同窓会にいってみて 執筆者:プレーイングマネージャー

 大学を卒業してウン十年の節目となるこの正月にはじめての同窓会があり、大学時代を過ごした三重県に行ってまいりました。実は卒業後も家族を伴って松阪、伊勢、鳥羽には何回か旅行したことがありましたが、一人で電車で津に降り立ったのは卒業後以来でした。津は名古屋から近鉄特急でおよそ50分程度の距離です。津駅には駅直結のホテルもできており、駅前に昔はなかったビジネスホテルも何個か新しいものが建っていました。駅の北口に行ってみると、「津名物 炭焼うなぎ」の文字が目に飛び込んできました。何回かは利用したことがあるうなぎ専門店ですが、学生のころには食事に1000円以上をかけるなんてほとんどできない贅沢だったため、記憶もおぼろげでしかありませんでした。
 着いたのは早い夕方でしたが、夜の宴会までまだ時間があったので、その店で早速名物のうな丼を食してみました。関東風と違い蒸さずに焼き上げるため、とても香ばしいのが特徴です。関東風のふわとろの食感に慣れていると少々硬いぱりっとした食感に少し戸惑われるかも知れませんが、焼き魚を食べていると実感できます。関東風は背開き、関西風は腹開きと捌き方にも大きな違いがあり、愛知県と静岡県の県境あたりで文化が変わるようです。
 学生時代、同級生から「実は津はうなぎが有名なんだ」と聞かされたことがあります。
もちろん、当時はそんなことは全く意識せずに過ごしていました。
そもそも津ってうなぎが有名なの? この拙文を読まれている多くの方が持たれた疑問でしょう。
 実は津には第二次世界大戦前後のころが最盛期で養鰻業者が大勢いたものの、伊勢湾台風による大打撃や九州などの新興勢力との競争に勝てなかったことが原因で衰退してしまったそうです。今では県別のうなぎ生産高は5位ですが、1位の鹿児島のわずか1/25ほどしかありません。ですが、その名残で津市内にはうなぎ専門店が20数件あります。人口28万程度の市のわりには多いと思います。少し古いデータですが、平成17年の総務省統計で、県庁所在地の人口一人当たりのうなぎ消費量(支出金額)が全国1位になったこともあるほど、地元民から深く愛され、日常的に食されている食材と言えます。
 思い起こせば、大学時代の部活の節目に行う新歓コンパや卒業生の追い出しコンパ、OB会といった宴会は、確かに広いお座敷のあるうなぎ料理店で行うことがよくありました。そもそもそんな文化は東京にはありませんし、東京のうなぎ屋さんでそんな宴会をやったらお金がいくらかかるのか恐ろしい感じがしますが、津のうなぎはかなりリーズナブルなため、懐事情の寂しい学生でも大丈夫でした。
 ところで、肝心の同窓会は3次会までありましたが、私は2次会までの参加でした。
卒業以来初めて会う面々も多く、とても新鮮でした。卒業してそのまま三重で仕事をしている者、地元に戻った者といろいろですが、それぞれが自分の与えられた場でしっかり頑張っているんだなぁ、ととてもよい刺激を受けました。
 今は、医学部専門課程が2年次から始まるところが多いようですが、私どもの頃は、最初の2年間は一般教養課程で、他の4年生大学の学生と大きく変わらない授業を受け、3年生から専門課程が始まりました。多くは座学でしたが、実習もあり、基礎医学実習の中でも解剖学実習と、5年後半から始まる臨床実習が特に印象に残っています。解剖学実習は医師を志す者にとって初めて触れる専門実習で、いろいろな点で衝撃を受けました。最初のうちは慣れないし、つらいことが多かったのですが、よくできる同級生をお手本にして実習を進めていました。もちろん指導教官と助手の先生はいらっしゃいますので、質問には答えてくださいます。臨床実習では6人程度でひとつのグループを作り、大学病院や県内の関連病院の内科系、外科系すべての診療科をローテーションしながら約1年間実習しました。国家試験の勉強もそのグループのみんなで一緒にわいわい言いながらやりました。学生のときに学んだことの多くは忘れてしまったり、知識としても古びたものになってしまっていて、実際のところは医師として働きはじめてから得た知識をもとに仕事をしていますが、同じ志を持つよい仲間がいたからこそ皆で協力して頑張って卒業でき、今があるのだと振り返ってみてしみじみと思います。