切手誕生のおはなし 執筆者:綾 仁美(アプリシエイタ-)

今月は何を書こうかなとエッセイの題材に悩んでいた頃、2人の友人から手紙をもらい、その手書きの文字に心が温かくなりました。最近では手紙を書く頻度が下がりましたが、やはり素敵なものだなと思います。そういえば、今では当たり前の切手を貼って手紙を投函するという制度も、世界で初めてイギリスで誕生するまでには紆余曲折があったことを思い出しました。今回はそんな切手誕生までのエピソードをご紹介したいと思います。なお参照した参考文献はエッセイの最後に示します。

当時のイギリスの郵便制度では、国会議員や政府高官に対して、郵便料金無料という特権が与えられていました。また新聞の郵送料金も無料でした。そうした無料郵便物の配達費用を賄うため、郵便料金はどんどん高額になり、当時の農業労働者の一日分の賃金に相当したそうです。一般の人々が支払える額ではなかったため、郵便の不正利用が横行することになりました。郵便料金が受取人払いであることを利用して、事前に宛名に含める暗号を決めておき、受け取る際に暗号の内容を理解したら手紙の受け取りを拒否する・・というスパイのような方法も行われていたようです。

こうした状況を改善するため、基本料金を全国一律1ペニーに設定し、料金の前払いを導入した近代郵便制度が創設されました。1840年1月のことです。
ですが、この制度が導入された時点では、まだ切手は誕生していません。1839年の時点で、料金支払いの方法に関しては様々な案があり、切手、スタンプ、官製のレターシートや封筒の利用などが検討されたのですが、最終案を大蔵省では決められなかったそうです。そこで、一般の人々からアイディアを募集するコンテストが開催されました。1839年8月の募集開始から10月の締め切りまでに寄せられた応募作品は2600点にのぼったそうです。今、2020年東京オリンピックのエンブレムが決定していますが、その際も様々な案が寄せられたことを思い出しました。アイディアを考えるのは楽しそうですよね。

結局コンテストの応募作品が直接採用されることはなかったのですが、切手の発行準備にあたってコンテスト入賞者のアドバイスが参考にされるなど、大きな影響を与えたことは確かなようです。こうした検討を経て1840年5月、世界初の切手ペニー・ブラックが発売されました。

簡単に切手誕生までのエピソードをご紹介しましたが、参照した文献にはまだまだエピソードが詳しく述べられていますので、興味を持たれた方はぜひご一読下さい。
今では当たり前になっている制度ですが、「世界で初めて」実現するまでの道のりを知ると、改めて大切に思えました。今では切手も可愛らしいものが発売されていたり、便箋やポストカードを選んだりと、手紙ならではの楽しみもたくさんあるので、新しいものと共存しながらこの制度が続いていくといいな、と感じます。

参考文献
星名貞雄『郵便と切手の世界史<ペニー・ブラック物語>』法政大学出版局、1990年。

 

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