読書履歴2017(その1) 日々わくわく子(時々翻訳者)

今年もすでに三分の一が過ぎたというのに、去年読んだ本の話です。夏目漱石についてちょっと書いてみたい。

2014年から2017年にかけて、夏目漱石の没後100年を記念して朝日新聞紙上で何作かが掲載された。最後の「吾輩は猫である」が終わった時、掲載された以外の作品を読んでみようと思った。「行人」、「草枕」、「彼岸過迄」、「道草」、「こころ」と読み進んで、「明暗」を手にした時は、ついに漱石最後の作品に到ったかというある種の感慨があった。それは遠い昔の多分学生の頃、そこまで行き着くのだろうかと思ったからだ。

「明暗」は今回初めて読んだのだが、他の作品と比べて特に心に残った。この漱石の最後の小説について、”三角関係を軸にした濃密な人間ドラマにエゴイズムをえぐり出した未完の絶筆”と朝日のデジタル版に書いてあった。ずいぶんな表現をされているけれど、まさにその通り。他の作品よりもはるかに濃が違うと思った。どろどろとした人間関係の世界。ストーリーは、ある若夫婦とその回りの人々をめぐって展開される。登場人物のほとんどが互いに不信の念を抱き、表面を取り繕って生きている。特に、若夫婦の夫の愛を欲しながら得ることができない妻の姿がせつなくもある。夫には結婚前に恋人がいたが、理由もなく去られてしまった。妻にはそのことを隠して結婚した。そして、夫がその昔の彼女に会いに行ったところで漱石の筆は絶たれている。これから盛り上がりそうなところで… しばし読後感の重さに圧倒されていたら、何と続編があることを知った(!)小説家水村美苗氏の「續明暗」。吃驚して読んだ。漱石の文体をほとんど違和感なく踏襲して書かれている。素晴らしい。話は漱石が絶筆した部分から続き、件の夫は、妻には偽りの理由を告げたままで、かっての恋人が湯治で滞在している温泉地に向かった。そして、彼女と会っていたのだ。何故自分を見捨てたのか迫るために。一方、不審にかられた妻は夫の後を追う。真相をかぎつけたのだ。そして最後のクライマックスが待っている… これ以上のネタバレは控えるとして、筋の展開はさもありなんと大いに溜飲の下がる思いがした。この作品は、1990年芸術選奨新人賞を受賞している。朝日新聞に「明暗」が連載されたのが、1916年(大正5年)。水村氏のこの冒険的な執筆に漱石もさすがに喝采を送ったのではないか。

その昔は「明暗」と言えば「則天去私」と言うキーワードしか知らなかった。その境地の下に書かれたと聞いて、哲学的でむずかしいのかしらんとずっと思っていた。が今回読むにあたり、想像していたのとは違っていた。それこそpage turner的で、人間関係のすさまじさに驚きながら先を読み急いだ。読む時期が今でよかったと思う。複雑な人間心理の模様を、良くも悪くも受け留めることができるからだ。ただ「則天去私」にあたる部分は、もっと先できっと小説が終わったところで感じるものだったのかもしれない。漱石はそれを全て表わしきれずに逝ってしまったので、残念な気がする。もっと若い頃読んでいたら、陰鬱な気分になり面白くなかったかもしれない。同じく「こころ」も今回何十年ぶりかで読んだが、実にみずみずしい感覚を味わった。初めて読んだ時とは印象がまるで違う。昔は文豪漱石の作品を読むことが目的で、何を感じたかなど記憶にない。ちなみに漱石作品の中では「こころ」が一番人気だそうで、私も何故面白いと思うのか、しつこく再度挑戦して考えようかなと思う。

今回漱石の作品を読んで、その文体に魅かれて読んでいるのかもしれないと思った。そしてもっと深く味わえる楽しさを覚えた。上にあげた以外に漱石作品はまだまだ読んでいないものが沢山ある。「虞美人草」「抗夫」「二百十日」「野分」等の小説、そして「硝子戸の中」「夢十夜」もいつか読まなくては。興味は尽きない。