「翻訳ジム」を終えて 執筆者:Penny(翻訳ジム修了生)

皆さま、初めまして。今年度、リレーブログの第4週目を担当させて頂くことになりました。
昨年、本ブログの第2週目を担当していた南條 涼子さんの全日制「翻訳ジム」のクラスメイトです。気づけば、2017年の2月末に翻訳ジムを修了してから1年以上が経ちました。これから1年間ブログを続けていく上で、まずは翻訳ジム修了生であること以外で何か自己紹介を、と思ったのですが、自分でも職業すらわからず躓いてしまいました。
では翻訳ジム修了生として授業内容でも、と思ったのですが、こちらも昨年の4月に南條さんが細かく説明してくださっているので、そちらをご覧いただいた方が良いかと思います。
となると残るは、なぜ翻訳を学ぶことにしたか。17歳からの10年間の半分ほどを国外で過ごしました。帰国後、数年勤めた設計事務所を辞めた時、自分の中に何も残っていないような虚無感を味わいました。学んできたはずの建築、デザイン、語学、それらは、自分の中でごくごく小さな点としてしか存在していないように感じ、その先どうやって食べていくか悩みました。そんな時思いあたったのが、翻訳でした。必然的に英語に触れる機会は多くとも、胸を張って語学が得意だと言える訳でも、文学に造詣が深い訳でもない自分に出来るのかという不安はもちろんありましたが、自分の中にある点と点をつなぎ、いつか建築とデザインを専門とする翻訳者になりたいと思うようになりました。
翻訳ジムに通った1年間は、自分の出来なさに悔しさを感じることや、先生にこんなものを読ませてしまって申し訳ないと情けなく思うことはあれ、とても楽しい日々でした。特に後半のノンフィクションは、課題が子供のころから好きなロアルド・ダールだったこともあり、あっという間に終わってしまった気がします。
それから1年の間に、翻訳に関わる中で感じたのは、先生に伴走していただいて翻訳ジムの1年を走りきったと思っていたのは、とんだ思い上がりだったということです。子供のころ補助輪を外して自転車に乗れるようになるように、親や兄弟に荷台の端を持って支えてもらったことがある人は多いのではないでしょうか。いつのまにか知らない間に支える手を離されていても、まっすぐ進めるようになっていて乗れるようになる。私がこの1年で感じたのはその真逆で、自分で漕いで進んでいたと思っていたのは、しっかりと支えがあったからこそのものでした。
何も有益な情報を組み込むことができずに、今月のブログを終わらせてしまうことを心苦しく思いますが、今月はひとまずここまでにして、次回以降の課題にしたいと思います。