ノーベル賞の季節 執筆者:工学博士 寅吉

 10月に今年のノーベル賞の発表がありました。東工大の大隈氏が医学生理学賞を受賞して日本からの受賞が3年続きました。国別の受賞者数を競うといった性質のものではないですが一つのバロメータであることには相違ないでしょう。まあ文学賞と平和賞は少し様相が異なりますが。発表当日にはおそらく世界中の研究者が密かに胸焦がすものがあったでしょう。自分に関連ある分野でしかも同じ国の人の受賞となると尚更と思います。それがまた新たな刺激となって奮起するわけですが。
 一昨年の青色LEDの物理学賞受賞の際には、かつて私も多少関連ある事を研究していたので胸焦がすという程ではないですが幾許かの感慨はありました。この研究が行われた80年代はフラットディスプレイの研究が盛んな時期でした。多くの研究者が新たなデバイス開発を夢見て仮説検証を繰り返していました。一応私もその中の一人で日夜実験に明け暮れていました。研究に没頭していたわけで思えば幸せな時期でした。勿論、御多分に漏れず様々な阻害因子はありました。上司の無理解、学会の閉塞性、周囲の妬み(私の場合これはありませんでした。妬まれる程の結果はなかったので)、貧弱な実験設備等々。この事情は何処も似たり寄ったりと思いますがそういう中で結果を出していくには実力は勿論ですが並外れた意志の強さと信念が必要です。受賞した御三方はその意味でも卓越しておられたものと推察します。御三人の中で赤崎先生とは一度だけ話をしたことがあります。当時一面識もなかったのですが「あなたは何を研究しているの」と気さくに声をかけてくれました。この分野の先生方の中ではきわめて珍しいことに大変温厚な方だったことを覚えています。成果が出てから20年以上経ってからの受賞でしたが先生がお元気で本当によかったと思います。
 上記のように青色LEDは受賞までにかなりの空白がありましたが、その理由は明白で比較的最近になって照明としての実用化が成功したことにあります(この辺の基準ももう一つよくわからない面がありますが)。ご存知の方も多いでしょうが実用化の決め手となったのは青色励起の白色蛍光体が開発されたことです。これなしにLEDだけでは照明は成り立ちません。蛍光体はそれ程重要なコンポネントなのですがLEDに比べるとあまりスポットが当たっていないような気がします。脇役として本体を支えている感じです。
 脇役という点では翻訳も似たところがある気がします。重要さは誰しも認めるところですが何となく表には出てこない。主役はいつも原本です。例えば、2002年に質量分析技術でノーベル化学賞を受賞された田中耕一さんは研究の成果を特許出願されています。不勉強でトレースしていませんがおそらく国内の原出願を英訳して各国に出願されたものと考えます。ご自分で翻訳されたか特許事務所等に依頼されたかはわかりませんがもし誤訳があったら大変なことになります。勿論誤訳などなくきちんと翻訳されたと拝察はしますが、いずれにせよ翻訳の良し悪しはあまり表立って取沙汰されない。きちんと出来て当たり前という前提なのかもしれませんがもう少しフォーカスされた方が品質向上の面からもよいという気がします。

 青色LEDはディスプレイ用途ではなく照明として結実しました。但し、現行の白色照明は青色LEDと黄色発光蛍光体とを組み合わせて青と黄色の補色関係により白色を作っているものです(擬白色ともいわれている)。個人的には私はこれが少し気に入らない。やはりRGBの三原色が揃った照明を使いたいものです。現在そのための蛍光体が開発中でいずれ出てくると思いますがそれまではLEDランプは使わず従来の蛍光灯を使いたいと思っていました。ところが電気店に行ってみると最早蛍光灯は売っていない。全て高価なLEDランプになっています。メーカの謀略かと少々腹立たしく思っています。
 フラットディスプレイは結局受光型の液晶がベストという結論になり今日に至っています。フルカラー可能ということが最大のポイントでしょう。発光型ではプラズマはほぼ無くなり有機ELが残っていますが未だかなり限定的です。因みに、液晶も有機ELも先ず米国で基礎研究が行われその後日本で実用化のための応用研究が進められました(このパターンは多いですね)。発光型フラットディスプレイの決定版は出来ていないのが現状です。今後是非オリジナルのデバイスが開発されて世界に発信されることを期待します。またその際には「翻訳」が黒子として大きな役割を果たすであろうと考えます。

 

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