原典と読者に寄り添う  執筆者:綾 仁美(アプリシエイタ-)

先月のエッセイで、翻訳によって「家庭」という言葉が生まれたと書いた後、帯にこう書いてある本を手に取りました。「日本語文体は翻訳でつくられた」。日本語学や言語学をしっかり学んでいない私にはあまりにも難しい内容で、途中で読むのを諦めてしまったのですが、結論だけを述べると、元々日本語にはなかった主語が、近代以降、欧米の言語を翻訳することによってつくられた、ということのようです(詳しくお話できず申し訳ありません・・。柳父章さんの『近代日本語の思想 翻訳文体成立事情』という本ですので、興味を持たれた方は読んで頂けたらと思います)。

古文の授業で現代語に訳すために色々な言葉を補ったり、敬語の違いから主語を特定したりしていたのは、そういう理由だったのか!と納得したところで、児童文学作家の萩原規子さんが「源氏物語」を現代語訳された『源氏物語 紫の結び』の序文を思い起こしました。素晴らしいなあ、と思ったので、以下に一部を引用します。

現代語の逐語訳で「源氏物語」を読み進めることは、私から見ても挫折の多い道のりに見えます。逐語訳では一文がさらに冗長に、一帖がさらに冗長になり、そうでなくとも中だるみ感のある原典が、いっそうの難物になってしますのです。加えて注釈がついていたりするので、ページはなかなかはかどりません。・・・そこで、テンポよく読み進めるための一つの試みとして、導入の「桐壺」の次に「若紫」を配しました。・・・本作では、原典に似た少ない文字数でスピーディーに読み進める工夫として、地の文から敬語を取り払いました。登場人物がここぞとばかりに読む和歌を、意訳ですませてもいます。後ろめたくはありますが、これも読書の流れを停滞させないためです。文章は訳文を基本として、短く切ったり語句を前後に入れ替えたりしましたが、解釈する以上に加えた創作はありません。なるべく引き伸ばさない方向を選びました。原典がきめ細かいあまりに長引くシーンを、ところどころ縮めてもいます。けれども、日本人の美意識の基準になったであろう「源氏物語」の花鳥風月は、可能な限り残しておいたつもりです。人々の言動が四季の風物と一体となった物語世界のおもしろみを、ぜひとも味わってください。(4-7)

「源氏物語」が書かれた当時の読書感(スピード、感覚)を取り戻し、読みやすくすることで「源氏物語」の花鳥風月や豊かな世界観が立ち上がってくる・・・。深い知識に基づき、原典に寄り添いながら手を加えることで、今では外国より遠くなってしまったかもしれない1000年以上前の世界と今の読者を繋ぐことができるのだ、と感じました。

ご紹介した思いのもとで翻訳された『源氏物語 紫の結び』を読むと、焚き染めた香の香りや衣ずれの音など、五感で味わう豊かな世界が感じられるとともに、登場人物の心情も胸に迫ってきます。自分にこうした翻訳ができるのかと考えると、まだまだ修行が足りず気が遠くなるような道のりですが、理想は高く持って日々歩んでゆきたいと思います。

出典
荻原規子訳『源氏物語 紫の結び一』理論社、2013年。

 

柴田耕太郎「英文教室」HPはこちら