坐禅体験 執筆者:プレーイングマネージャー

 先日夏休みをいただくことができたので、家族旅行に行ってきました。家族内で行きたいところの希望は全く揃いませんでしたが(笑)、今回は近畿地方に行ってきました。なかでも比叡山延暦寺で行った坐禅体験が興味深かったです。
 延暦寺は最澄(伝教大師)が788年に開かれたお寺で、比叡山そのものがお寺という非常に大きな規模のお寺です。延暦寺という寺はなく、比叡山にあるすべての堂塔伽藍の総称です。山内は東塔、西塔、横川というエリアに分かれていて、一通りまわるだけで半日かかるため、今回は東塔にあるメインの根本中堂を中心にお参りしてきました。そして延暦寺会館という宿坊に宿泊し、そこで坐禅体験を行いました。
 坐禅の基本精神は調身調息調心です。その字の通り、姿勢を調え、呼吸を調え、心を調えることです。
 まず座布団の前半分に腰かけ、あぐらをかきます。あぐらをかいたうち片方の足の甲をもう片方の足の太ももに乗せます(半跏趺坐)。ですので、お尻だけが座布団に乗り、両膝下の部分は畳に触れている状態になります。両手は親指以外の4本の指を揃えて右手を下、その上に左手を重ねて、両方の親指をあわせてやさしく卵を抱くようにお腹の前で楕円を形作ります(定印)。このようにあぐらをかくと自然と背筋が伸びるのですが、頭で天井を上に押し上げるイメージで背筋をピンと張ります。目は閉じずに半眼で視線を少し落としておよそ1m先をみます。
 呼吸は字の通りに息をまず吐いてから、吸うようにします。呼吸の音はできるだけ立てないように言われます。
 最後に何も考えずに、ただ息を吐いて吸う、その回数を一から順に数えていくよう指示されます。このようにして心を調える方法を数息観(すそくかん)と呼ぶそうです。途中で数がわからなくなってしまったらまた一から順に。百まで数えることができたらまた一からに戻って数えなおす。私は三十くらいでわからなくなってしまったのでまた一からに何回か戻ったりして、百まで数えることはできませんでした。ただ必ずしも大きな数字でなければいけないわけではなく、十まで数えたらまた一からに戻るというように、少ないユニットを反復してもよいと言われました。
 一般の方は、「坐禅」=「棒で叩かれる」というイメージを持たれていると思いますが、最後に合図があり、禅杖と呼ばれる棒で背中を叩かれます。
 合図のあと両方の二の腕を抱くようにして前傾姿勢をとったところで、両方の背中を三回ずつ禅杖で叩かれます。私は、坐禅中に邪念が入った人を説教するために棒で叩くようなイメージを持っていたのですが、そうではなく身体の凝りをほぐすマッサージのような役割だと教わりました。
 今回は坐禅体験だったので、時間で区切られて順に禅杖で叩かれますが、実際には、眠くなるとお腹の前で合わせている親指が離れてきたり、雑念が入ってくると親指がくるくると遊ぶようになるので、そういうタイミングを見計らって禅杖で叩かれるようです。
 最後に説法を聞いて終わりになります。坐禅を通して心の中にいるもう一人の自分自身と向き合うことが目的で、前述した数息観でも呼吸の数を数えるときに、数がわからなくなったら一から戻ってきちっと数を数えなおさずに、例えば二十回過ぎたところでわからなくなったから二十から数えなおした人がいたとしたら、それはそういういい加減な自分がもう一人の自分として存在しているという気づきになるのだ、という内容でした。
 体験は1時間でしたが、坐禅自体は正味20分ほどでした。自分にはわりと短く感じました。僧侶は自宅でも坐禅はできるとおっしゃっていましたが、薄暗い静寂な畳敷きの大広間で、独特なお香が焚かれている中で行う坐禅はやはり特別なものでした。またいつもの時間に追われる日常に戻ってくると、非常にリラックスして集中して行える環境はなかなか無いと痛感します。