『幸せなひとりぼっち』 執筆者:Penny(翻訳ジム修了生)

 先週末Netflixで、『幸せなひとりぼっち』を観た。日本では、2016年に公開されたスウェーデンの小説家フレドリック・バックマンのデビュー作をもとに作られた映画で、愛する妻に先立たれ、長年勤めた仕事も失い、ひとりで暮らす頑固で偏屈な59歳の男、オーヴェが近所に越してきた、ある家族との交流をきっかけに変わっていく姿をユーモラスに描いた作品だ。観終わって一番初めに頭に浮かんだのは、タイトルがおかしい…だった。この映画のテーマに、「幸せ」と「ひとりぼっち」があることは間違いないけれど、その形で組み合わせるのには、無理を感じさせるストーリーだったからだ。そこで原題を調べると『En man som heter Ove』だった。直訳すると「オーヴェという男」だ。ああ、またか、と思った。キャッチーな邦題に違和感を覚えて、原題を知るとシンプルで内容に沿ったタイトルに納得するなんてことはよくある話だ。でもただ責めることは出来ない。
 そもそもこの映画について知ったのは、公開前に小説が本屋で平積みされているのを見かけて、手にとったからだった。その時、私の片手にはすでに谷川 俊太郎さんのエッセイ『ひとり暮らし』が握られていた。本を選ぶ時に別に決めた訳でもなく、同じキーワードの入ったタイトルのものを複数買う癖がある。先月も6月末に閉店が決まっていた青山ブックセンターで、『熊楠と猫』と仁木悦子さんの『赤い猫』を買った。これは両方、猫に関連本コーナーに並べられていたので、自分から探し求めたからではないけれど、『幸せなひとりぼっち』と『ひとり暮らし』に関しては、全く離れたコーナーにあった2冊のタイトルに惹かれて選んだのは確かだ。つまり、違った邦題がつけられていたら、手に取ってもいなければ、映画についても知らなかった可能性がとても高いということになる。
 買っておきながらまだ読んでいなかった小説を、映画を観てから開くと、39章のタイトルがすべて「オーヴェという男と」で始まっていた。「オーヴェという男と、ずかずかはいってくる人間」というように。『オーヴェという男』という原題もこれでこそ生きてくる。
 最後に、訳者の坂本あおいさんが、あとがきに日本でも翻訳本が出るとの前後して公開が予定されていることと、『幸せなひとりぼっち』というのは、この映画に合わせて付けられたタイトルだ、と記していることも書いておく。