冬の話しこ mitsuyoshi:ビジネスパーソン

 全国的にだいぶ冷え込みがきびしくなってきましたね。こういう季節になると、子供の頃、雪の中で遊んだり、厳寒の中、学校へ通った道のことなどを思い出します。
 真冬は、東京もかなり冷たい風が吹きますが、東北片田舎の街の雪と烈風はかなり厳しいものがあります。特に中学校へ通う朝の道は、いつも向かい風でなかなか前に進まず、あたりは猛吹雪のため真っ白でほとんど前も見えない状況の時さえありました。もちろん傘などさせる状況ではなく、雪用の帽子をかぶり、マフラーをマスクのようにして口や鼻まで隠し、顔の部分ではかろうじて目だけが表に出ているという感じでした。
 学校までのラスト500メートルの一本道は本当に遠かった。山の中ならホワイト・アウトなみ? 街中ですから、そこまではいきませんが、でも、学校へ着いた時には全身真っ白で、すぐに教室のストーブの周りにささりにいってました。あ、これは方言でしたね。火にあたって暖をとることです(火にあたる、も方言かなあ?)。
 クリスマスにはまだ早いので、その頃の話はやめますが、雪が多い年は毎日が全身ホワイト・クリスマスなんていうこともありました。犬を飼っていましたが、犬は本当に雪が大好きで、「犬はよろこび庭駆け回り、猫はこたつで丸くなる♪」という唱歌にあるとおりですね。
 高校の時は、スキーで激しく転倒してスキー板が真っ二つに折れたときもありました。高い所から滑ってきて、新雪が深く積もっていたために、その雪の下が一部分だけ少し低地になっているのに気付かずにターンしようとしたら、できずに突っ込んでしまい…という感じでした。あれは今から思えば怖い経験でした。
 さきほど、ホワイト・アウトという言葉をちょっと出しましたが、小学校の頃に友だちの家へ遊びに行っての帰り道、猛吹雪にあって(田んぼ道でしたが)道がわからなくなり、全く方向感を失って時間の感覚も変になり、ただフラフラと迷い歩いていたら、心配して迎えにきた父親が見つけてくれました。ガシっと腕で受け止めてくれた感触は今も覚えています。ひどく心細くて怖かったからおそらく泣いていたんでしょうが、あまり覚えていません。ただ、そのときに親のことがありがたいという気持ちになったのは覚えています。それから、家に帰ってから熱を出していたそうです。平地のホワイト・アウトも怖いです。
 大学の時は、年末の帰省列車が雪で遅れて急行列車で18時間ほどかかってしまったこともありました。夜行列車でしたが、そもそも座席指定がとれず満員で自由席にも座れず立ち席でした。立っていても身動きがとれないくらい(ずっと)混んでいましたが、夜の12時過ぎになると、さすがに立っている乗客もみんな疲れてきて眠くもあり、自然に誰もが通路や座席のすき間にへたりこんで寝ていました。坐っている客の足のすぐそばに人の頭がある、といった状況といえば分かりやすいでしょうか。一応、新聞紙を下に敷いて寝るのですが、みんな折れ曲がって寝ているのでいつの間にかぐしゃぐしゃになってしまっていました。
 東北の人は気が長いのでしょうか、みんな状況をよく分かっていて、だれ一人不平を言うでもなく、静かにただただ列車に乗って自分の故郷へ帰ること以外は何も考えていないように感じました。自分もそうでしたから。
 今日はとりとめもない、冬の話ばかりしてしまいました。私の田舎では、言葉(名詞)の語尾に、何でも「こ」をつけます。たとえば、「話」なら「話しこ」あるいは「話しっこ」。
「雪」なら「雪っこ」、「犬」なら「犬っこ」、「子犬」なら「犬っこの子っこ」です。
なぜそうなるのかは全然わかりませんが、言葉の響きがやわらかくなるような気はします。
「せば、今日のわの話しこは、こごまでで、はぁー」(それでは、私の今日のお話はここまでにしておきます。ではまた)。

 

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