多彩な日々を過ごしていくための決意 執筆者:南條 涼子(翻訳ジム修了生)

アルゼンチンタンゴを始めて、早7年になります(といっても、真面目に練習してきた期間はその半分にも満たないのですが)。アルゼンチンタンゴとは、ペアダンスの一種で、1880年頃にブエノスアイレスの移民たちが酒場で踊り始めたことから生まれたと言われています。イギリスを中心に発展した一般的な社交ダンスとは一味違い、男女がアブラッソ(abrazo:抱き合うような体勢)で組み、哀愁漂うバンドネオンの音色に合わせながら即興でつくっていくという特徴があります。男性は全身の動きを通して女性をリードし、女性はそれを受けてフォローをするのですが、無言の意思疎通に成功し音楽とも一つになれたときには、筆舌に尽くしがたい高揚感と幸福感に満たされます。

せっかくのこの機会に、アルゼンチンタンゴの魅力を存分にお伝えしたいのですが、私の稚拙な文章では限界があるので、タンゴダンスが描かれた映画の名シーンを2つご紹介したいと思います(以下、「映画タイトル/ダンスの曲名(動画リンク付き)」で表記しています)。

1.Scent of a woman (1992) Por una Cabeza
盲目の元軍人役のアル・パチーノが、ラウンジに漂う石鹸の香りを頼りに素敵な女性を見つけて声をかけ、フロアへと誘い出し、即興のタンゴを踊るシーンです。技術面やタンゴらしさという面では足りない部分があるかもしれませんが、完璧なる盲人を演じながらも力強いステップで女性をリードし、生演奏の優雅な音楽を見事に表現するアル・パチーノには誰しも目を奪われることと思います。そして最初はこわごわと踊っていた女性が、徐々にリードを受入れ、後半は無心に楽しんでいる様子も必見です。
作中には彼女の他にも魅力的な女性たちが登場し、彼女たちの纏う香りがキーとなっているため“Scent of a woman”というタイトルがついていますが、邦題は「女の香り」ではなく「夢の香り」。「夢」という一文字に、女性への憧憬と敬意がうまく表現されており、実に素晴らしい訳だと思います。

2.The Tango Lesson (1997) Libertango 
イギリスの映画監督サリー・ポッターが、タンゴに魅せられタンゴダンサー(パブロ・ヴェロン)と恋をした経験をもとに、何と本人達主演で撮ったモノクロ映画。たどたどしくステップを習う様子から、ダンスパーティーやステージダンスでの場面、そして川のほとりや空港などで不意に踊り出すシーン、と実に様々なダンスが描かれ、そこに2人の関係性や心情の変化に応じた多様な色彩が加えられるため、タンゴの世界観を存分に味わえる一作です。なかでも男性3人とサリーが巨匠ピアソラの名曲“Libertango(リベルタンゴ)”に合わせて踊るシーンは躍動感にあふれ、華麗な足さばきと独創的な振付けも秀逸です。ちなみに“Libertango”とは、libertad(自由)とtangoの造語だそうです。

こうした素晴らしいダンスを踊れるようになるには、まず立ち方や異性との組み方、いくつかのステップ、ステップの組み合わせ方などを学び、それから地道な練習を重ねなければなりません。また2人が一体になって踊るには、相手にある程度の体重を預け、潤滑にリード・フォローをする必要があり、そのための「相手の目線に立った動き」も欠かせません。“Libertango”のシーンで多く見られたタンゴ特有の足技も、一歩間違えると相手を蹴りかねず、確実な意思疎通が求められます。そう、タンゴダンスはまさに「1対1の非言語コミュニケーション」なのです(実際にアルゼンチンタンゴは、身体的触れ合いを通してコミュニケーションをとれることからセラピー効果があると考えられており、人間関係の修復や病気の治療にも取り入れられているそうです)。

しかし、「基本ルールをマスターし、相手とよくコミュニケーションをとって踊ればそれでいいのか」というと決してそうではないところが、ダンスの難しさでもあり奥ゆかしさでもあります。レッスン中でも、あれこれ意識しながら踊るときに限って山ほどの指摘を受けたり、途方に暮れ頭を空っぽにして踊ると褒められたりするものです。そういえば、昨年タンゴの先生から「今日は一段と良いけど何かしたの?」と言われたのは、長期海外滞在のあと久しぶりにフロアに立った日でした。先生曰く「なるほど!海外でよい刺激を受けたことが踊りに影響しているのね」とのこと。「直接関係のない分野でのインプットがこういう風に生きてくるのか」と強く印象に残っています。

早いもので昨年4月に引き継いだブログリレーも、今回が最終周となります。もともと「一から何かを生み出すこと」より、翻訳やタンゴなど「与えられた枠組みの中で最大限に表現すること」の方が好きなため、このように自由にまとまった量の文章を書くというのは初の試みで新鮮でした。そして「一から生み出すのが苦手なのは、それ相応量のインプットがないからだ」という厳しい現実にも向き合えた1年でした。自分の持っているものの圧倒的少なさに愕然としながら、わずかばかりの経験や知識、思想を掘り下げて文章を書いていく過程は苦しくもあり、同時にとても愉しかったです。この経験のおかげで、「趣味や仕事でのアウトプットを彩るのは、あらゆる知識や経験や感情である」ということを実感できたので、これからはより色鮮やかな日々を生きるためにも、意識的なインプットに努めたいと思います。

最後になりましたが、このような機会を与えてくださった柴田先生、毎度記事を綺麗な形でアップしてくださったウェブマスターさま、また励ましの言葉や読後の感想を寄せてくださった皆さまに、心より感謝申し上げます。1年間ありがとうございました。

 

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