野球の話題  執筆者:プレーイングマネージャー

 突然ですが、英語に関係なく野球の話題について少し触れたいと思います。
 いよいよ今年もメジャーリーグ、日本プロ野球とも開幕して一か月あまりがたちました。最近の野球に関する話題は、ポスティング制度を利用して今年北海道日本ハムファイターズからメジャーリーグのロサンゼルス・エンゼルスに移籍した大谷翔平選手で持ちきりでしたので、野球に全く興味のない方でも、連日のように名前が報道されていましたのでご存じの方も多いことと思います。
 大谷選手は花巻東高校時代から注目を集めていた逸材で、高校3年の夏の甲子園の予選岩手県大会では、高校生でありながら球速160km/hを計測し(アマチュア史上最速)、周囲の度肝を抜きました。その後前人未到の二刀流選手(投手と打撃がメインの野手を兼任して行うこと)として花開くわけですが、やはり彼の魅力はその剛速球にあると私は思います。しかし最近のニュースによると、打球の飛距離も並みいるメジャーリーグの強豪打者にも引けを取らないそうで、既に夏のオールスターゲーム前日に行われるホームラン競争に出場するのではと噂されているそうです。途轍もない身体能力の持ち主です。テレビである芸人が語っていましたが、投げればバットにかすりもしない剛速球、打てばホームランというのはまさに野球の漫画に出てくるヒーローの話で、おおよそ現実世界のこととは思えない、と。まさしく同感です。
 野茂投手、イチロー選手の活躍があり、今でこそ日本人選手がメジャーで活躍することはごく身近なことになりましたが、ほんの20数年前までは考えられませんでした。小さいころオフシーズンに来日したメジャー選抜チームと日米野球という催し物があり、何度かテレビで観戦したことを覚えていますが、何かのチャンピオンシップをかけて闘っているわけではなく実力差が歴然としているように見えて、子供心にもあまり面白い試合ではありませんでした。そもそも当時は巨人の試合しかテレビ中継されていない時代。メジャーリーグの選手の映像もほとんど見たこともなければ、名前だってろくに知りませんでした。
 ここまで皆の注目を一身に集めている大谷選手ですが、もし運命の糸が少しでもつながらなかったらこれほどまでに大きな存在にはなっていなかったと言っても過言ではありません。彼は高校卒業後直接メジャーリーグに挑戦するため、日本のプロ野球にはドラフト会議で指名されても入団しないと宣言していました。もし、はじめから日本国内のプロ野球志望を表明していたならば、当然多数の球団が競合し、結果違う球団に指名され、その球団、指導者によっては二刀流などという一般からすると非常識な挑戦は理解されず、日の目を見なかった可能性も十分にありました。
 覚えておられる方も多いと思いますが、日本ハム入団に至るまでを少し振り返ってみたいと思います。日本ハムは前年のドラフトで現在巨人で活躍している菅野投手を指名するもほとんど交渉の席にすら着いてもらえず入団拒否された苦い過去があるにも関わらず(注:菅野投手は1年浪人し、翌年巨人に単独で1位指名され入団する)、翌年には大谷選手を強行指名しました。社運を賭けたドラフト1位指名選手の入団拒否は編成部としても最大の汚点のはずですが、2年連続でそうなるリスクを冒してまで大谷選手の指名を敢行した日本ハムの情熱、信念はそれほどまでに強かったと言えます。編成部の山田GM(ゼネラルマネージャー)の『その年の一番力のある選手を指名する』というブレない姿勢には強い男気を感じます。そしてその入団拒否というリスクを回避したい他球団は当然のように指名を見送り日本ハムが単独で1位指名しました。
 もし、大谷選手の主張をくんで国内球団がどこも指名せず、希望どおり米のプロ野球に進んでいたら、彼はまだマイナーリーグでくすぶっていたかも知れませんし、また例えメジャーリーグに上がれていたとしても、現段階ではここまで注目を集める選手にはなれていなかったかも知れませんし、ましてや二刀流については日本の比ではない厳しい生存競争が繰り広げられる中にあれば契約段階から早々に諦めざるを得なかっただろうと思います。日米の野球の仕組みをご存知ない方のために簡単に説明しますが、そもそも競技人口がアメリカと日本では異なり、ドラフト会議は日本では1日、3時間かけて最大120名を指名しますが、アメリカでは3日間も開催され、最大1200名を指名するそうです。日本では球団数は12球団で、各球団に1軍と2軍があり全体で70名であるのに対して(さらに育成ドラフトで指名された支配下選手枠外で選手を育成する組織である3軍も存在するがここでは省略します)、アメリカは30球団あり、それぞれにメジャー、そしてその下位組織(マイナーリーグと総称する)が7つ存在します。言わば8軍まで存在し、全体で200名を抱えることになります。言葉の壁、食生活などの文化の違いや、1000kmもの距離を夜間バスで移動などという日本では考えられない過酷な環境の中、素質を花開かせるのにもっと時間がかかったかも知れませんし、全て自主性が求められる環境にあって結果を出そうとして焦るあまり故障でその芽が潰えてしまうことだって十分あります。
 結果的には大谷選手ほどの才能があれば直接渡米していても3-5年ののちにはメジャーリーグに昇格していたと思いますが、果たしてメジャーの中で突出した存在になれたかどうかはわかりません。日本ハムは球団としてもドラフト以後の交渉戦術、選手育成においても成功体験を積むことができ、両者にとってWIN-WINの関係であったと言えます。日本プロ野球が米メジャーリーグに行くための単なる下位組織になって欲しくはありませんが、この大谷選手の活躍を見れば、発言を翻して日本球界入りした際に異を唱えた人々もみな手放しに賞賛せざるを得ないでしょう。ぜひ故障には気を付けてシーズンを通じて大活躍して欲しいものです。強行指名後無事契約に漕ぎつけるまでにはいくつものドラマがありましたが、それについてはまた次回に譲ることとします。