イタリア文学  執筆者 日々わくわく子(時々翻訳者)

図書館で偶然手に取った、イタリアの19世紀の小説「いいなづけ―17世紀ミラーノの物語」というタイトルの本。著者はアレッサンドロ・マンゾーニという国民作家、ミラノの貴族で、イタリア統一の精神的指導者でもあったそうだ。この本はイタリアではダンテの「神曲」とならぶ国民文学でイタリアの高校生が必修で読む本だそうだ。漱石の「坊ちゃん」あたりに当たるのかもしれない。イタリア文学はあまり読んだことがないし、全て始めて聞くことだらけで、好奇心から読んでみることにした。
筋はいたってシンプルだ。17世紀の当時のイタリアは統一されていなくて、この物語の舞台もスペイン領のミラーノである。ある村に婚約中のカップルの男女がいたが、様々の妨害にあって離れ離れになってしまう。が、最後はめでたしめでたしで結婚式を挙げる。ここにいたるまでの紆余曲折が文庫本三巻に盛り込まれる。登場人物として、このカップル以外にも、地元の悪党領主、臆病者の司祭、善意のかたまりの様な神父、腹黒い尼僧、もう一人の悪党、そして偉大な枢機卿などなど、個性的な善人、悪人のオンパレードで読む者をあきさせない。悪人が出て来るとはらはらし、そこへ善人の神父や枢機卿が現われて彼らに宗教的説諭で対処して行く。さすがに背景にある宗教文化の強さを感じた。特にインノミナートという悪党が、枢機卿の前で自らの悪行を懺悔し改心する場面や、枢機卿がそれに許しを与える場面には心を打たれた。
また、当時の人々の暮しの様子、食生活にも興味を引かれた。中でも、飢饉のために、パンの原料小麦粉をめぐる暴動の場面があったが、日本でも米騒動が歴史上幾度か起きていることを思い出した。 さらにこの物語の中で圧巻なのは、ペストの猛威の場面だった。ヨーロッパの歴史上ペストは何回も起きたとは聞いていたが、ここまで詳細については知らなかった。ペストに罹った人々は、収容所のような場所に連れて行かれる。おびただしい死者の数、毎日何千人もの人々が亡くなって行く。、それらの死骸が積み上げられて墓場に運ばれて行く描写は、いつの世も変わりない、戦争、災害、飢饉で犠牲となる人間の悲惨さで胸が痛んだ。当時、ペストについての流言飛語があったようで、人々はペストの毒を塗って病気を広めている「塗屋(ぬりや)」が存在すると信じており、医者がそういう陰謀めいたことはありえないと主張すると、頭が固いと非難されたばかりか塗屋の一味と疑われたと書かれている。人間は災害などで不安になると、妄想を現実のことだと信じるようになる。これは今の時代にも起きたりすることではないか。登場人物はもちろんこのペストの猛威に翻弄される。主人公のカップル、レンツォとルチーアは幸いにも生き延びて最終的に結ばれるが、悪党領主ロドリーゴは命を落とす。
こうして結末は勧善懲悪のファンタジーで閉じられる。物語全体は宗教観、歴史描写で内容が豊かであり、また小説にはめずらしく挿絵があり、視覚的イメージが拡がって面白かった。読み応えのある、17世紀のイタリアについて知ることができてよかったと思うが、日本でほとんど知られていないのが残念な気がする。平川祐弘氏の訳が素晴らしかった。