルビー 執筆者:中村優子

 2月のある日、柴田先生からメールが届きました。私は一昨年の夏に「英文精読ゼミ」を修了し、その後も勉強会等のご連絡はいただいていたものの、なかなか出席できておらずすっかりごぶさた。何かしらと思いメールを読んでみれば、ブログの執筆をお願いしたいとのことでした。かつて同じゼミを受講していた流浪の会計士さんが昨年担当されていたということもあり、たまにブログを覗いてはいたのですが、ご執筆者のみなさまたいへんなインテリで、執筆お引き受けには尻込みいたしました。
 そのころの私の胸中には、ある有名な一節が浮かんでいました。

 "I would prefer not to."

 ご存じの方も多いかと思いますが、これは、米国の作家ハーマン・メイヴィルの『バートルビー』の作中で、主人公バートルビーから何度も繰り返し発せられるセリフです。代書人(コピー機がない時代の書類作成者といった仕事でしょうか)として雇われたバートルビーは、初めのころこそ実直に働いていたものの、いつしか雇用主の指示に対し、このことばで答えるように。「しないほうがいいのですが」(高桑和巳による訳)と、ありとあらゆることを「しないほうがいい」から拒むバートルビーは生命活動に必要なものまでもを拒否するようになっていく、という内容です。
 日本語訳で読んだときには、ほんの数時間で読み終え、「なんだか味気ないな」という感想をもったのですが、「この長さなら英語でも取り組めるかも」と、英語で読むことを思いたちました。ところが蓋を開けてみれば、19世紀に書かれたこの文章、知らない単語や宗教に由来する表現、辞書で(古)と但書される助動詞などが並び、たいへんに苦戦。辞書首っ引きで読んでいました。しかし、バートルビーの慇懃な態度、雇用主の描かれざる孤独、荒くれ者の同僚とのコントラストなど、日本語で読み流してしまっていたようなところで立ち止まり思いをはせることができ、たいへん満足な読書となったのです。

 さてブログの執筆について、できればやりたくない、「I would prefer not to.」と答えたい、だが果たしてそれでよいものか? と考えました。もともと先に述べた読書体験で骨を折ったことから、「もっと楽に英語の文章を読んでいけるようになりたい」と思うようになり、柴田先生の教室を受講する決意をしたのです。積極的な意欲です。これを考えれば、非バートルビー的な態度で運命に臨むしかなかろうと、ブログ執筆を受諾した次第です。

 実際にはそんな大げさな話でもないですが、ちょっと躊躇してしまうことでも、一度バートルビーのことを考えて、やってみるように転化することが実際に多くなった気がします。ちなみにメイヴィルはやはり『白鯨』が有名ですが未読。本年中にせめて日本語で読みたいものです。英語では…? ブログのネタにもなりますので、『白鯨』は無理ですが何か読もうかな、と。それではみなさま、一年間どうぞお付き合いください。お引き受けしたからにはがんばります。よろしくお願いいたします。