What are little girls made of? 執筆者:城野卯響子(翻訳校正者)

今月もこんにちは、リレーエッセイ第三週担当の翻訳校正者 城野卯響子です。
沖縄はもう梅雨明けしたようですが6月第三週の東京は雨が多い模様。まだ不安定な天気が続きそうです。

先月からのひと月の間に、私の中で一番心が高揚したのは、「萩尾望都氏『ポーの一族』40年ぶり復活『月刊フラワーズ』7月号に続編掲載」というネットニュースでした。これについては、掲載誌が瞬時に完売。少女漫画誌としては異例の重版と電子書籍の配信が行われたため、それが全国紙やテレビニュースにも取り上げられました。このリレーエッセイの読者の中にも、このニュースを目にした方がおられることでしょう。

萩尾望都さんは知る人ぞ知る少女漫画界のレジェンド。1970年代はこの萩尾望都さん、竹宮惠子さん、大島弓子さんなど「花の24年組」と呼ばれる漫画家グループが革新的な少女漫画を次々に発表されましたが、中でも少年のまま永遠の時を生きるバンパネラ(吸血鬼)の姿を描いたこの『ポーの一族』は、構想のユニークさ、細やかな心理描写とともに叙情あふれる高い文学性が感じられ、まさに傑作中の傑作となっています。(その続編が40年後の今、また読めるなんて! キャー!)

今現在の少女漫画事情はよく分からないのですが、1970年ころの少女漫画には遠い異国への憧れからか、西欧文学のエッセンスがあふれていました。思えば“マザーグース”は、この萩尾望都さんの『ポーの一族』や同時代の和田慎二さんの『左の目の悪霊』(1975年)で知りました。“シェイクスピア”は、森川久美さんの『十二夜』(1978年)。竹宮惠子さんの佳作『ジルベスターの星から』(1975年)の冒頭と最後には“リルケ”の詩が印象的に使われており、“ブラウニング”の詩「春の朝」も『ポーの一族』作中で登場人物が暗唱するのを幾度となく読み返すうちに、自分も暗記してしまったのでした。ドン・マクリーンの名曲『アメリカン・パイ』は同名の、これもやはり萩尾望都さんの漫画(1976年)で知りました。

その他、『恐るべき子どもたち』(1979年)やRay BradburyのSF短編の数々(『みずうみ』『霧笛』:1977年、『ウは宇宙船のウ』『ぼくの地下室へおいで』『宇宙船乗組員』『泣きさけぶ女の人』『びっくり箱』『集会』:1978年)も、萩尾望都さんが漫画化された作品がきっかけで原作である翻訳本に手を伸ばすなど、この時代の少女漫画は、「少年少女世界名作全集」がほぼ全てであった子ども時代の私のささやかな知的世界の枠を広げてくれたように思います。あの頃はとにかく何を読んでも楽しく面白く、新鮮に感じたのでした。

そんな少女時代の気分を思い出させてくれたのが、「40年ぶりの『ポーの一族』続編掲載」のニュースでした。今回の舞台は1944年のイギリス、ウェールズ地方。ドイツで発生したクリスタルナハト(水晶の夜)の襲撃を受け親戚を頼って英国にやってきたユダヤ人少女が登場します。またも世界史の中のあまりよく知らない部分が提示され、時代背景や作中に出てきたシューベルトの『春の歌』について興味が沸いてきました。エドガーたちはどう関わっていくのでしょうか?今後の展開にドキドキ・ワクワクしています。

さて、せめてほんの少しだけでも翻訳に関する話題を。
上述のRay Bradburyの漫画化を思い出したついでに、『霧笛』の原文と翻訳、そして萩尾望都さんの漫画化作品を少し比べてみました。

原文:
[…] There wasn’t town for a hundred miles down the coast, just a road which came lonely through dead country to the sea, with few cars on it, a stretch of two miles of cold water out to our rock, and rare few ships.
“On the mysteries of the sea,” said McDunn thoughtfully. […](Ray Bradbury, “The Fog Horn”, R Is for Rocket, 1962)

翻訳版:
あたりの沿岸には百マイルのあいだ町一つなく、ただ一本の道路が海に向かって人気のない地域をぽつんと通っているだけで、その道に車の通ることはめったになく、僕らの岩礁までは、それからさらに二マイルの冷たい海路があるのだが、船影の見えることはめったにない。
「海のいろいろと不思議なできごとか」といって、マックダンは考え込んだ。(大西尹明訳 2006年新版 東京創元新社)

萩尾望都さんによる漫画化作品:
「陸からは 2マイルも へだたり
その沿岸には 町ひとつない
路(みち)が一本 通ってるきり
岬を回る船影も 遠くめったに 見えないしね」
「さまざまな 海のふしぎ…な できごと…か」
(萩尾望都 1977年 小学館)

“On the mysteries of the sea.”のところ、旧訳(1968年)版では、「海の不思議のまっただなかでな」というようなセリフだったのですが修正されていました。旧約も意訳風で翻訳家大西尹明さんの解釈が分かる感じがあり面白かったのですが、いろいろと手を入れられたようです。比べてみると、萩尾望都さんの漫画化作品では「漫画」という画面の中での文字数の制限のため、地の文の部分を登場人物のセリフに変え、かなり要略しておられます。しかしテキストだけにしても原文全体の雰囲気はきっちりと伝わってきます。また、“On the mysteries of the sea,” said McDunn thoughtfully.の部分、「さまざまな海のふしぎ…な できごと…か」と、三点リーダーを使うことで、said thoughtfullyを上手く表現しておられるように思いました。漫画ならではのデフォルメですが、どこかでちょっと使ってみたいですね。(異種格闘技戦のようですが、「海外小説」の「書籍版」と「漫画化作品」、あるいは「アニメ化作品」「映画化作品」の表現を比べてみるのも面白いかもしれませんね。)

このRay Bradburyが漫画化されたシリーズは翻訳権の関係か翻訳されていませんが、萩尾望都さんの代表作『11人いる!』や『トーマの心臓』など、いくつかの作品が英語・フランス語・イタリア語・ポーランド語に翻訳されています。『ポーの一族』はイタリア語・ポーランド語には翻訳されていますが、残念ながら英語版はまだありません。萩尾望都さんの作品は、そしてその中のマザーグースはイタリア版・ポーランド版ではどう訳されているのかな、イタリアやポーランドの少女たち(そして元少女たち)はどういう風にこの作品にときめいているのかな、そんなことにも思いを馳せる6月となりました。

 

※翻訳版の情報については、ウェブサイト「萩尾望都作品目録」を参考にさせていただきました。
http://www.hagiomoto.net/etc/translation/french.html

 

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