憲法を読んでみる 執筆者:工学博士 寅吉

 憲法を巡っての国民投票なるものが現実味を帯びてきました。政治には疎い私にも大変な御時世だなという実感はあります。先のBrexitではかなりの人が中味の何たるかを知らないまま投票していたそうですが流石にそれでは拙いでしょう。護憲にせよ改憲にせよはたまた加憲にせよ、今度ばかりは自分で考えて答えを出さなければならない。まあそういうわけで何はともあれ先ず憲法を読んでみることにしました。ご存知のように日本の憲法は英文を翻訳して出来たという少し変わった生い立ちのものです(だからといってこんなもの値打ちないさっさと変えてしまえという短絡的な論法にはならないことは勿論ですが)。この際なので英語の原文と照合して読んでみました。ただし、訳文は何回か推敲されているので必ずしも全て原文と対応しているとは限らないことは念頭に置きました。
 法務省のサイトに日本法令外国語訳データベースシステムというのがありその中に原文との対比で憲法が載っていました。原文との対比で憲法を読む試み自体は一般によくやられていることで、かなりの人が自己流の訳文をウェブに載せたりしています。今回それらはほとんど見ませんでしたが、翻訳家の池田香代子さんの一文は少し参照しました。以下に原文との対比および私なりに感じた点を示します。紙面の都合で前文の箇所のみ示します。法律のことは全くわからないので私訳を載せるまでには至りません。また、ここでは所謂改憲の是非の議論には立ち入らず翻訳を吟味することに絞りました。

We, the Japanese people, acting through our duly elected representatives in the National Diet, determined that we shall secure for ourselves and our posterity the fruits of peaceful cooperation with all nations and the blessings of liberty throughout this land, and resolved that never again shall we be visited with the horrors of war through the action of government, do proclaim that sovereign power resides with the people and do firmly establish this Constitution.
日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。

 うーん。法律の文書というのはこういう感じで良いのかな。素人の目には何となく違和感があります。先ず、日本国民は、という書き出しがどうか。文の途中ではわれらという言い方に変わっている。この後の文章でも主語が日本国民になったりわれらになったりしている。原文はWe, the Japanese people,となっているのだから書き出しは「われら日本国民は」としてその後はどちらかに統一した方がよいと思います。この点は池田香代子さんも言及しておられます。次に、「行動し」が何となく舌足らずな気がします。おそらく背景には二度と軍部の暴走を許さないということがあるのでしょうが国民の行動が全て国会を通さなくてはならないような感じで少し不自然。Actには「決定する、議決する」の意味もあるので、少し意訳になりますが「国策を定め」位でどうかと思います。また細かいところですが、「を確保し」は「とを確保し」の方が明確と思います。さらにthe action of government(政府の行為)が気になりました。governmentにtheがつけば政府、無冠詞なら政治と習った覚えがあります。内容的にも政府の行為では意味が狭いのではないでしょうか。例えば、何かの拍子で行政府の意思とは別に立法府で参戦等が議決されてしまうこともないとは限らない。そういったことも全て含めた意味でのaction of governmentではないかと思います。例えば「政治の所為(により)」位でどうでしょう。

Government is a sacred trust of the people, the authority for which is derived from the people, the powers of which are exercised by the representatives of the people, and the benefits of which are enjoyed by the people.
そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。

 ここではgovernmentは国政と訳されています。

This is a universal principle of mankind upon which this Constitution is founded.
これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。
We reject and revoke all constitutions, laws, ordinances, and rescripts in conflict herewith.
われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。

We, the Japanese people, desire peace for all time and are deeply conscious of the high ideals controlling human relationship, and we have determined to preserve our security and existence, trusting in the justice and faith of the peace-loving peoples of the world.
日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。

 desire peace for all time「恒久の平和を念願し」がどうでしょう。for all timeは副詞句なので直訳すると「永久に平和を念願し」になり意味が変わってくると思います。まあ翻訳の誤差範囲かもしれないし、意図的に改訳したのかもしれません。ただ内容的には「永久に平和を念願し」の方がしっくりくる気がします。「公正と信義に信頼して」はちょっとした誤訳ではないでしょうか。Trust inは「~を信頼する」だから「公正と信義を信頼して」とすべきではないかと思います。確かこれは石原慎太郎氏も指摘していたと思います。

We desire to occupy an honored place in an international society striving for the preservation of peace, and the banishment of tyranny and slavery, oppression and intolerance for all time from the earth.
われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。

 この一文は英文法教室の題材になっていました。構文解釈については講座でじっくり聴いてください。感想になりますが、専制と隷従、圧迫と偏狭といったインパクトのある言葉が並んでいるのは時代背景の為せる業、つまり侵略や人種差別等を意識したものと考えます。

We recognize that all peoples of the world have the right to live in peace, free from fear and want.
われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

 Recognizeは「確認する」でいいのかな。よくわからないです。

We believe that no nation is responsible to itself alone, but that laws of political morality are universal; and that obedience to such laws is incumbent upon all nations who would sustain their own sovereignty and justify their sovereign relationship with other nations.
われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。

 何となく冗長な感じの文章です。ここは原文から少し離れている感じがします。それ自体は推敲の所産かもしれませんが、no nation is responsible to itself aloneの箇所が「自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて」となっているのは妙に説明的で格調が落ちる感じです。直訳すると「自国に対してのみ責任があるのではなく」になると思います。これで意味は通じると思いますがどこか不十分なのでしょうか。また、their sovereign relationship with other nationsの箇所は「他国と対等関係(に立たうとする)」になっています。そういうことかもしれませんが何となく「主権」の文言は残したい気がします。

We, the Japanese people, pledge our national honor to accomplish these high ideals and purposes with all our resources.
日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。

 前文は以上です。表現に関しては少し手直ししたい感じはありました。ただし私は時代背景や経緯等をあまりわかっていないので見当外れのところがあるかもしれません。いずれにしてもこれは今の護憲・改憲の議論とは別次元の問題で、表現に難があったとしても慌てて修正等行う必要はないと考えます。
 感想として良くも悪くも力が入っているなという感じです。ここで謳われている平和や基本的人権等の理念はやはり普遍的なものであろうと思います。
 前述の池田香代子さんの一文とは<伊藤塾「明日の法律家講座」(6月27日)での講演から抜粋>というタイトルでウェブに載っていたものです。短い文ですがいろいろ参考になりました。特に、次の箇所は情報として重要と考えました。いずれの立場であれ事実経過はきちんと踏まえておく必要があると思います。

・・・アメリカ人が憲法のたたきだいを1週間でつくったということは本当です。ただ、憲法が1週間でできるはずはありません。そんなことができたら手品です。手品には種があります。たたきだいにはそのたたきだいがあったんです。その当事民間から様々な憲法案が出されていました。そのうち鈴木安蔵さんの憲法研究会が1945年12月に発表した憲法試案「憲法草案要綱」は大変民主主義的な憲法だったんです。GHQはこれに注目し、全文を翻訳し、その評価をしたラウレル大佐が1946年2月にGHQの憲法を作成するチームの中心に座ることになったんです。・・・
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・・・私は、日本国憲法は私たちの憲法思想の本流に位置していると思います。日本国憲法ができる過程でアメリカが関わったとしてもその思想そのものは私たちの憲法思想史の本流を汲んでいるんだと思います。

 

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