Digitale Demenz mitsuyoshi:ビジネスパーソン

 最近の日本人は下ばかり向いている、と言われます。要するに、スマホばっかり見ているということのようですが、確かにもはや見慣れた風習とさえなった「スマホ歩き」のみならず、電車内でもベンチでもいつでもどこでもスマホ操作に明け暮れている人たちが目立ちます。
 もちろん必要があって機器操作をしているのでしょうが、私のようなガラケーしか持たない者にとっては、(その人にもよりますが)そのスマホへの惑溺状態は少し異様なものとして目に映ります。

 「Digitale Demenz」はドイツ語です。そして、このタイトルの書籍が2012年にドイツで出版され、2014年には日本でも
「デジタル・デメンチア~子どもの思考力を奪うデジタル認知障害」
 として翻訳出版されました。
 日本では「デジタル認知症」と一般的には言われていますが、これは高齢者の認知症の問題ではなく、デジタル・メディアに日常親しんでいる人間すべてが認知障害を起こす可能性と、特に若者や子どもたちの脳形成に与える危険性の深刻さについて、膨大な学術研究データに基づいて書かれた本です。
 著者はドイツの著名な脳科学者マンフレド・シュピッツアー氏(ハイデルベルグ大学精神科医長、ハーバード大学客員教授などを歴任)で、この著書はドイツ国内ではデジタル・メディア社会への警鐘を鳴らす書として反響を呼びベストセラーになったそうです。
 今、私も読み進めている途中ですが、思うことは、誰でももはや後戻りすることのできないデジタル・メディア社会からの恩恵は甘受しながらも、便利なものに頼りすぎることは自分の精神を荒廃させていく原因になるのかもしれない、ということです。
 こんな言葉がありました。「精神労働をデジタルなデータ記憶媒体やクラウドに放り出してしまうと、脳への直接的な要求が減少してしまう以外に、さらなる問題を惹き起こします。つまり新しい事柄を覚えようとするモチベーションの状況が変わってしまうのです。何かがどこかに保存されているとわかっていると、それに頭を回すことがなくなってしまうわけです」つまり、何かの知識を得ても、それがある媒体に記憶されていると知っていれば、新しい知識を覚えようとする意欲(モチベーション)がその媒体名や場所を覚えることだけにとどまってしまい(確かあれの中にあったよなあ?)、肝心の知識を覚える方向に脳が働かない、ということです。人間の脳は一生発達し続けるということからすれば、これはもったいないことですね。
 こんなことを言っていても、翻訳の勉強をしていながら、一向に単語力は伸びず辞書に頼っている自分のことを思うと、あまり大きなことも言えないような気もしますが….。
 そういえば、この原稿を書いている10月16日は「辞書の日」だそうです。アメリカの辞書製作者ノア・ウェブスターの生誕記念日であることから、“ 辞書の日”として制定されているのだそうです。日頃、お世話になっている辞書のみなさんに感謝したいですね。

追記:
デメンチア(ドイツ語Demenz)という言葉はラテン語のde(下へ)とmens(精神)から来ています。文字通りに翻訳すれば「精神的下降」となります。(上記書籍「デジタル・デメンチア~子どもの思考力を奪うデジタル認知障害」より」

 

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