映画のはなし 執筆者:Penny(翻訳ジム修了生)

 先日、字幕翻訳者の岡田壮平さんの講義をきく機会があった。その中で、ビデオ、DVDやネット配信などメディアの進化に伴い、翻訳需要にも変化が起きているというお話があった。今回のブログでは鑑賞する側から、映画の話をしたいと思う。
 中学生の頃、母が借りてきたアルカトラズ島が舞台の『ザ・ロック』をなぜか幾夜かに分けて観たのを覚えている。お風呂から上がった平日の夜の遅い時間帯で、だから一晩で観きれなかったのだと思うけれど、それまで映画は最初から最後まで通して観るものだと思っていたこともあって、20年も経った今でもよく覚えている。
 中学生の頃は週末に友達と映画を観に行くこともよくあった。ある日いつも通り朝からモノレールに乗って六甲アイランドの映画館にロビン・ウィリアムズ主演の『奇蹟の輝き』を観にいったら、私たち二人組以外には、最初から最後まで居眠りをしているおじさんともう一人しかいなかった。ストーリーは10代半ばで理解するには難解だったけれど、油絵タッチのCGの色の洪水のような豊かすぎる色彩に圧倒されたことを何かにつけて思い出す。それと同時に、デザインの仕事をしていた時に上司が「映画の中には、完璧なシーンがあるからどれだけ忙しくても必ず週に一本は観るようにしている」と言っていたことも忘れられない。上司が言っていたのは、『奇跡の輝き』の天国のような非現実的なシーンでないことは承知しているけれど。         
 レイトショーも好きだった。高校を卒業した友人たちが運転できるようになると、帰省の際に連れて行ってもらっていた。レイトショーで何を観たかはあまり記憶に残っていなくて、いつもより強くポップコーンの匂いが漂っている気がする映画館そのものが好きだった。
 飛行機の中で観る映画もたまらなく好きで、まだ各座席にスクリーンが付いているのが一般的ではなかった頃、機内で流れていた『あの頃ペニー・レインと』を観て、ケイト・ハドソンに恋をして、ペンを借りて名前をメモした。
 10代最後の数年は、提出期限が迫っているか、すでに過ぎている課題を仕上げるために、家族が寝静まったあとダイニングテーブルに製図板を載せて図面を描く時、ほぼいつも映画を流していた。好きな映画トップ10には入る『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』に出会ったのもあの頃だった。
 面白くなかったら一緒に行った人に申し訳ないし、面白かったら面白かったで、その空気をそのまま持続させたいからという理由から、一人で映画館に通うようになったのもその頃だったと思う。
 大学生の頃は、レンタル落ちの DVDが叩き売りされているのを買ったり、メルボルンで毎年8月に開催される国際映画祭に通ったり、映画とナイトピクニックを楽しむイベント、ムーンライト・シネマにも行った。
 特にここ1年ほどNetflixやAmazon Primeでいつでも気軽に映画を観られるようになった反面、以前より映画館に行く機会が減って、レンタルすることもほとんどなくなって、映画に対する欲や楽しみや、集中して向き合う気持ち自体が減ってきているような気がしていた。でもこうやってごく個人的な映画に関する思い出を書きだしみると、時間や場所やメディアが違っても、映画自体が与えてくれる変わらないものが必ずあって、それを楽しんでいきたいと思えた。2019年は色々な意味で出不精を解消できる一年にしたい、とここで唐突な抱負を押し込んで、今年のブログを書き終えたい。


2012年moonlight cinemaにて